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「水府の三門」◆道しるべ◆⑧

『遊女真那雪』


なぜ、いつまでも少女の頃のまま
あどけなく
ほがらかに
野にたわむれて
歌うようにふたり
手をつないで
夕空を
藁の山でたわむれ
流れる雲を
いつまでも見ていたかったのに
なぜ
雁など来ぬ寒地に
荊には花など咲きはしない
この里の空にはトンビがピュイーと鳴いた
二羽のトンビは自由に見えた
トンビが鷹を産むことはない
真の荊と言うなら
それは柚子だと笑った
稚く細い新芽でさえ鋭い
互いを刺さぬように
それでもその棘はからみあう
傷をつけると清清しい酸味の匂いがした

朝ぼらけ
ピィー
ピィー
間隔を置いて鳴く
合図のように続く
小鳥たちの声

野の鳥は
鳴いている
飛んでいる姿だけは自由そうでいい
軒の中では自由じゃない
子盗りに来るよ
体の一部から出来たそれは
出した者の物
自由にしたってかまわない

雨ふり
蛙がケッケッケッと鳴いた
蛙の子は蛙
産まれた所しか知らない
ふんどしの中しか知らないシラミも同じ
跳び跳ねていたって
高い所からなにを見ることもない

同じ場所に種は落ちない
落ちたとしても
同じ花は咲かない
それぞれがそこで
血や汗をにじませて
花を咲かせる


しら糸と紅はな

姉妹のように育った可憐な花は
離ればなれとなって
散り散りに
年を経て

片方はあだ花となり
堕ちた世界で母のごとく
惜しげもなく乳を与え
そのかいなに
脂の浮いた頭と陽に焼けた体を掻き抱く

もう片方は
毎昼毎夜のように
我が身と引き裂かれた姉妹を思い
泣き暮らすのだった
温かく力強い腕を見つけては
しがみつき
やがて紅い花は赤みを増し
熟れた実をひとつ宿した

いばらは八龍山の寺に安置されている、龍の子の腕だけは見ようと向かっていた折り
身重の病に倒れた女を見つけ、介抱する
いばらは走り、強引に村人を引っ張って来ると、女を近くの農家に強引に滞在させ看病をするのだった
聞けば将来を約束した男が罪を犯し、処刑される日が近いと言う
子どもを産んで追いかけても間に合わないかも知れない
女は遊女で子どもは男の子どもではないかも知れない
それでも子どもの顔を見せたいのだと言った
いばらは産婆の名に懸けて、絶対に無事に産ませると約束する
女は自分の髪ひとふさと
子どもの名前を書いた紙を託したいと願った
いばらは頷き、その細い指を握り続けるのだった
日が変わり、漆黒の空にはこうこうとした月
月を避けて薄い雲がたちまち流れて行く夜に
女は出産する
安堵する間もなく、いばらは後々の処置を済ませ、ほんの一時気絶したかのように眠った
そして冷たい水で顔を洗い、頭からかぶって目を覚ますと、百姓を叩き起こした
くれぐれも女を邪険にしないよう、いばらはいろいろな書き付けを百姓に手配すると、颯爽と村を後にした

処刑されるなんてよほどのことをしたに違いない
例え死刑が廃止された御触れが出ても、地方のそのまた地域には浸透するわけもない
無法地帯
法で裁く以前に私刑が横行しているのだもの
いぶき山の処刑場
又右衛門様の安良川陣屋とは、峠の坂ひとつ隔てただけ
又右衛門様の覚え書きの地図ではそうなのだけど
ああ、もう
又右衛門様何か聞いていないかしら
なんとかして下さらないかしら
ダメよね
いくら又右衛門様が現場重視の方だからといって、又右衛門様の『組』とは全く関係ないでしょうし

いばらは油坂と呼ばれる、旅人泣かせの急勾配を目にし、ため息をついた
が、首高く坂を見上げると、杖を握り直した
地面を一度、杖でつつき歩き出す

(さあ、行くわよいばら!立ち止まってなどいられないわ!)





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