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『大宇宙の少年』レビュー

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『大宇宙の少年』

ロバート A.ハインライン (著), 矢野 徹 (翻訳), 吉川 秀実 (翻訳)

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ハインラインのオールタイム・ベストの中のベストとの声も高いジュブナイルSFです。

商業宇宙旅行が実現し、ようやく一般人でも月に行ける時代になっていたものの、それにはとてつもない旅費が必要で、大金持ちでないとおいそれとは行くことができなかった時代のお話。

アメリカの片田舎で暮らしつつ、宇宙にあこがれる高校生のキップ少年が主人公。
彼は月面旅行が当たるという懸賞を耳にすると、父親からたたき込まれた「何かを得たいなら相応の対価を支払わなくてはいけない」という教えに従って、その懸賞に当たるために「全力」を注ぎます。
このあたりがもうハインライン節です(笑)、懸賞に当たるのは「運」だなんてとんでもない、「相応の対価」を支払うべく努力した者に、必然的に結果がのほうが付いてくる。というわけ。
そんな教えを授ける父の子ですから、キップという少年は、夢を現実にするためにはあやふやな幸運なんぞには頼りません。当選するためにもっとも効率の良い方法を編み出し、システマチックに応募という作戦を実行するのです。

「宇宙時代の石鹸のキャッチコピーを書いた石鹸の包み紙を送る」「ひとり何通応募してもよい」そうした規定のルールをきっちり守りつつ、なんとキップ少年はじつに五千七百八十二点ものキャッチコピーを作って応募するのでした。

今で言うブルートフォースアタックですかねw

しかし、残念なことに惜しくも月面旅行は当たりませんでした。代わりに残念賞として中古の(ただしホンモノの)宇宙服がプレゼントされるのです。

この宇宙服、中古ですから酸素ボンベはついていないし、そのままでは使うことのできないシロモノ。普通の人ならばかなり邪魔な飾り物、それもだいぶ傷んでいる……オブジェぐらいにしか使い道はないのですが、それでも、憧れの宇宙環境で人間を生かしてくれるスーツ、──宇宙服は小さな宇宙ステーションだ── を手に入れた少年は、これまた「全力」で、夏休みをまるまる使ってその宇宙服を整備して、実際に使えるようにレストアしてしまうのです。

地上にあっても使い道のない宇宙服を手間暇かけて整備するなんて、マニアですよねえ。

アメリカの田舎で手に入りそうな物を使い、(かなり?)優秀な高校生の情熱と能力で整備していく描写はとにかく現実にありそうにリアルで、オスカーと名付けられた宇宙服を相棒と呼んで話しかけ、脳内会話するキップの、宇宙服への愛情っぷりは読んでいてとても微笑ましいのです。

しかし、現実には宇宙どころか大学へ行くためにもやはりお金が要ります。愛情をこめて整備した夢の宇宙服を、彼は現実のために手放してお金に換える決心をしました。

夏休みの最期に、キップは、すべての装備を完全に宇宙仕様にしたオスカーを着こみ、夜の散歩に繰り出します。

「オスカー……一緒に最期の散歩をしよう。オーケイ?」
(「いいとも!」)

宇宙の極限環境で人間を生かしてくれる宇宙服ですから、当然、川に飛び込もうが、干し草に埋もれようが、何の問題もありません。

星の降り注ぐ夜の街を闊歩する宇宙服の少年。

このあたりは、ほんっと、夏休みの少年のあこがれや夢がこれでもかとつまっていて思わずうるっときます。きっと、これを読んで宇宙関連のエンジニア志望になった子はものすごく多いんじゃないかしら。(実際、ハインラインはその没年の翌年にNASAから功労賞を贈られているそうです)
冒頭から名シーン繰り出してくれちゃってまー、ハインラインおじさんったらやってくれちゃうんだから……。この話が一番好きという人が多いのもうなづけますねぇ。

さて、そんな散歩をしながら、オスカーのヘルメットに備え付けた、FCC(連邦通信委員会)が見つけたら烈火のごとく怒りだしそうなお手製の無線通信ユニットで、自宅の録音音声と通信(ごっこ)をしていたキップの耳に、不可解な緊急信号が届きます。
『着陸誘導を頼む!』との甲高い声に従って誘導をしてみれば、夜空に現れたのは謎の宇宙船!

