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『猫のゆりかご』レビュー

表紙

『猫のゆりかご』
カート・ヴォネガット・ジュニア (著) / 伊藤典夫 (訳)


🐈

ご存じカート・ヴォネガット・ジュニアの出世作であり代表作。

世界を破滅させる超発明『アイスナイン』をめぐる物語であり、『ボコノン教』という疑似宗教の伝道書でもあります。

まず、超兵器アイスナインとは、簡単に言えば水を常温で固体化(氷)にする発明。凝固点が常温で、融点が45.8 ℃という不思議な水=氷です。
通常、水が氷点下の気温で凍り付くときは、最初に結晶構造を決める「結晶の種」から同様の結晶が連鎖的に広がっていって、全体がかちんこちんになるわけです。が、このアイスナインはふつうの気温の状態でも水が凍りついてしまうというとんでもない「種」。
この「種」が一般的な水に接してしまうと、そこから始まって世界中の水が固体化=凍り付いてしまうというもの。
考えれば考えるほど恐るべき兵器です。これを原爆の生みの親である異常な天才博士がさくっと発明してしまうのです。

物語もこの発明を「種」にして進むわけですが、もう一つの「種」が『ボコノン教』です。

最初に疑似宗教と書きました。実際に経典『ボコノンの書』の冒頭には『ここに書かれたことはすべて嘘っぱち』であるといきなり自己否定が書かれている、教祖様自身が認める似非宗教なのです。
が、作中に散りばめられた讃美歌や聖書めいた詩句を読めば読むほど、どんどんと真実めいてきて、読者は「これが似非宗教なら、現実の宗教もすべてそうじゃないの?」という逆説にとらわれていきます。
作中に登場するカリブ海のサン・ロレンゾ島では、ボコノン教は法律で禁止されていて、教徒は鈎吊りにされるという「国家的な迫害」をされています。にもかかわらず、実は島民の大半がこの宗教の信者で、その迫害も実は、ボコノン教をひろめるための戦略であるというねじくれっぷり。

こうした、宗教という人を巻き込むシステムすら風刺しつつ、寓話的な手法で現実や宗教を描く手腕はカート・ヴォネガットの真骨頂。パロディックな語り口で読者は笑い転げながら、気が付けば、(作中の主人公であり語り手同様)架空世界の架空宗教だとはなからわかっている『ボコノン教』を信仰してしまっているという具合。

この宗教が(作中にも書かれているけれど)『驚いたことに効果がある』のがまた恐ろしいところ。実際、イェール大学で長年「死」を研究してきたシェリー・ケーガン先生も『「死」とは何か』の中で、

このボコノン教の臨終の式を『感動的だ』とまるまる引用しています。
科学者の視点で見ても、(もちろん精神的な意味合いですが)『驚いたことに効果がある』のです。

もしもあなたがキリスト教的な一神教に染まっているなら、その宗教観にきっと揺さぶりをかけるにちがいない危険な『猫のゆりかご』。(=英語のCat's Cradle は「あやとり」のことです(ФωФ))
それと、たった一粒で世界を破滅させる危険な『種』。それらがぎゅぎゅっとつまった、全百二十七章(ほんとに!)
ワタシ的にオール・タイム・ベストSFに加えたい名作。
超おすすめです!

なお、読後の信仰告白は鈎吊りの危険がありますので事前にお国の法律等をご確認のことw

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