見出し画像

第十七回:人の居る場所に、無料で読めるものを展開する

皆さん、ご存じでしたか。真なる天の邪鬼というのは、「あっ、こいつ天の邪鬼だから、予想とは違う行動をするな」と思われたときは、むしろ素直な行動を取って、さらに予想を裏切るものです。

というわけで、前回の鷹野さんの話を受けて、マーケティングの残りのP二つについて書いてみましょう。

◇ ◇ ◇

まず4Pの全体像を覗いておきます。

箇条書きではなく、円の上に並べたのには実は理由があります。

この4Pは、分析手法です。言い換えれば、「どうやって売ればいいか?」という漠然とした疑問を、より詳細に検討するためのフレームワークです。

よってこれらは個別に検討されたとしても、最終的には統合されます。あるいは、二つ以上の要素を合わせて検討すると新しい発見が得られることもあります。つまり、一つの要素は他の三つの要素と関係しているのです。

なので箇条書き的に個別に把握するのではなく、上の円のように互いに境界線を接する要素群だと理解しておく方がよいでしょう。

◇ ◇ ◇

上記を踏まえた上で、「Price(価格)」と「Place(流通)」について検討してみましょう。

Priceは、要するに値段です。値段については、「無料にするか有料にするか」がよく検討されますが、それ以外にもいろいろ施策はありえます。

たとえば有料にするにしても、低価格なのか高価格なのかで随分違ってきます。値段が安い方が売れやすいですが、もしニッチな商品でそれを行えば、薄利多売ならぬ薄利小売となって継続性は得られません。つまり、Product(製品)との兼ね合いが重要です。

また、一定期間は無料でその後有料にする、あるいは一定期間は低価格にして、その後高価格に移行する、という施策もありえます。さらに「一定期間」を「一定販売数」にして、本が売れるほど、値段を高くしていくやり方もあります。

ただ、ここで前提としているのは、"書き手の「認知度」が低いにもかかわらず、「電子書籍」という固めのメディアで販売する、というハードモード"なので、まずは認知を集めるためのPriceについて考えると、やはり無料か、限りなくそれに近しい低価格であるのが望ましいと思えます。

しかし、です。

たとえば、0円の本(つまり無料の本)と1円の本の差は、150円と151円の本の差とは比べられない大きいものです。もっと言えば、150円と180円の本の差よりも大きいと言えるでしょう。

『プライスレス』という本でも紹介されていますが、0円は大変強力です。0円でなくなることは急激にアピール力を落とすことを意味します。

逆に言えば、低価格自体にそれほど強い宣伝力があるわけではありません。雑に言ってしまえば、「この本、買って読んでみよう」とさえ思ってもらえれば、100円でも200円でもたいした違いはないことになります(もちろん1000円や2000円なら話は変わってきます)。

◇ ◇ ◇

「いやいや、安いなら買おうと思ってもらいやすくなるのではないか?」という疑問は当然のように生じることでしょう。たしかにそのとおりです。

問題は、本は買ってもらって終わりではない、という点にあります。

一時期、私はKindleでセールがあるたびに「あれも安い、これも安い」と爆買いを続けていましたが、結果的にそうして買った本はほとんど読んでいません。「安いから」という理由だけで買った本などほとんど読まないのです。

「読まれなくても、本が売れて収入が入るならそれでいいじゃん?」

もちろんそれで一生食べていけるだけの金額が入ってくるならそのとおりですが、実際そんなことはないでしょう。そもそも、読まれてないけどお金は入っているからそれでいいかと思うような人は、ハードモードには挑んでいないはずです。

本を読んでもらい、「この書き手はチェックしておこう」と心のブックマークに入れてもらうこと。そうして、次の本も、その次の本もチェックしてもらえるようになること。それが目指す状態でしょう。

よって、「認知を得るために低価格の本を出す」というのは非常に中途半端な施策と言えます。

もちろん、低価格の本を出してはいけない、という話ではありません。商品のラインナップをどう構成するのかはパブリッシャーの裁量です。ただ、ほとんど認知がない状態から認知を得るための施策としては、低価格の本はあまり貢献しない、というだけの話です。

どうせなら思い切って無料で公開してしまうか、あるいはきちんと値段をつけて、それでも買ってもらえるようなプロモーションを行うかのどちらかがよいでしょう。

◇ ◇ ◇

では、Placeはどうでしょうか。

Placeは、「どこで、どうやって売るのか」という話なわけですが、電子書籍の販売で言えば、現状いくつかの選択肢があります。

・大手の電子書籍プラットフォームのみで販売する
・多数のプラットフォームに展開する
・自分のサイトだけで売る

ここではマージン率の話も関わってくるのでどれが良いのかは簡単に判断できません。ただ、「認知を得るため」を目的とするならば、「自分のサイトだけで売る」が悪手であることは明白でしょう。そのサイトにアクセスするのは、すでに自分のことを知っている人だけですので、リーチが広がることはまずありません。

よって、「人の居る場所」に展開することが必要となります。

大手プラットフォームは、その適切な選択肢と言えるでしょう。

◇ ◇ ◇

ちなみに、「自分のサイト」に有益な情報を載せ、検索などで外部から人がやってくるようにしておいて、そうした人たちに自分の本の存在を知らせる、という戦略もあります。これをブロガー戦略と呼ぶことにしましょう。

ただ、「そんなことをしている暇があるなら、自分の本の執筆に時間を使いたい」という人もいらっしゃると思うので、あくまでオプションの戦略となります。

◇ ◇ ◇

さて、二つの話を組み合わせてみましょう(それが4Pの醍醐味です)。

認知がほとんどない状態から認知を獲得するには「人の居る場所に、無料で読めるものを展開する」となります。

ここで言う「人の居る場所」とは、利用している(≒アクティブな)ユーザーが多いサイト・プラットフォームを指します。このnoteも最近は元気ですが、小説なら「カクヨム」や「小説家になろう」もあるでしょう。あるいはKindle Unlimitedやブックパスの読み放題も、「無料感覚で読める」場所ではあります。

もちろん、人が多い場所であればそこで見つけてもらうのも難しくなります。そこではまた別の戦略が必要となるでしょう。とは言え、限られた人しかアクセスしない自分のサイトに書いているだけよりもはるかにマシな状況になるはずです。

「人の居る場所」の意味を広く取れば、何かしらのコンテンストやNovelJamのようなイベントも対象に入るでしょう。受賞者以外の原稿も原則公開されるのであれば、いっそうチャンスは広がります。そういう場はほかにもいくつもあるでしょう。

ともかく、自分からそういう場所に飛び込んでいくことが、認知を獲得するきっかけになりえます。

◇ ◇ ◇

というわけで、二人して”書き手の「認知度」が低いにもかかわらず、「電子書籍」という固めのメディアで販売する、というハードモード”について考えてみました。

やはりここが難しいところで、これまでの出版業界(&書き手の界隈)ではあまり考えられていなかった事柄かもしれません。少なくとも「新人賞受賞」→「デビュー」という枠組みの中では、まったく必要ない話ではあります。が、そういうルート外にいるアウトサイダーにとっては必須な話です。

それにしても電子書籍の値付けに関しては私も常々悩んでいます。鷹野さんはどう考えておられるのか気になるところです。

鷹野さんの原稿に続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?