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Cahier 2020.08.01-1

ようやく長かった梅雨が明け、夏特有の分厚い雲からのぞく青空が清々しい。

先日の断捨離で過去の手紙や日記類とともに、もうひとつ意外なものが出てきた。高校生の使っていた香水のボトル、それもまだ半分ほど残ったものだ。

長方形の黒いキャップ、シンプルなデザインのボトルの中に鮮やかなグリーンの香水が入っていて、その形、黒と緑のコントラストは潔くどこかメンズライクな雰囲気を帯びている。その凛とした佇まいに似合わず、その香りには「ENVY」(”羨望””嫉妬”)という名が付いている。どうやら現在はすでに廃盤になっているらしいけれど、根強いファンが似たような香りを探し求める、Gucci の生んだ名香である。

高校生の頃、学校帰りに友達と大型スーパーに入っているドラッグストアの香水売り場で「これいい香り!」「この香り、〇〇のイメージにぴったり」とか言いながら、あれこれ試して遊んでいたことがあった。オードトワレやオーデコロンは30~50mlの小さなサイズだと比較的安価で高校生にも手が出せる。あの頃、汗の匂いや思春期特有のどこか悩ましいような匂いを上書きするようにみんなオーデコロンを振りまいていて、体育の後の教室はデオドラントスプレーと安物の香水の混ざり合った、なんともカオスな匂いに包まれていた。「ENVY」もその頃に見つけた香りで、教科書や課題プリントでパンパンに膨れ上がっていた重いバッグのポケットに、小さな四角いボトルを忍ばせていたことを思い出す。余程気に入った香りだったのだろう。いつだったか忘れたけれど、大きなボトルで買って、そのうち忘れてクローゼットにしまい込んだままになっていたらしい。

この香りを似合う、と言ってくれた友人に、わたしは同じくGucci の「RUSH」をすすめ、彼女もそれを愛用してくれていた。それも今では廃盤になっているようだけど(Gucciの香水、すぐ廃盤になるな…)、鼻腔から勢いよく駆け上がって脳天から全身を貫くような強くセクシーなあの香りを、細身で色白だった彼女の面影とともに忘れられないでいる。普段は大人しく真面目で、こんな過激な香りよりも、資生堂の「More」とかディオールの「ディオリッシモ」とか、優しく清らかなパウダー系かフローラル系が似合ういで立ちだった。でも彼女が内に秘めていた情熱は強く激しく赤々と燃えていて、まさに「RUSH」のイメージだった。あるいは、そんなのはわたしの幻想に過ぎなくて、彼女は純正フローラル系の人だったのかもしれないが、「RUSH」を気に入って、少なくとも1、2年のうちはその香りを身にまとってくれていた。

「ENVY」は、その名が負っているように何とも飼い慣らしづらい、エゴイスティックなまでに強靭な要素を持っている。「嫉妬」や「羨望」は人を思い煩わす強い感情だ。できれば忘れてしまいたい、消し去ってしまいたいその感情を香りで表現し、肌にまとわせ、体臭と絡み合ってその人独自の「香り」に仕立て上げてしまうGucci、おそるべし、である。

 高校生の頃、友人がどんなイメージで「ENVY」を選んでくれたのか、わたしは知らない。でも今こうしてみると、わたしは常にその香りに悩まされ、それでいて決してかき消すことができない人間だったことを改めて思い知らされる。

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