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ファスティング日記

ファスティング前夜

 3年前の健康診断から毎年「脂肪肝」の項目がC判定で、ちゃんと向き合わなきゃなあと思いつつ放置してたんだけど、最近、食べ過ぎ旅から日常生活に戻った後に体重をうまく戻せなくなったりしていて、さらには、もともとない筋力のさらなる低下を感じて(そこは運動しろ)、50近いしちょっと体質改善させなきゃなあと真剣に考え始めた。そもそも、疲れた消化器官を休ませて身体の中を大掃除するファスティングなるものの存在を知ってはいたものの、どこか自分とは関係のない世界のものと聞き流していた。それがいよいよ自分ごとになったのは、ファスティングを薦めるパンフレットを偶然手にとってしまったからだ。そこに書かれていることに、なんだかいちいち納得してしまった。

 ファスティング=ダイエットな印象の人も多いかもしれないけれど、体重が減ることはあくまでも副次的なことで、それよりも一定期間、固形物を接種しないことで消化器官を休ませ、腸内環境を整えることに目的がある。

 現代人は普通に食事をしているだけでも知らず食品添加物や残留農薬などの有害物質を取り入れてしまうし、高タンパク、高脂肪食品の食べ過ぎで消化器官が常に悲鳴をあげている。そうやって消化吸収のためにばかり酵素が使われていると、代謝酵素と呼ばれる、細胞分裂や解毒、排泄など、生命活動に必要な働きに充てられる酵素が回らなくなってしまう。それに体内でつくられる酵素は年齢とともにどんどん減るそうで、こりゃあいよいよ考えなきゃだと思った。

 そこでいざやってみるかとファスティングのための酵素ドリンクなどを購入してみたものの、出張多めな僕はまとまったファスティング期間が取りづらく、この10日あまりの奇跡の出張なし期間を利用して遂行するしかねえと挑むことにした。

 ただ僕は自他共に認める、食べ物好き。お酒も好き。だから本当にファスティングなんてやれるのか不安でいっぱいで、やらたとYouTubeで他人様のチャレンジを拝見し、オイラもこれをやるのだ! と士気を高めたりした。

 ちなみに僕がやろうとしているのは集中3日間プランというもので、完全に酵素ドリンクと水、つまり液体しか摂取しない3日間を真ん中に、前二日と後二日の準備&復食期間を加えたトータル7日間のプログラム。準備及び復食期間は、昼と夜に限り、指定されたレトルトのリゾットを食べてもよいのだけれど、そんなものは僕にとって食べないに等しい。食べたいものが食べられない=食べてない。これがこれまでの僕の価値観。

 正直、考えただけで気持ちが沈んだ。気分で体をわるくしそうだ。

 とはいえ、やると決めたからには一歩踏み出さねばと、実施前日に主宰するオンラインコミュニティ『Re:School』のメンバーに「明日からファスティングやる!」と宣言して軽く退路を断つ。軽くというのは、コミュニティのメンバーはそこで「ファイト!」とか「頑張って!」とか「期待してるよ!」とかじゃなく、「無理せずに」とか「すぐやめてもいいよ」などと、まるで、のび太とお婆ちゃんのそれだから、つまりは、細〜い退路も確保した。

 妻にも明日からしばらくご飯いらないからねと宣言。娘のそらは、酵素ドリンクセットを買って自慢げに話したときから(実はそこから3ヶ月くらい経ってる)、ずっと気になっていたようで、「いつやるのかと思って楽しみにしてた」とはっぱをかけられた。

よし、やってやんぞ。

 ファスティング前の最後の夜、カップヌードルとかジャンクなやつ腹いっぱい食べてやろうかと思ったけど、よくよく考えたら意味わからないのでやめて大人しく寝ることに。


1日目

体重73.25㎏

 僕は毎朝決まって同じパン屋に行く。

 家の裏手にある森の木々のトンネルを抜け、神社の裏山の高台から階段を降りると、小さなアパートがあって、その脇から神社の表参道に出ると、すぐその道沿いにパン屋がある。パン屋と言っても、しっかりしたイートインスペースがあるパン屋カフェ。そこに毎日毎日同じルートで向かう。天候や季節で日々変化する木々や植物、地面の色など、小さな変化を楽しみながら「今日はどのパンを食べようか」と考えて歩くあの10分足らずの幸福に、僕はいかに日々背中を押されていたかを知る。

