部屋とTシャツとあなたが好き/真野愛子
その頃、彼も私もお金がなくてTシャツで過ごしていた。
初夏のある日、彼が「タダでもらったぜ!」と言ってバリカンを持って帰ってきた。
なにそれ? と聞いたら、「散髪代がもったいないだろ」という。
それくらい私たちはお金がなかったのだ。
男の人の髪をバリカンで剃ったのはこの時が初めてだった。
なんだか、とてもワクワクしたのを覚えている。
芝を刈るように、敷いた新聞紙の上に髪がバサッと落ちていく。
めちゃめちゃ楽しい!
すべて剃り終えて、お坊さんみたいになった彼を見て、二人で爆笑した。
そして、彼が美形であることに改めて気づいた。
私は彼に恋をしていた。
何もない部屋でTシャツで過ごす彼と私。
値引きされたお惣菜を買って、二人で食べて、今日の出来事を語り合う。
私たちは笑いの沸点が低いのか、つまらない冗談でケラケラとよく笑った。
お金はなかったけど、まるで楽園のような生活だった。
私たちは秋までTシャツで過ごし、冬にはその上からスエットを着込み、春になるとまたスエットを脱いでTシャツで過ごすと思っていた。
けど、彼は次の春からスーツを着ることが増えていった。
毎朝、のびた髪を整髪料で整えている。
「シューカツなんてバカバカしいよ。面接で俺の何がわかるんだよ」
そう言いながらも彼は付け加える。
「俺も会社のことなんて何もわかっちゃいないけどね」
その笑顔は多くの人に愛されるだろう。
彼は見事に第一志望の企業に内定を取り付けた。
私のほうはおいてきぼりをくらったように相変わらずTシャツ女だった。
2度目の夏を前に私たちはすれ違っている、と自覚できた。
しばらくして別れを切り出され、同棲生活のようなものを解消し、私はいよいよ何もすることがなくなった。
いや、もともと何もしていなかった。
それに気づいただけだ。
1年遅れで、学年がひとつ下の私にも就職活動の季節がやってきた。
彼が言うように就活はバカバカしいと思ったけど、私にはどうしても入りたい会社があって、研究してエントリーシートを書き上げ、なんとか三次面接までこぎつけた。
けど、もともとの動機が不純なのが見透かされたのか、結局落とされてしまうのだ。
……なんだ、彼の会社に入れないのか。だったら、もうやめる……
私は就職活動を終わらせ、元のTシャツ暮らしに戻ることにした。
「これが自分には合ってるのかな」
そう思えた時に、やっと彼を諦められた。
長い失恋だった。
空に広がる青色のまぶしさに、やっと気づけた瞬間だ。
今年も夏がやってくる。
もし恋人ができたらバリカンで丸坊主にしてあげたい(笑)。
飾りも悩みも荷物も、なんにも要らない夏が好き。
私のバリカンがうなるぜ!
弊社のTシャツが品切れ中です。
またつくろうかしら……と話しています。
その時はお知らせしますので、よろしくね!
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