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『ワン・モア・ヌーク』レビュー

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ワン・モア・ヌーク

藤井太洋/著

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2020年3月11日。
東京に、もう一度、核を。

9年前の震災で発生した福島原子力発電所の核による被害をもう忘れてしまったのか、それとも見たくないものを見ないようにしているだけなのか。今年の夏に迫ったオリンピック開催を目指して、しゃにむに突っ走る日本、そして東京。

リアルな「今・現在」がこの物語の舞台です。

プロローグこそ2018年8月の中東・シリアですが、物語の本編は東京、2020年3月11日までの5日間。3月11日午前零時に東京のどこかで核爆弾を爆発させると予告したテロリストと、彼らを追うIAEA(国際原子力機関)と日本の刑事たちの、三つ巴、四つ巴の知的な探り合い・だまし合い。110時間の緊迫した核サスペンスドラマになっています。

フクシマ放射能汚染の差別と偽善。それを暴き、真の意味での本当の「安全」を日本政府に説明させよう。そのために核爆弾を爆発させる。

中東のテロリストから見れば幼稚な動機かもしれないけれど、その分純粋な意志で原爆を設計し、計画を実行する日本人女性テロリスト。
決して世間的な意味では正しいはずもないその行為を正義としたその理由とは。
原爆を作れるだけの超優秀な能力を持つ彼女にそう思い至らせた出来事とはいったい何か。

豊富で正確な科学的側面もしっかりと盛り込みながら、「今」の日本が見て見ないふりをしている、ある意味で「見えない世界」、「ないはずの世界」を克明に描き出している小説でした。すばらしい!

さて、この、藤井太洋さんという人は、とにかく現実からの地続き感がすごい作家さんです。いつも今ある技術や、今実際に起きている社会問題を掘り下げて、綿密な考証のうえで、「このまま行くとこうなっちゃうよ!」と、誰も思いつかなかったような近未来を描き出します。
それがまたリアルなんですよ。

現実とつながっている近未来だからこんなにリアルに感じるのか。と短絡的には思っちゃうんですが、誰だって未来はわからない、ハズ。
ハズ、なんですけどねえ。ここまでリアルに描けちゃうってことは、やはり、本当に綿密に細部の細部まで考え抜いて未来という異世界を設計しているのでしょう。
(ついつい、本当に未来見てきたんじゃないのこの人。って思っちゃいますw)

しかも、今回は、まさしく今年! 2020年、それも3月の出来事です。
今読み終わったこの本の発売日を見ると令和二年二月一日。本の発売からわずか一か月後のお話なんです。
めっちゃリアルタイム感ですね。
これ、読み手としては今からすぐにこういう未来がくる。っていう検証ができてしまうわけだし、書き手側からみれば、ああ、なんという度胸でしょう。ってあらためて感服してしまいます。(発売したらあっという間に現実に追い越されちゃうわけですよ。そんな度胸、普通ないですよ……><)

執筆自体は2015年から2017年にかけて「yom yom」誌に連載されていた話だそうですから、もっと前なんですね。あの頃、私なんかは「えー、オリンピック来ちゃうの? どうなっちゃうのかしらねえ」なんてぐらいにしかぼんやり未来が見えていなかった感じですが、その同じ頃に「今」をここまで正確に予測できていることが本当に衝撃です。
(その上で、執筆ペースと本の発行のタイミングまで計算づくというのも恐ろしい)

しかもしかも、タイトルが『ワン・モア・ヌーク』。核をもう一度ですよ。
物騒で衝撃的なタイトルで思わず手に取っちゃう。
現実の続きで、今からすぐこういう未来が来かねなくて、でもって、核が東京に!?

これは今読まなきゃいけないですよ。いつ読むの? 今でしょ! ってやつ!(それはもう古いw)

さて、今ある技術で、民間人(テロリスト)が核爆弾を製造可能なのか? という疑問が(本編にちょろっと出てくる御用学者さんでなくても)出てくると思います。
ですが、このあたりがもう本当にリアルに説明されていて。ああ、これは出来ちゃうわ。やばい! と思わせてくれるのです。
安易なSFやファンタジーではそういうところは超技術でなんとかしてしまうところなんですが、藤井さんはあくまで現実と地続きで、今・現在からの延長というリアリティで迫ります。
そうか、3Dプリンタを使えば……、ああ、あの長崎型の厳密なタイミング調整だって今の技術があれば……なんて、技術的にいちいち腑に落ちてしまうところがなんとも恐ろしい。
だって、ねえ。あー、この濃度で反応させられちゃうなら、うわああ。(ネタバレゆえ自粛。いや、これ、こんなことできちゃったらマズいんじゃない? でも本当にできそう。コワイ>< というテクノロジー的な描写が本当にうまく描かれていてこれまた恐ろしいのです)

以前、たしか『オービタル・クラウド』という本を書かれた時のインタビューで「ひとつだけは嘘を書いたが、ほかの全ては現実にある技術で真実」と言っていました。今回の「嘘」はこのあたりな気もしますが、どうなんでしょうねえ。こわいこわい><

そうそう、核・東京と聞いてつい思い出しちゃうのは映画『シン・ゴジラ』ですね。
あれに出てくる巨災対っぽい核対策チームが急編成されるところとか、ファンならうれしくなるシーンがいくつかこの本にも書かれています。
そのあたりけっこうニヤニヤして読んでいましたんですが、お話の執筆時期を考えるとほぼシン・ゴジ公開の時期にかぶってますね。
おそらく、藤井さんはこの執筆中に、似たモチーフで描かれた映画をご覧になったのかと思います。そのパロディというか遊び心なのか、な?
が、どうなんでしょう、もし覧になっていなかったとすると、両作とも似通っているこの部分って、現実の日本の東京にもし核汚染が起きたら、という初期パラメータでの思考実験の末に生まれた平行進化の結果なのかも。なんてふうにも妄想してしまったり。
もちろん、そしてこれはたぶん妄想ですけど、それだけ、ファンタジーが現実に近づいている、(もうじき現実に追い越されちゃうんだけどね)という、ファンタジーのリアル(?)を感じました。

最後にワン・モア、もう一度繰り返しておきましょう。

ほんと、この本、今こそ、ただ今にこそ読むべき本です。
日本人なら、あのフクシマを覚えている者なら、そして忘れてしまっている者たちは皆、読まなくてはなりません。
藤井太洋という作家が、このタイミングを狙ってこの本を出してきた意味。その度胸を感じ、その心意気を(本として、たった900円(税別)で)買おうではありませんか。

(もちろんネタバレになるので核テロの結果がどうなるのかここでは書きませんけれども……)

この本の最後で語られているのは311後の「希望」なんです。

今のうちにこの本を読み、またすぐにやってくる311を。2020年の3月11日を、希望をもって迎えられるように。

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追記:電子書籍版を待とうかなーっていう人は気を付けて!

HON.jpの鷹野さんからこんな情報が!! なんと、電子書籍版は半年後だそうです!
現実にとっくに追い越されてから電子化だなんて……。商期逃しまくりですよ新潮文庫さんなにやってんの!><

と、いうわけで、電子書籍を待たないで、今すぐ紙本でゲットをおすすめです!

それと、本の内容に合わせて3月6日から読み始めようなんてことも、やめておいた方が良いですよ。特に都民は。核テロ予告されて避難指示でちゃうから、本読んでる場合じゃなくなっちゃうかもしれませんからね!(ぉぃ)

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