 晴れの日も雨の日も、あの小さくも貴重な時間が、僕の1日のエンジンをゆるやかに温めてくれていたのだ。なのに、なのにそう、今日から一週間、僕はあの道を歩けない。いや歩いてもいいけど行っちゃダメだ。選んだパンと一緒に差し出すマイタンブラーに食い気味で「コーヒーですね」と、熱々のコーヒーを注いでくれるあの愛しいパン屋に行っちゃダメ。今日からしばらく、小麦と珈琲の香りに包まれながら、原稿を書いたり、本を読んだりすることができないのだ。

つれえ。

 しかし、僕はそれを見越して、今日という日をスタートにした。今日は月に一回だけあるパン屋の休業日。ファスティングしてるからとか関係なく、そもそも今日は行けない日。行っても閉まっている日。だから無理なの。ダメなの。そう言い聞かせる。

 まだ初日の準備期間とはいえ、朝は20ccの酵素シロップを300ccの水で薄めて飲んで終了。そもそも16時間ファスティングというものあって、それは前日の夜ご飯を20時までに食べ終え、翌朝の朝ごはんを食べずにそのまま昼まで我慢すれば、16時間消化器官を休めさせられるよね、というもの。「それでいいじゃん」と一瞬思ったけど、僕にとって朝ごはんを抜きにするのは相当きつい。散歩とパンと珈琲はワンパッケージな僕の幸福のかたちなのだ。タバコやめれない人って、こんな気持ちなんだろうか。

 とにかく今日はパン屋に行けないゆえ(休業日だからね)普段から気分転換かねて行くことも多い『上島珈琲本店』へ。「いや、家に居ろよ」そう思ったあなた。ほんとその通りなんだけど、何度も言うように僕は毎日パン屋で仕事する習慣が染み付いちゃってる。なのでそこは一旦勘弁して。とにかくファスティングから気を逸らすべく、ブレンドのSサイズを注文し、淹れたての香りを楽しみながら水を飲む。それでなんとかコーヒーを飲んでいるような気持ちに…なるわけもなく、粛々とPC仕事をすすめる。そして、さあいよいよ原稿執筆に取り掛かろうとするも、これが見事に集中できない。

 僕は基本的に朝しか仕事をしない。というと、語弊があるけれど、特にクリエイティブワークの出来高は午前中で決まる。ここでいいアイデアが思いつかなかったり、いい原稿が書けなかったらもうおしまい。明日の朝までクリエイティブ脳はお預けだ。だから僕にとって午前中の時間はめちゃくちゃ大切なので、マネージャーの はっち にはとにかく午前中の時間を邪魔されたくないと伝えていて、はっちは打合せなどを極力この時間に入れないよう死守してくれる。

 そんな大切な午前の時間に、集中力が保てないというのはもう1日が終了してしまったようなものだ。ファスティング準備期間の初日。これから一週間、朝ごはんが食べられない、さらには昼も、夜も、ろくなものが食べられないということが、こんなにも僕の気を落とすのか、この先が思いやられる。

 仕方なく、家から数分の仕事部屋に移動。そこで謎の強烈な眠気に襲われ、ただただまどろみながら気付けば2時間くらいグッタリしていた。マジやばいなオイラ。ファスティングを続けてしんどいならまだしも、初日の朝ごはん抜いただけでこれだ。取材中など、どうしても朝ごはんが食べられないことなんてしょっちゅうあるし、そんなの全然屁でもないと思っていたけれど、この先7日間これが続くという事実を前に、僕はもう想像だけで弱りきっていた。

 もう一度言うけれど今日はまだ初日だ。しかも準備期間の一日目。指定された食事ながらレンジでチンでOKなリゾットがある。まだ12時少し前だけど、このままじゃ精神がやられると、3種あるリゾットのなかから、一番好みじゃなさそうなグリーンのパッケージのものを選びチンしてみる。

 白砂糖、食品添加物、肉(動物性タンパク質)、白米、白いパンなどの高GI食品、トランス脂肪酸など、酵素を大量に消費してしまう食品はまったく不使用ながらこれがちゃんと美味しい。勝手に病院の入院食みたいなものを想像していた僕としては、その美味しさにマジ救われた。でも当然量は少ない。儚く消えていくグリーンリゾットに、すでに夜の準備食までの7時間ほどをどうやり過ごせるか考える。

 その後、ありがたいことにzoom打合せが3本続いた。そのことでずいぶん気が紛れた。やっぱり仕事はいいもんだ。食のことを忘れさせてくれる。食を忘れるために仕事するというのも変に聞こえるかもしれないが、仕事なんてそういうもんじゃないかとも思う。ランチや夕食を楽しみに人は生きている。食べるって大事。食べるために人は仕事してる。

