16年間で7度読んで初めて気づいたこと ~綿矢りさ『インストール』~
17歳の現役女子高生・綿矢りさが2001年に著した処女作『インストール』。
女子高生と小学生男子がタッグを組んで、風俗嬢「みやび」になりすまし、男性客とチャットをする物語を久々に読み返したところ、自分が大人になったから気付けたことがあった。
主人公の女子高生「野田」は、思春期によくある「人生の迷い」すなわち、冒頭に提示された「私、毎日みんなと同じ、こんな生活続けてていいのかなあ。みんなと同じ教室で同じ授業受けて、毎日。」をこじらせて、不登校を始める。
そして、ひょんなことから仲良くなった同じマンションの小学生「かずひろ」の部屋に通い、彼の部屋の押入れに隠されたパソコンを使ってエロチャットで一儲けすることとなる。
主人公「野田」は不登校であることを母親に巧妙に隠しており、「かずひろ」は押入れの野田とパソコンの存在を母親に隠している。おのおの、母親に隠し事をしているのだ。
それが一か月続いた後、双方に母親バレして、終了する。
主人公はラスト、不登校をやめて「明日からちゃんと学校に通おう」と改心(?)するのだが、その改心の理由が、15歳の初読時以来、イマイチ分からなかった。
なんとなく「親バレしちゃったし、今が潮時かな~」みたいな感じで、この小説はおわっているし、私もいままでは「ま、そんなもんだよな、人生」となかば納得していたのだが、しかし、15歳から読んでいるこの小説の(おそらく)七読目にして、この改心の理由が確信をもって分かった。
それは、「不登校を知った時、母親が泣いたから」だ。
■主人公にとって「脅威」であった母親が、涙を見せた
主人公野田にとって、母親は超強い女で、ちょっと弱気な人や不器用な人を「生理的に受け付けない。」と言って即シャットアウトするような人。
主人公に対しても「あんたにゃ人生の目標がないのよ」と言い捨てるような、脅威の存在。主人公は母親に対してビビっている。
そして、序盤に「私達母子はきっとプライバシーの意味を勘違いしている。」という文がある。
主人公が不登校初日に、部屋中のモノを全部ゴミに出してしまうのだが(全部って、全部ですよ。机もピアノもマンガも何もかも。)、なんと一緒に住んでいる母親は、娘の部屋ががらんどうになったことに気付かないのだ。
というのも母は「プライバシーの意味を勘違い」しているため、娘の部屋には立ち入らないのが常なのだ。
(ちなみに父は離婚して、いない)
そんなわけで、主人公にとって、母親は「距離」と「脅威」を感じる存在だった。
しかしそんな母親が娘の一ヶ月にわたる不登校をついに知った際、主人公と目を合わさずに小さな声で「いじめられてたの?」と呟き、涙を流す。まさに、自分が「生理的に受け付けない。」と言って撥ね退け来た人のように、弱気に肩を震わせて、泣くのだ。
その母親を見た主人公野田は「母が泣くなんて、まるで怪談」と独白する。
この「母に泣かれる」ことが、改心の鍵だったんだなと思う。
主人公は、母に心配してほしかったのだ。気にかけてほしかったのだ。
だから「母に気にかけてもらえた」時点で不登校終了なのだ。
■
おそらくそこまで人の心が無いわけではない母は、これからはもっとちゃんと娘と向き合うだろう。
逆に、娘が部屋中のものを捨てて、不登校をしていると知っても動揺しない母親だとしたら、娘はさらなる非行に走った可能性もある。
というのも娘は「学校に行かずにやりたいこと」があるわけでもなく、「学校に明確な不満」があったわけでもなく、ましてや「いじめられた」わけでもないからだ。不登校に明確な理由があったわけではなく、ただ漠然とした不安を解消したくてもがいていただけだし、それが実は母親との関係改善を無意識に求めていたのだから、そこに進捗が無い限り、もっとエスカレートするはずなのだ。
■
今回の「読み」が正解とも限らない。また別な「読み」が現れるかもしれない。
31歳の私が今、この年で母との関係が新たなフェーズに入ったから、きっと今はこう読んでいるのだ。
小説って、自分を重ねて読んでいるんだな。
同じ小説を何度も読むのは面白い。自分を読んでいるみたいだ。
そして、当時17歳だった書き手の綿矢りさは、どこまでを計算して書いていたのだろう。
小説に、自分が気づいていない自分を書いてしまうこともあるし、それを他者に読まれてしまうこともある。
本当に、小説というのはおそろしい。
そして最高だ。
渋澤怜(@RayShibusawa)
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■『インストール』が好きすぎてオマージュ小説を書いちゃいました。全編なんと、文中の「チャット」文体。5分位で読めるよ。
■当然だけど、「主人公≠作家」。でも、混同されがち。「エロチャットする女子高生」が主人公の小説を書いた女子高生作家・綿矢りさの苦労に思いをはせる考察。
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