いわゆるU・F・Oが宇宙服の少年の頭上に降りてきて……。

というところまでが本書の最初。まだこれで冒頭なのです。ここから意外な展開が始まり、お話は予想外の、これまた宇宙規模の方向へ突き進むのですが、それはまあ、読んでみてのお楽しみ♪

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古典的ジュブナイルSFの傑作ですね。

旧邦題は『スターファイター』というタイトルでした。これ、同名のSF映画(1985年)があったもので、わたし、てっきりずっとその映画の原作だと勘違いしていたんです。(もちろんこの小説のほうがぜんぜん古く、原作は1958年。ただし和訳は映画公開直後の1986年の本です)

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和訳本のほうが映画よりちょっと後なので、もしかして映画人気にあやかってそんなタイトルつけたのかしらん? なんて邪推しちゃったり。わたしのように原作と勘違いが多かったせい? なのかはわかりませんが、2008年に、福島正美さんにより以前翻訳されていた抄訳版のタイトルに合わせて、『大宇宙の少年』へ改題したとのことです。

ただどっちにしてもこの邦題、両方とも内容をうまく表し切れていない気がして、ちょっと違うなあと思っていたのです。それが今回読み返してみて、巻末の三村美衣さんの解説でやっとその理由がわかりました。

原題の ”Have Space Suit -- Will Travel” 、これも、なんだかパッとしないタイトルに見えますよね。『宇宙服あり。参上できます』? うーん、いまいち?

実はこの原題、当時アメリカで大人気だったTVドラマ『西部の男パラディン』”Have Gun -- Will Travel” のもじりなんだそうです。
元陸軍士官のガンマン、パラディンが依頼に応じて事件を解決するというお話。タイトルは『当方銃あり、お呼びとあらば即参上』というような意味で、パラディンの名刺にそう書かれているそうです。ガンマンとして銃を撃ちまくるだけではなくて、頭脳戦や心理戦で事件を解決するのが斬新な、西部の私立探偵的なドラマだったよう。
このドラマ、当時のクリエイターにかなり影響を与えたようで、のちにジーン・ロッデンベリーは馬を宇宙船に変え、あの『スタートレック』の考案に至ったのだとか。

アメリカで流行っていた西部劇のホースオペラの馬を宇宙船にして作られた話が後にスペースオペラと呼ばれるようになった。という話はSFの昔話でよく耳にしていましたが、こんなところにその実例があったとは驚きです!

そして、この、「スタートレック」の原案に通じる名前であることや、ガンマンのドラマの内容を知ってから見れば、原題の ”Have Space Suit -- Will Travel” はばっちりたしかにその通り! とニヤリとする良いタイトルなんですね。

でも、それは、こうした背景情報を知らない日本人向けにそのまま訳しても意味わかりませんからねえ。矢野さんも福島さんも悩まれて、この邦訳タイトルになったのでありましょう。

これは私の勝手な想像でまったく確証はないのですが、初期の邦題を『スターファイター』と決める時、「もともとの原書タイトルがそもそもTVドラマタイトルのもじりなのだから、映画タイトルを拝借するスタイルこそ正しいのだ」と、誰かが、もしかしたら翻訳者の矢野 徹さんあたりが主張したんじゃないかしら。なんて、当時のジョーク好きなSF作家や翻訳者さんたちのやり取りを妄想してニヤニヤしているところです。

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追記:↑で「もしかしたら矢野さんが…」と妄想していたのですが、このような情報をいただきました。

とのことです。(素晴らしいっていわれちゃったわーい(∩´∀`)∩☆)
タイトル決めたのは矢野さんではなく、編集部の方のようですね、じゃ、編集部の中できっとそういうやり取りがあったんだわ。(とあらためて妄想中w)



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