 家に帰って、夜の準備食はリゾットではなくキーマカレー。というのも、明日(二日目)の夜はいよいよ本格的なファスティングに入るということで、その慣らしとしてお粥を薦められている。だから準備期間初日である今日の夜は、もはや最後の晩餐な気分でちょい豪華目なレトルト、キーマカレーを選んだ。これも添加物など一切入っていないけれど、当たり前のようにきっちり美味しくて、いくらでも食べられる気がしたけど、そんな気がした自分を呪い殺してやりたい気持ちになって、歯磨きして速攻寝た。


二日目

体重72.5㎏(-0.75㎏)

 気持ち的には1㎏以上減ってるんじゃないかと思ったけど全然だった。まあ当たり前か。

 今日もパン屋にはいけない。開いているのにいけない。仕方なく酵素ドリンクを飲んで朝ごはん終了。

 今日のスケジュールは昨日と同じく、午後から打合せが三本。すべてオンライン。あとは入稿を控えている冊子の編集と原稿書き。これを集中してやるべく今朝は、神戸の街に出て『DOUTOR』に飛び込んだ。ブレンドコーヒーが徐々に冷めていくのを眺めながら原稿を進める。場所代としての注文では心苦しいので、何度も何度も香りを嗅いでみる。

 今朝は家の近くではなく、わざわざ神戸三宮まで出てきたのは、お昼に映画の予定を一本ぶっ込んだからだ。タイトルは「わたしは最悪。」いまの気分にぴったりだ。

 しかし今日も集中力が続かない。こうなったらそんな自分を受け入れるしかない。集中力がない自分を紛らすために、逆に散漫な動きに100振り切ることにする。早々にDOUTORを出た僕は、神戸の街を延々散歩して回った。ぐるぐるぐるぐる歩き回った末、ようやく時計が11時をさす。よしっ、お昼ご飯が近い。今日はトマトリゾットのレトルトを持参している。きっとこれも美味いんだろう。しかしながら食べるにはレンジが必要。いや、きっとそのままでも食べられるだろうが、貴重な食事をできる限り美味しくいただきたい僕は、めったに行かない事務所に向かった。

 神戸三宮をひたすら南下。湾岸地区にあるうちの会社の事務所に到着。案の定、誰もいない。うちの会社Re:Sは出社という概念がない。コロナだからとか関係なくうちはもうずっと出社しなきゃとか、誰かが事務所にいなきゃとか、そういうルールも気持ちもない。それぞれがやるべきことをそれぞれにやれればいいし、やっていると信じているからそれでいい。それがうちの会社。週に一度の定例会議とかもない。月に一度だってない。この5年くらいは年に一度もない。必要なことはその都度連絡とりあって、偶然事務所でバッタリ会うとラッキーな気持ちになったりしてそれがなんかいい。そんな会社だから、チンのためだけに来るというのも、実にうちの会社らしい健全な事務所の使い方だなと思う。

 事務所に着くなり電子レンジに直行するのも風情がないしなとか胸のうちで呟きつつ、PC開いて仕事などしてみるも、結局時計ばかり気になる僕は、11時半になった途端に待ってました!とレンジにリゾットを入れチンした。600wで1分半。熱々のトマトリゾットはずいぶん美味しくて参る。できる限り小さなスプーンでゆっくり時間をかけて食べたけど5分も保たなかった。スプーンを洗って早々に事務所を出る。いそがしい。いそがしい。さあ映画の時間だ。いそがしい。

 事務所から歩いて15分ほどの映画館へ。街に事務所があるとこういう時に便利だ。今日選んだ映画「わたしは最悪」はデンマーク映画だ。以前、デンマークに住んでいる知り合いがオンラインで街の風景を見せてくれたことがあって、素敵な街だなあと思ったことがあり、単純にデンマークの街並みがみたいと思って選んだ。しかし映画がはじまると、街の風景がほぼ目に入らないくらい、心をかき乱される脚本で2時間圧倒された。思いがけずいい映画を観た。

 終わってすぐzoom打合せが続く。集中力をなくし散漫人間と化している僕にとっては、いつもなら嫌なはずのzoom拘束がとんでもなく有り難かった。メンバーが入れ替わって打合せが続き、いよいよ最後3つ目のzoomは、自宅近くの例のパン屋から参加した。美味しそうなパンたちを前に心が揺れたけれど、またしても珈琲の香りを楽しみながら水をいただき乗り切った。

