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別冊Re-ClaM Vol.3 『血文字の警告』訳者あとがき

 2020年12月、サミュエル・ロジャース『血文字の警告』(You'll Be Sorry!, 1945)を別冊Re-ClaM Vol.3として刊行いたします。翻訳は不肖三門が担当いたしました。なお、この作者の作品は本邦では初紹介となります。

 この物語の舞台は、アメリカ合衆国の中西部、ウィスコンシン州の人寂しい森林地帯にポツンと立つゴシック屋敷<谷間の農場>。不気味な一族の客として迎えられた女子大生のケイトが邪悪な犯人の悍ましい姦計に脅かされながらも、探偵役のハットフィールド教授とともにに立ち向かうという筋立てです。
 デュ・モーリア『レベッカ』のような舞台設定で、ごく少数の登場人物(主人公と探偵役を除くと一族関係者7人しか残らない)の中に紛れる「善人の仮面を被った」「徹底的に利己的で他人の命など何とも思っていない」サイコ殺人者と対峙する……という古めかしく典型的なテーマの作品ではありますが、「超意外な犯人」(「こいつが犯人だったら意外だよな」という発想はありますが)と「あまりにも歪な動機」(人間ここまでエゴイスティックに書けるものか)、そして一ページ先も気が抜けない「展開の妙」(原書で読んでいて、少なくとも三回ギョエッと叫びました)を兼ね備えた、間違いなく秀抜な作品です。

 盛林堂書房通販にて12/19(土)受付開始予定。300ページ2200円(税込、送料別)での販売となります。ROM叢書の新刊二冊も同日発売開始との由。ぜひ併せてお求めください。
 なおこの邦訳には、2018年に Coachwhip Publication から第三作 You Leave Me Cold! とニコイチで復刻された際に収録されたカーティス・エヴァンズのエッセイ「死の謝肉祭」を、著者の許可をいただいた上で訳載しています。

 以下、本書巻末に収録した「訳者あとがき」を一部掲載いたします。上の文章と併せて本書購入検討の足しにしていただければ幸いです。

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訳者あとがき

 作品解題に留まらず、作者の背景を家系図を遡って調べ上げた歴史学者にしてミステリ評論家のカーティス・エヴァンズの評論(二長編を一冊にまとめたコーチウィップ・パブリケーションの復刻版巻頭に掲載、またエヴァンズのサイトにも抜粋版が掲載されている)の後に置くと、屋上屋を架すどころか余計な添え物に過ぎぬような気がしないでもないが、本書の翻訳の経緯なども含めて記しておく。
 訳者がサミュエル・ロジャースという作家を知ったのは、ROMにおけるMK氏の連載からである。この連載では各作品に対して「総合点」と「読みやすさ点」が附されている。MK氏の評価は甘口なようで存外厳しく、千冊を超える原書レビューの中で最高点を得ている作品は五%程度しかない。そのうち翻訳されているものは四分の一ほどである(代表的なものに『悪魔を呼び起こせ』『ジャンピング・ジェニイ』『死の相続』が挙げられる)。その狭き門に対して、ロジャースは三作品のうち、第二作(本作)と第三作でこの栄誉を得ているのだから期待も高まろうというものだ。別冊のネタ探しをしていた時にこのことを思い出し、折よく出たばかりの電子書籍を購入して読み始めた私はキャラクター造形の上手さ、またテンポの良い展開のおかげで一気に物語に引き込まれてしまった。
 ゴシック小説めいた、森の中の陰鬱な洋館といずれも腹に一物ありげな登場人物たち。正義を嘲笑い人倫を虚仮に貶める邪悪極まる犯人(その目論みの逐一がこちらの想像を越えてくるのでかなり気持ち悪い)。それらに立ち向かう美女と奇天烈な名探偵。果たして彼らは無事に元の世界に帰還することができるのか……というどこかファンタジックでマンガ的な物語(個人的には「金田一少年の事件簿」シリーズを想起した)は日本のミステリ読者にも強くアピールするだろう。ヒントのいくつかにやや後出しの感があるが、組み上げられた伏線が終盤一気に真犯人の正体の看破へと集約される構図の美しさも、ジャック・カーリイやマイケル・スレイドのようなコクもアクも強い現代作家に十分に伍するものだ。こういった作品がまだまだ翻訳紹介されず埋もれているというのだから、英米クラシックミステリの層の厚さには恐れ入るばかりだ。
 プロットの切れ味もさることながら、登場人物の分厚さという意味でも本書は興味深い。作者の純文学出身という経歴ゆえか、登場人物たちは一枚も二枚も仮面を被ってその複雑なメンタリティを隠している。訳しながら特に興味深かったのが、音楽家のホセ(ジョー)。(中略)これ以外にも、人物像を掘り下げられそうな切り口が本作には大量に埋め込まれている。ぜひもう一度この深みのある物語を最初から読み返して、自分なりの「解答」を見いだしていただきたい。
 翻訳について若干の補足を。本書に頻出の単語に「bluff」がある。これはいわゆる「ブラフ」ではなく(一箇所だけこの意味で使われている箇所があるが分かるだろうか)、森と丘、さらに崖と岩場、その周辺の低湿地帯をすべて複合した地形を指す特殊用語だ。本書の舞台となるウィスコンシン州を含むアメリカ合衆国中西部(カナダとの国境付近)を中心に、グーグルマップに「bluff」と入れて検索すると、具体的にどのような地形か見て取れるのでお勧めだ。手持ちの英和辞典では「絶壁」「切り立った岬」という訳語が当てられていたが、それはこの語の示す領域のごく一部を切り出したものでしかなく、表現として物足りない。仕方なく今回は「森丘」といういささか胡散臭い訳語を当ててみた。これは国語辞典などには見られない言葉だが、アクションゲーム「モンスターハンター」でフィールドの一つを著す用語として使用されている。このゲームをやった人であれば、この「森丘」がこの語のイメージに見事に合致してしまうことをご理解いただけるかもしれない。
 さて、半ば自己満足のための訳者あとがきはここまでにしておこう。まだ読んでいない人は、ぜひ本編へ進まれたし。そしてお読みいただけた方に値段分の満足を提供できたのであれば幸いである。

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どうぞよろしくお願いいたします。

                              三門 拝

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