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【エッセイ】モテるとは、アイスの美味しさに気付けること。

 読者諸君、今日も仕事に勉強にたいへん励んだ事だろう。わざわざ諸君ら一人一人に"たいへんよくできました"を捺印しにいく訳にもいかない。心を込めた労いを心の内に留めておく。冷淡な男と思わないでほしい。情に厚いが省エネな私だ。

 諸君らは気づいてるかもしれないが、私は陰湿かつ卑屈で友人が少ない。指を折って数えるなら両手はいらない。中学生の時などは一人もいなかった。友人ができる日を指折り数えて待っていたぐらいだ。

 そんな今日は、大学で仲良くなったナイスガイの話をしたい。私は友人が少ない代わりに、友人に思い入れが強いのである。故に、そのナイスガイの事も肉体的特徴から精神的傾向までくまなく紹介できよう。以降は、ガイ君とでも呼ぶことにする。”ガイ”と”君”は意味が重複している気もするが、気にしないことにした。

 私の友人は押しなべて口数が少ない。私もぺらぺらと軽佻浮薄に喋る男ではない。正に類が友を呼んでいる。ガイ君も例に漏れず、私という類に呼ばれたのだ。いや、憐れむべき人間関係に引き摺り込まれたというべきか……。とにかくガイ君は寡黙なイケメンだ。説明なんぞ、その一文で済んだはずだが、私は友人に思い入れが強いのだ。他己紹介の時ぐらいはぺらぺら喋らせてくれたまえ。

 ガイ君との一番の思い出は、銭湯で風呂上がりにアイスを食べた事である。たまには贅沢をしようと、およそ500円もするコールドストーンのアイスキャンディーを選んだ。チョコでコーティングされたアイスと、その上に乗るイチゴとブルーベリー。なかなか豪奢な見た目だ。
 残念ながら、通常のコールドストーンのように、歌って踊ってくれるお兄さんお姉さんはいない。お兄さんお姉さんの代わりに、顔を熱らせたおじさんが周りにたくさんいた。メリーさんの羊は聴けないが、おじさんの無駄話は響き渡っている。楽しいではないか。

 アイスキャンディーが美味しかったのだろう。おじさんが充満する雰囲気も好きなのだろう。ガイ君はとても楽しそうだった。目まで輝かせていた。可愛い奴だ……。
 気分が高揚するとガイ君は口数が増える。そして望んでもいないのに、恋人のことを話しだした。苦虫を噛み潰したような顔で、木でできたアイスキャンディーの棒を噛み締めている私を無視して。

 一体何が違うのか。同じ男であるのに、何が違って私には彼女がいないのか。もちろん顔は劣る。しかし、それだけでは得心しかねる。私だって一笑千金の黒髪乙女と仲睦まじく手を繋いで、公園なり海辺なり大学のキャンパスなりを縦横無尽に闊歩したいのだ。その悲願を顔面偏差値の低さだけで諦めることはできない。モテない理由は他にもあるはず。
 そこで、私はガイ君の思考を盗むことにした。顔の問題は後回しにする。まずはガイ君の言動を分析し、モテるとは何かを解明するのだ。ガイ君という生きるモテ教科書から、女性に気に入られるための傾向と対策を練ることにしよう。


「ガイ君よ、貴様はなぜモテる」

ガイ君
「なんでやろな」


「いや、なんでやろな、じゃなくて」

ガイ君
「別にモテてないよ」


「モテてるから聞いているんだ」

ガイ君
「いや、モテてないし、仮にモテてたとして特に理由もないよ」

————じゃあ、やっぱり顔が全てですかぁぁああ!!!!????

 いや、まだ諦めない。ストレートに、”なぜモテるのか?”を聞いても答えてくれないならば、語るに落とすとしよう。方針転換する。特定のシチュエーションを提示し、それに対するガイ君の返答を分析するのだ。
 お題は、もし彼女がデートに遅刻してきたら第一声で何と言うか。これならガイ君の思考が読めるだろう。ちなみに、私なら遅刻した理由を懇切丁寧に聞き出し、次回からの解決策を提示する。もう二度とデートに遅刻することがないよう万全のサポートを施してから、ロスした時間を取り戻すべく早歩きでデートを開始するであろう。


「ガイ君よ、貴様は、もし彼女がデートに遅刻してきたら第一声で何て言う?」

ガイ君
「大変やったな。かな」


「…………!?」

 体中を電撃が奔った。五臓六腑が痺れまくる。脳に至っては焼け焦げそうだった。噛みしめていたアイスキャンデーの棒は噛みちぎれていた。そしてようやく気がついたのだ。ガイ君はやはり彼女がいるにふさわしい男で、私はどうしようもなく阿呆だったということに。

 “大変やったな“という一言には、思いやりが詰まっている。まず、添えるような短い一言であることによって、余計な気遣いが無いのだ。恋人は罪悪感を引き摺らず、即座にデート開始へと場面が転換する。また、”大変やったな”には、主語がない。そのため、彼女側が主語を想像できる。ガイ君の一言は、”デートの準備が、大変やったな”にも、”電車での移動が、大変やったな”にも変化するのだ。そしてとどめの要素、関西弁。寡黙な男がたまに使う関西弁は、女性を惹きつけるギャップに変貌するのである。

 以上の事から、ガイ君は「準備に手間暇かけてくれてありがとう。遅れたのなんて全然気にしてないぜ」という意図を、一瞬で彼女に伝えていたことがわかる。末恐ろしい男だ。どれだけ思いやりがあれば、こんな事が可能になるのだろうか。モテる要因が判明したが、モテるためには道のりが果てしなく遠いことも判明した。

 つまり、私はこれまで何も理解できていなかったのだ。デートの遅刻に必要なのは、解決策の提示などではない。相手への気配りと優しさ、そして思いやりである。モテる為に最も重要な事は、思いやりを常に維持できる精神と技術である。そして、その精神と技術は、目の前の事象一つ一つの行間を読み取り、相手を理解していくことで養われるのだ。

 コールドストーンのアイスキャンディーにしてもそうだったかもしれない。ガイ君は目を輝かせて楽しそうに食べていたではないか。かたや私は、棒を噛みちぎっていた。ガイ君だけが、アイスキャンデーの素晴らしさに気付いていたのだ。それは製造工程の技術かもしれない、発売に至るまでの努力かもしれない。何を考えたにせよ、”裏側にある隠れた真実に思いを馳せる”ことが肝要なのだ。これが出来るか出来ないかで雲泥の差が生まれる。

 乙女たちの意は言外に示されていた……。ただアイスを食べてもアイスの素晴らしさは理解できなかった……。どうりで棒を噛みちぎる阿呆がモテない訳だ。どうりでガイ君に恋人がいるわけだ。

ガイ君
「アイスのゴミ、捨てとくな」


「う、うん……。噛みちぎっちゃったけど。ありがとう」

 どんな人への思いやりも忘れないガイ君には、”たいへんよくできました”を直接捺印しに行くべきだろう。読者諸君の中にもガイ君のような思いやり溢れる人がいたら、判を押しに行かせてほしい。そうでなかったら、ガイ君を目指してみてほしい。
 私は、ガイ君に近づく一歩目として、アイスの棒を二度と噛みちぎらないことにした。

 以上で、ガイ君の紹介を終える。また彼と銭湯に行きたい。

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