新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

そのたいまつに我々ひとりひとりがなりたい。

いまの世の中を、あの人はどう思うだろう。

つい、そんなふうに想像してしまう人が誰しもいるんじゃないだろうか。
僕にとってその一番は、むのたけじさんだ。

1915年1月2日生まれ、2016年の8月21日に101歳でお亡くなりになった、むのたけじさんは、秋田県六郷町(現美郷町)出身のジャーナリスト。1940年に朝日新聞に入社し、中国、東南アジア特派員となるも、終戦を機に戦争責任を感じ、退社。1948年から秋田県横手市にて『週刊たいまつ』という1号4頁のタブロイド紙を30年間出し続けた。たいまつ終刊後も、さまざまな執筆や講演活動などで、反戦・平和を訴え、ありがたくも僕は、お亡くなりになる約半年前の2016年1月20日、岩手県湯田町での講演後にインタビューをさせていただくことができた。

あのとき、むのさんからいただいた言葉は僕の一生の宝物だ。

ちなみに、秋田県横手市にある横手図書館では、デジタル化された『週間たいまつ』全780号を読むことができる。

ここで『週間たいまつ』創刊号冒頭の「主張」と書かれた記事を、恐縮ながら少し要約してみる。

「東北は日本の植民地と言われたり、遅れてると言われていて、東北人として残念ではあるが、認めないわけにはいかない。雪国で資源がとぼしかったりするなか、雪国でもできる産業ではなく、雪国だからできる産業に変えなきゃいげない。明確なのは東北人が無気力な冬眠状態を続けていく限り、この植民地状態からは抜け出せないということ。我々はいつまでダルマを続けるのか、そろそろ足を出そう、自分で歩こう。自分の身を焼いて明かりを照らすたいまつ、そのたいまつに我々ひとりひとりがなりたい。」

創刊の思いとして熱く書かれていたこの言葉に、当時『のんびり』という雑誌をつくっていた僕は大いに胸打たれた。この「東北」や「雪国」を「地方」や「田舎」と置き換えれば、それはまったくもっていま現在の僕たちじゃないか。見栄と映えを気にするばかりのリーダーの下で、言われるままにただ黙っている場合じゃない。道を照らすたいまつは、どこかの誰かではなく、自分自身なのだと、そうむのさんは訴えた。

究極のローカルメディアは自分自身だ。

とは、自著『魔法をかける編集』冒頭の言葉だが、その根っこには、むのさんの言葉があるのだと自覚した。自分で考え、自分で行動しないと、待っていても何も変わらない。そしてあなたの行動は決して無力ではないのだと強く強く言いたい。バタフライ効果じゃないけれど、あなたが日々何を思い、どう行動するか? が、あなたの周りを変え、地域を変え、世界を変え、やがてあなた自身を変化させる。それらはあなたの買い物や、休日の過ごし方や、仕事の選び方などと見事なまでに直結しているのだ。

むのさんは、こんなことも言っていた。

90年も生きているからわかるけど、喜びとか幸せは自分で作るものだな。どこにも物差しはない。オラが嬉しいと思えばそれが嬉しいことなの。今の人たちは「幸せとはこれです」という万人に共通する幸せを探している。一人称を放棄している。

コロナ禍でもっとも危惧していることの一つが、まわりの顔色を伺うことに人々が疲れ切ってしまわないだろうかということだ。いままで考える必要がなかったさまざまに直面し、そのことについて自分で考え、結論を出し、行動するというのは並大抵のことじゃない。だからといってそこで、思考と決断を放棄するということは、他人の顔色を伺い続けるということ。そのストレスは知らず蓄積され、心が少しずつ蝕まれていく。実際、そういう人が増えているんじゃないだろうか。

いまこそ僕たちは、自分のものさしを持つべきだ。そのものさしを他人に当てることなく、自分自身の拠り所として堂々と生きること。それを僕は、幸福に生きることと定義したい。今僕たちが試されているのは、「オリンピックの開催をもってコロナに打ち勝つ」などと、共に心中を誓わせるかのような言葉や、「心のワクチン」といった本質が骨抜かれた言葉などに惑うことなく、自分なりのルールや判断をもって、柔軟に且つ堂々と生きることだ。それはときに身勝手に思われるかもしれないけれど、人は自分が立っている場所から見える景色のことしか話せない。そこで躊躇して、それぞれの景色について語ることをやめてしまえば、特定の誰かにとって都合の良い世界しか生まれない。いまこそ、むのさんの言葉を僕たちは胸に刻みたい。みながたいまつになる。たいまつになるということは、それぞれが自分の気持ちを吐露することだ。

怒りくるうのでもなく、冷めた態度をとるのでもなく、そのまんなかで淡々と言葉を放ち、そして何よりもそうした怒りでも冷笑でもない小さな呟きに目を向けること。そのことに注力したいと僕は思う。

最後に、むのさんの言葉をもう一つ。

最近、横手市の呉服屋の主人のことを思い出しますね。「新しい仕事を始めるときは不景気のどん底から始めろ」という信念の人でした。「どんなことがあっても、始めた時よりも悪くなることはないから」と言ってましたね。 まったくその通り。今は、世界中、不景気のどん底。その、絶望のど真ん中に希望が存在してるのよ。

むのさんがお亡くなりになって、もう5年が経とうとしている。相変わらず世の中は変化しきれていないけれど、むのさんの言葉は、まさにたいまつの炎の如く、僕たちを照らし、導き続けてくれている。

✳︎

以下は以前から定期購読いただいているみなさんに例の先行予約の告知です。よろしくお願いします。

この続きをみるには

この続き: 1,739文字 / 画像1枚
記事を購入する

そのたいまつに我々ひとりひとりがなりたい。

藤本智士(Re:S)

200円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
今日、きっといいことあります!
27
編集者。1974年生まれ。『Re:S』『のんびり』『なんも大学』編集長。著書に『風と土の秋田』『魔法をかける編集』『アルバムのチカラ』。その他『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など手掛けた書籍多数。 http://bit.ly/satoshifujimoto