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テイクアウトが本当に正解なんだろうか?

テイクアウトは本当に正解なんだろうか?

こんな疑問を投げかけると、またいろんな人に「人でなし」だと思われそうだけど、僕は自称プロのドアホだから疑問を疑問のまま、ムーニーマンよろしくワンパクに放り投げてみる。

そう言えば、今年の3月に、こんなツイートをした。

新型コロナウイルス感染が拡がるなか、その不安から「経済を止めるな!」の大合唱となっていたことに、少し違和感を感じていた僕は、3.11だったことも手伝って、そうツイートした。

するとこんなリプライがついた。

小さな自分の暮らしを守るためには、それを維持するために日々活動している方々の暮らしも守る必要があるということは分かると思います。
経済活動を止めるということは生命と安全を守るために欠かせないものを止めることになります。
それでもご自分の暮らしを守れる自信がありますか?

うお!
挑戦的だ。こわい…

なにより、「考えてみたい」と書いた僕の思考を停止しにきている。
参った。

きっとこの方は、現状に対する不安から
僕が経済活動を止めろと主張していると勘違いしてしまったんだろう。

ここまでハッキリと冒頭に「考えてみたい」と書いていても、こうなってしまうのがツイッターの特徴だから、もはやどうしようもないけれど、とにかく僕が言いたいのは、今回も僕は「テイクアウトをやめろ」と主張しているのではないということだ。

飲食店を救いたいという気持ちの尊さをもって、この付け焼き刃的な施策を最適解とすることから、一歩踏み出せないものか? という問いだ。

と書いたうえで、今一度問うけれど

「テイクアウトが本当に正解なんだろうか?」


新型コロナウイルスを前に、僕はさまざまな迷いや葛藤を抱えた。
自分の暮らしや経済を守ろうとするほどに、何か大きなものを犠牲にしてしまっているような、そんな大きな矛盾を抱えるような気持ちになった。でもそれはきっと僕だけではないように思う。

家の近くの大好きなイタリアンレストランを応援したいという気持ちで、テイクアウトのパスタを買って食べた。
「さすがに自分でつくるのとは違うもんだなあ」なんて思う一方で、それが入れられた簡易のプラ容器にゲンナリした

もちろん一時的な対応策としてのテイクアウトは否定しないし、それで飲食店さんの暮らしが救われたのならば、本当に良かったと思う。

けれどそれが本質的な解決になっていないどころか、そのことが、環境問題など、あらたな問題を生むことに目を瞑るのはよくない。それに、真摯な飲食店さんほど、お店クオリティをテイクアウトで発揮出来ず、長い目で見て裏目にでてしまう可能性も大いにあると思う。

でもこれはきっと僕が飲食店を経営していないから言えることなんだろう。当事者ならそんなこと言えないのかもしれない。

でも、だからこそ言いたいとも思う。

そもそも一般向けの使い捨てマスクを大量に生産することも疑問だったし、コロナ感染を防ぐために、この夏はクーラーかけつつ換気もしましょうとか、とにかく人間本位な思考が加速していることが僕はいまとてもつらい。

コンビニのレジ袋有料化についても、本来当たり前の流れというか、むしろ遅すぎると思うけれど、多くの人が、コロナ感染の視点から反対だと言っている。

言ってることもわからなくないだけに、つらい。

自分たちの暮らしはとても大切だ。その土台が崩れてしまっては、利他的な気持ちなんて持てるわけがない。だからこそ、僕は国の支援が必要だと思った。ある程度の保証があるからこそ、みんな安心してゆるやかなチェンジができるのだと思う。それがあまりに後手後手にまわってしまった結果、多くの人が大量のプラスチック容器を買い求めて、テイクアウトを始め、それをまた自治体が応援するようなカタチになってしまった。

コロナ禍のなかで増えたであろうゴミを思いながら、そろそろ、未来にむけたチェンジを考えるべきじゃないかと思う。何も大きな変革を起こそうということではなく、未来にむけてゆるやかに舵を切り直していくということ。

自分たちの子供や孫が生きる世界のために、いまを生きる人たちがやるべきことについて考えたい。何度も言うけれど、それが経済を止めることだと言っているわけじゃない。


少し前に「約4割の伝統産業が廃業の恐れ」という記事が話題になっていたけれど、こういう記事をみて僕が思うのは、世の中の変化にともなって需要が変わっていくことは当然だし、伝統産業だからというだけで、無思考に守ろうとするのは、やっぱりおかしいということだ。

特に、伝統工芸ではなく伝統産業ならばそれは、これまでも世の中とともに変化してきたことの証だ。その技術をまんなかに、カタチやスタイルを変化させてきたからこそ産業化したのだ。

10年以上前のこと。スマホの登場以来減るばかりだった写真屋さんを、なんとか守れないだろうかと富士フイルムさんに相談を受けた。その際も僕は、そもそも需要がないお店が存在する意味はないと主張した。それゆえ僕は、富士フイルムさんと一緒に、写真屋さんのあたらしい役割や価値について懸命に考えた。

写真屋さんの価値は、フィルム現像することや、カメラや電池の販売にあるのではない。記録をカタチにしてくれることにある。カメラや記録メディアが変化しようとも変わらない価値と、世間と共に変化していくべき部分を切り分けることがまずは何よりも大切だった。そこを混同したり、既存のビジネススキームにこだわり続けたお店は、みんな廃業した。

では、飲食店の変わらぬ価値はなんだろう? それは、ただお腹を満たしてくれることにあるのではないのは明白だ。お腹を満たすこと以上に、自分では味わえない美味しさを味わいたいから僕たちはそこに足を運んでいた。そこにはその空間の価値や、人の価値もあっただろう。友達と一緒に会話しながら食べるその時間もそう。それら当たり前の価値に今一度向き合いやすくなるような支援をこそ、自治体もやるべきじゃないか。

新型コロナウイルス感染の第二波はやってくるのか? また別の新たなウイルスがやってくるんじゃないか? そんな不確定なことばかり考えてはいられないけれど、どこかでそんな可能性も想像しながら、変わらない価値と変わるべきスタイルについて実験していくことが大事だ。

テイクアウトは美味しさよりも便利さで、半額支援的なプレミアムチケットは、救済の気持ちよりもお得さで人を動かしている。それはひとまずの支援策としてとても正しいと思うけれど、どんなことであれ急場しのぎで問題の本質は解決しない。

国や自治体は、テイクアウト支援で策を打ち終えた気にならず、いよいよ本当の意味での問題解決にむかうべく、テイクアウトしないお店を応援する仕組みを考える時期なんじゃないだろうか。

これはあくまでも、僕からの「問い」。


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藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』共にリトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』など手掛けた書籍多数。

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2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。

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