やっぱ、つれえよ。

 すべてのzoomが終わるともう19時近く。よしっ、夜ご飯の時間だ。早々に帰宅。いよいよ今日で固形食も最後。本格ファスティング前、最後の準備食は指定のお粥だ。今日も今日とて600wを1分半。この僅かな時間ですらワクワク待ち遠しい。熱々のおかゆを器に移して、デザートスプーンで少しづつ少しづつ掬いながら完食。お粥がこんなにも美味しかったのは初めてだ。食後に、録画していたドラマ『競争の番人』を観るも、なんだか急激な眠気に襲われ、これはチャンスだ! と速攻布団敷いて、歯磨きだけして眠りについた。まだ夜の20時。二日連続、夜から逃げた。

 夜中0時ごろ一瞬目覚めて焦ったけれど、すぐに再び眠れた。


3日目

体重71.25㎏(-1.25㎏)

 ここにきてようやく前日比1㎏以上体重が減った。そのことがせめても僕を後押しする。

 いよいよ固形食のない1日のはじまり。ひょっとすると人生で初めてじゃないだろうか? 48年生きてきて液体だけで1日を過ごすのは……と思ったけれどそうじゃないことに気づく。誰しも赤ちゃんのときは液体のみだ。そう思えばあの頃ほどグングン成長する時期なんてないわけだから、人は液体だけで十分成長するのだろう。大人になるということはさまざまな固形食を知っていくこと。ある意味余計なものを知り続けるということなのかもしれないなと思う。しかしこの余計なものが人生を豊かにし、また、苦悩をも産む。

 600ml入る『&bottleMOTTO』と、400ml入るステンレスボトルそれぞれに、酵素シロップドリンクをつくる。今日僕は酵素シロップを薄めた2L〜3Lの水をひたすら飲んで生きる。なのでまずはこの1Lを飲み切るべく、二本の水筒をリュックに詰め込みバスに乗りこむ。今日は大阪に出る。

 バスで阪神西宮駅に着くもまだ朝8時。大阪に出るには、まだちと早い。ワークスペースをお借りするべくマックへ。ホットコーヒーを注文し、ありがたく香りを楽しみながら仕事をすすめる。こういうとき処理しなきゃいけない仕事が沢山あるのはありがたい。クリエイティブワークじゃないけれど、なんかやった気にはなる。この数日間、集中力が維持できないことは織り込み済みだ。何かを生み出すことはすでに諦めている。済ますべき仕事を処理した2時間を経て、梅田行きの電車に乗車。

 向かったのは大阪中之島にある「香雪美術館」。特別展『陶技始末ー河井寛次郎の陶芸』を観るためだ。大阪フェスティバルホールのすぐ隣、四つ橋線の肥後橋駅から直結の美術館は実に都会的で、河井寛次郎のイメージと場所が合ってないような気がしたけれど、こうやって都会の真ん中のビルで開催することに逆に意味があるような気もした。

 民藝で有名な河井寛次郎。チラシに書かれている「さて土は得た。何とこれに挨拶しよう。」といった彼の言葉が大好きな僕は、意外にも陶芸家としての彼の作品にあまり触れたことがなく、自作の陶芸がここまで一堂に介する展示もあまりなさそうだと興味をもって見に来たけれど、これまで持っていた民藝の印象とはほど遠い作品たちを前に戸惑う。しかし民藝もきっと、カウンターカルチャーであったはずで、大衆が権威にむかって拳を掲げる姿と、大衆をフックアップすることで知らず権威化していってしまうという、いまも昔も変わらぬ図式に、希望と絶望を感じて美術館を出た。

 そのまま梅田に移動。とにかく空白の時間をつくらぬようにTOHOシネマズ梅田で映画『ベイビー・ブローカー』を観る。良作。是枝監督の意欲作ということで期待しすぎたかもしれないけど、いい作品であることは間違いなかった。ただ『愛の不時着』や『梨泰院クラス』で見覚えのある俳優さんたちの登場に、ついつい頭が過去のドラマたちに引っ張られてしまった。そう考えると主演のソン・ガンホはすごいなと思う。どの作品を見てもすべてゼロから役を受け入れられる。

 昔、俳優の佐野史郎さんのご実家にお招きいただいたとき、佐野さんとお母さん二人の写真を撮らせてもらおうと軒先に立ってもらったら、真に、なんでもないゼロ状態の佐野さんがそこに立っていて、プロの俳優さんというのは、こんなにもニュートラルな状態に一瞬でなれるのかと衝撃を受けたことを思い出した。

