見出し画像

桃太郎は鬼ケ島に行きました。

(以下の記事を読んで自分でも書いてみたくなったので書いてみました)

桃太郎は鬼ケ島に行きました。かつてと違って、お供となる動物たちはいません。桃太郎が成長し、大人になった段階でイヌもサルもキジも寿命で死んでしまいました。そもそも、鬼退治から帰還してからというもの、彼らとは疎遠になっていたのです。もともと野に住んでいた彼らは、村に迎え入れらたことで、英雄のような扱いを受け、食事に困ることはなかったのですが、それでもどこか落ち着かないようでした。

「こんなところで、のんびりしていていいのかな」
あるときイヌが言いました。
「いいんじゃない。せっかくもてなしてくれているんだし」
「そうだよ。こんな生活なかなか手に入るものじゃない。明日食用にされるのか心配しなくてもいいっていうのはとても心が落ち着くよ」
サルとキジが慰めの言葉をかけましたが、イヌは納得しませんでした。イヌ自身も理由がわかっていなかったのだと思います。安心安全なこの村の生活のどこに問題があるのかを。

今から振り返ってみると、それは明らかでした。イヌは甲高く鳴くことができず、サルは木に登ることができず、キジは空高く舞うことができませんでした。そのような動物的な振る舞いは英雄的ではなかったからです。誰も彼らに、そうせよと要求したわけではありません。しかし、村人のまなざしには、たしかに彼らへの要求が含まれていました。

やがて彼らは調子を崩し、村から離れていくようになりました。村人は惜しむ声を上げましたが、別れは存外すんなりしたものでした。まずイヌが離れ、その次にサル、そしてキジが村から立ち去りました。桃太郎はそれぞれと握手を交わし、再会を誓いましたが、結局それが叶うことはありませんでした。おばあさんがなくなった後、きびだんごの製法は失われてしまい、再び彼らと契約を交わすことはできなかったのです。そうでなくても桃太郎には疑問がありました。あの契約ははたして正当なものだったのか。いや、そもそも鬼退治は正しい行いだったのか。

■ ■ ■

再び訪れた鬼ケ島は荒廃しきっていました。それはそうです。蓄えてきた宝に加えて食料品もどっさり奪われた揚げ句、働き盛りの鬼たちも殺されてしまったのです。桃太郎は、後方から棍棒で殴りかかってきた青鬼を返す刀で切り捨てた感触を今でも覚えていました。イヌたちもきっと似たようなものだったのでしょう。彼らは獲物を狩るための力を天から授かっていましたが、その力は鬼を退治するためのものではなかったのです。

「こんなに狭い島だったのか」

一通り歩き回った後、桃太郎はその島の小ささに驚きました。かつてイヌたちと小舟で乗りつけ、その奥地まで勇んで歩いたあの島の面影はまったくありません。そこはうちぶれた、小さな島でした。いくつかの墓が、かつての生活を知らせているだけです。

墓?

たしかにそこには墓がありました。数は多くありません。石も立派なものではなく、それなりに見栄えのする石を海岸から運んできて立てておいたようなそんな風体です。でも、たしかにそれは墓でした。そこには名前が刻まれ、何かが立て掛けられています。あまりにも時間が経ったため、刻まれた名前を判別することはできません。しかし、まっすぐに並ぶその文字たちは、それが名前であると主張しています。

桃太郎はその墓たちに手を合わせながら考えました。鬼たちもまた死後の魂を信じていたのだろうか。それとも、彼らには彼らの仏がいるのだろうか。しかし、あの言葉を解さない鬼たちにそんなことが可能だとはとても思えませんでした。

そのとき桃太郎に少し嫌な考えが思い浮かびました。もしかしたら、この島には人間が住んでいたのかもしれない。鬼たちと共存していた人間たちが。しかし、鬼たちが滅びに向かう中でその人間たちも生きてゆけなくなったのだとしたら。

■ ■ ■

桃太郎もまた、帰還した後は村の英雄として扱われました。彼らの村は、二世代、三世代にわたって困窮する心配から解放されたのです。村一番の娘が桃太郎に嫁いできました。気のよい娘で、おじいさんやおばあさんとも仲良くやっていました。

しかし、何年経っても二人は子どもに恵まれませんでした。周囲の期待とプレッシャーが高まってなお、状況はまったく変わりませんでした。誰もが口にしないまでも、こう考えていました。「桃太郎は、桃から生まれたから、子どもが作れないんだ」

おそらくその通りだったのでしょう。彼は桃から生まれて、他の人間と比べて強い勇気と腕力を持っていましたが、どうやら違いはそれだけではなかったのです。

やがておじいさんとおばあさんが亡くなり、家には二人だけが残りました。桃太郎にはもう他に家族はいません。気の良かった娘が、家でため息をつく回数が増えてきました。
「ちょっと出かけてくる」
そう言って桃太郎は何度も野に出かけました。イヌやサルやキジに再会できないかと願ったのです。でも、その願いは叶いませんでした。彼らはもうどこかに行ってしまったのでしょう。
「ちょっと出かけてくる。今度は長くなるかもしれない」
そう言って桃太郎は旅支度を整え、かつての記憶を辿りながら、鬼ケ島へと向かったのです。

■ ■ ■

桃太郎は、誰もいない鬼ケ島の海岸で海を眺めていました。彼方には自分が出発した村があり、別の彼方には大きく海が広がっています。鬼たちはこの景色を見ながら何を考えていたのだろうか。そもそも考えることなどできたのだろうか。桃太郎は、自分の思考が自分の欲求によってひどく偏っていることを自覚していました。鬼たちが無知蒙昧であり、純粋な悪であったら、こんな考えは今すぐにでも捨て去れるのに。しかし、「そうではないかもしれない」という考えを桃太郎はどうしても捨て去ることができませんでした。そんな都合の良い状態をこの世界が提供してくれるとは思えませんでした。

もう一度お墓たちに手を合わせた桃太郎は、止めておいた小舟に乗り込み、島を離れました。その海路は、島に来たときの道筋とはどうやら違っているようでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?