実験作3

「何すれば良いんだっけ」

窓の外見ながら、私はそんな独り言を言い始めた。

雨だった。二階の自室から眺める景色は、薄暗い雨の街。その一端に、小さなブリキの玩具が見えた。瓦屋根に囲まれた細い路地の側溝の上。濡れているのは、ロボットだろうか?丸い眼が二つ、四角い口が一つ。海賊船の船長の様な左手、けれども、右手はなぜか、生々しい、まるで人間の様な肌色。

あれは何だろうか?

私がそう考えた時、キイっと、後ろでドアが開く音がした。

母親だ。

そう思って振り返るが。ゆっくりと開いていくドアの隙間からは、あの優しい笑顔は見えない。

私は立ちあがり、ドアの前に立った。

ドアの隙間には、暗闇と、仄かに輝く廊下が見えた。

私は部屋を出て、一階に向かった。思えば、今日は家に誰も居ないといっていた。居間のテーブルを見ると、私一人分の食事が用意されている。ハンバーグに、サラダに、ポテト、なぜいつも乗せるのかわからないブロッコリー……しかし、今気になるのはあの玩具だ。

……あれは何だったのだ?

もう一度、呪文を唱えて、玄関を開ける。

酷い雨。ざぁざぁと、喚き散らす様に雨粒が辺りを襲っている。

また、呪文が聞こえた。いや、聞こえたのか?それとも、自分で唱えたのか?

長靴をはいて、ビニール傘を手に外に出ると、いちもくさんにあの玩具の所へ向かった。やはり、酷い雨だ。ズボンもずぶ濡れ、服もずぶ濡れ、長靴には穴でも開いていたのか、すぐに靴下がぐちゅぐちゅになった。

あの側溝の所までやってきて、私はついに玩具を見つけた。。

あれは、確に見たことのある玩具だった。

友人の、そう、名前は思い出せないが、近所の子供が持っているのを見た事がある。

その彼に、その玩具は大事そうに抱えられていた。流行のプラモデル等ではなかったから、良く覚えていた。祖父から譲ってもらったとか、そんな事を言っていたように思う。

その玩具の足は、丁度側溝の溝にはまっていた。だから、私が見つけた時、あれは、まるで不自然な姿勢で立ったまま、私の事を見上げていた。

右腕は、別の玩具のものを無理やり取り付けられていた…塩ビ素材の、リカちゃん人形の様な細い腕…それが、雨ざらしの四角い体から伸びている…指先は、やわらかく開かれ、誘うように、私の方へ向けられていて……その内に、私は何か薄暗い気持ちに満たされて…ああ、なんだかあれは、まるで見てはいけないものを見てしまっている様な気がして、私は何もせず、ただ家に戻った。

そのあと、二階に上がって、窓辺からずっとその捨てられた玩具を覗き続けていた。

時折、その玩具が大事にされていた時の事を思い出して、悲しくなった。

けれども、私は何かに取りつかれたように、辺りが暗くなるまで、いつものお菓子も、母親が用意していたハンバーグも食べずに、雨にぬれる玩具を見続けていた。

私は、あの玩具を見守っていたのか?

いや、違う。私はあの時、あの玩具に何もしなかった。

見ていただけだろうか

ただ、気になって、見ていただけ?

翌日、私が早起きをして窓の外を見ると、その玩具は見当たらなかった。

犬がくわえていったのか。それとも、近所のおばさんが片づけてしまったのか…今でもたまに、あの場所を見ては、あの壊れた玩具が現れる気がする。

【作業記録1 】

次のファイルの再生までに随分と時間がかかりそうだ。アッドランチャーが処理に手間取っているのは、おそらく偽の記憶か、創作物が入り混じっているせいだろう。

ともかく、現在わかっている藤木光太郎の情報を残す事にする。

 県N市○区○町○番地在住。

これ以上の情報については、あの事件の後、彼の存在が不確かになるまでの間にインターネット上の至る所から消去されている。

消去の理由については未だ不明だが、それも、このファイルの再生が終われば解るであろう。

この様な不確かな判断について、私自身不思議に思う

が、すでに事が始まってしまったのだ。

仕方の無い事だ。

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