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新聞の未来について考えてみた。

最近、新聞記者さんと意見交換する機会が多いからか、もともと新聞好きの僕は、新聞紙面の新しい在り方について考えている。

スマホが普及して以降、新聞を読まない人が多くなったのは事実だと思うけれど、それは決して新聞が面白くなくなったからではなく、面白そうにみえないからだ。

長年、雑誌やWEBメディアに携わってきて思うのは、読者が面白さを感じるポイントが、その中身より演出によりはじめているということ。

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先日、謎解きイベントを多く手がける会社の方とオンラインミーティングをした。彼らがしきりに話していたことは、その物語性と展開。つまり「演出」だ。彼らの仕事は、謎部分、要はクイズの設問をつくることだが、こと謎解きや脱出ゲームなどのエンタメにおける問題づくりで大切なのは、その問いの見せ方や順番で、そこを考えることで体験者にどんなサプライズをプレゼントできるかについて何度も何度も反芻する姿が印象的だった。彼らは単なるクイズ職人ではなく、「問い」を「謎」に変化させるプロフェッショナルなのだ。

一方、新聞を見返したとき、本来その良さであるはずの紙面の一望性が、どういう順番で読ませるか? といった演出的な導線をつくりづらくしていることに気づいた。これが新聞の大きな弱点なのかもしれないと思う。

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僕が初めて編集長をした雑誌『Re:S』(2006年〜2009年)で、僕が何度も読者にお願いしていたこと。同じく編集長をしていた秋田県発行のフリーマガジン『のんびり』(2012年〜2016年)で、折を見て書いていたこと。それは「頼むから前から順番に読んでくれ」ということだった。

世の雑誌の素晴らしさは、どこのページから読み始めても良いという寛容さにある。しかし僕がつくる雑誌は前から順番に読まないと100%楽しめない。これはまったく雑誌的ではない。しかしそれでも僕がこだわったのは、その「サプライズ演出」にあるのだと、先日の打合せで気づかされた。

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エンタメの本質は「楽しませたい」という利他の気持ちにある。そこが僕はとても好きだ。エンタメを突き詰めるほど、ポジティブに驚かせたいがために、意外性をセットしていくことが肝になる。新聞がそんな意識を持つとどうなるだろう?

新聞におけるエンタメの可能性は、ラテ欄の縦読みが関の山なのか。もしくは遊び心あふれる広告に頼るしかないのか。きっとそんなことはない。新聞紙面そのものの編集に、ある種の演出を盛り込んだとき、広がる可能性があるはずだ。
しかし客観性と即時性を大切にする現在の新聞がそれをできるか?
というと確かに難しいとも思う。

ならば思い切ってこういうことをするのはどうだろう?

月刊の新聞を発行する。

月に一回の発刊という枠組みをもって、新聞の強みである即時性を敢えて消してしまうのだ。だって報道の即時性がネットメディアに叶うわけはない。だから、そこに固執するのはあまり意味がないように思う。既存の新聞とは別に、月刊新聞を発行することで、読ませたい記事を読ませるための演出について考える余地が生まれる。

この場合の新聞とは何か? については色々議論があると思うけれど、ここでは敢えてあの大きな紙面とレイアウト。そしてニュース記事がベースであるということを大切にしたい。つまりは、月一回のダイジェスト版のようなものを想像してもらえればいい。とはいえ、単なるダイジェスト版を出したところで大きな意味はない。その上で、新聞ならではの演出をどう考えるか? そのアイデアを書く前に、急がば回れで、少しばかり遠回りしたい。

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2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日…

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藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』『なんも大学』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。