 合間合間に酵素ドリンク。ひたすら空腹を誤魔化す。

 西宮に戻って今度は、TOHOシネマズ西宮で、夕方上映の映画『バズ・ライトイヤー』を予約。カフェに入っても何も飲めないので、上映時間までショッピングモールのベンチでPC広げて仕事。相棒は酵素ドリンク。上映20分前になったところで映画館へ。いつものようにインターネット予約したチケットを発券しようと機械に予約番号を打ち込むも、予約がないと言われる。オカシイ。何度も何度も番号を打ち直してみるけれどそれでもダメ。仕方なくスタッフさんに聞いてみると「あ〜これ、予約が梅田の劇場になってますね」。あちゃー。やってもうた。

 ファスティングで頭が朦朧としてしまっているのだろうか、自分ではしっかり見直したつもりなのに、昼に『ベイビー・ブローカー』を予約したTOHOシネマズ梅田のスケジュール画面から予約してしまっていたようだ。無理を言ってキャンセル処理してもらうことに。マジ申し訳ないし情けない。

 無事にキャンセルしてくれたものの、ちょうど良い時間の上映がなく、今日は諦めて仕事部屋まで戻ることに。今夜はRe:Schoolのオンラインイベントがある日。いつのまにか3年目に突入したRe:Schoolの新メンバーと顔合わせの会が予定されている。持参していたシロップで、酵素ドリンクをつくり、ひたすら飲む。

 オンラインとはいえ久々に顔を合わせるメンバーも沢山で、楽しい時間はあっという間に過ぎた。新メンバーをあたたかく迎え入れようという旧メンバーの姿や気持ちになんだか感動したよい1時間。そんなメンバーの姿をみて安心したのか、仕事部屋から自宅までの帰宅の途でふと、

「ファスティングはもう終える」

 とポソリ、声が漏れた。空腹を忘れようと、毎日毎日、映画や展示で時間を埋めることの不毛さに気持ちが辛くなっていた。もう諦めたと言っていたものの、原稿や仕事が進まないことに対する苛立ちが心の中で積み上がっていた。もちろん、今日のファスティングはこのまま寝てしまえば乗り切れる。大人になって初めての液体摂取だけの一日はもう終わるのだ。けれど、これをあと2日、さらには回復食も含めて4日間も続けることを考えたらゾッとした。空腹が辛いのではなく、仕事が手に付かないことのストレスが爆発しかけている。いっそのこと、睡眠薬と麻酔で4日間眠らせてほしい。

 実は今日、西宮で映画の上映を待っているあいだ、空腹がつらくてつらくてちょびっと涙が出た。よえぇ…よわいよオイラ。その弱気に押されて「もう止めよう。ファスティングは今日で終わり」そう心の中でつぶやいた瞬間、公衆の面前で僕はあろうことか声を出して笑い出した。急激に笑いがこみあげてきて一人声を出して笑ったのだ。完全にヤべえやつ。

 たぶんあの時点でなんとなく限界だったように思う。となると、後はもうやめる理由をみつけては積み重ねていくだけだ。そもそも僕がやろうとしている3日間集中プログラムはパンフレットに中級者向けと書いてある。僕のような初心者が最初から挑むようなものじゃなかったのだ。初心者には丸1日酵素ドリンクだけで過ごして、あとは回復食でゆっくり平常に戻すやり方もあると書いてある。まさにそれだ。そして先述した16時間ファスティングの方が日常的には良いとも書かれている。すべてが僕の挫折を肯定している。僕はまちがってなんかない。だって今日一日がんばったんだから。いや準備含めれば3日間やり切ったんだからいいじゃないか。何より僕は僕のペースがあるし、僕なりのファスティングをやればそれでいい。グルグルと肯定のスパイラルが天に向かって、ストレスの雲を突き抜けた。

「よくやった」そう言いながら布団を頭まで被って寝た。


4日目

体重70.75㎏(-0.5kg)

 今朝体重計に乗る前に僕はこう考えていた。71㎏を切っていたらもうやめる。だから正直とても嬉しかった。初日から比べれば-2.5kg。よし、やめよう。うん、やめていい。なのになぜかもう一人の僕が「もう少し続けてみてもいいのでは?」と問いかけてくる。というのも、朝起きた瞬間に何か吹っ切れたような清々しさがあった。空腹を感じるピークみたいなものを超えて一つ先のフェーズに入ったようなそんな気持ちだった。正直、朝起きた瞬間、まだやれるかも、そう思っていた。

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