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『ハースストーン』と「ことば」

駆け出しフリーランス英日翻訳者のラスカルです。現在は主にIGN JAPANの翻訳記事や、パズルゲーム『Dorfromantik』などのゲーム翻訳を担当しています。

今回は「ゲームとことば Advent Calendar 2021」​という企画に参加させて頂くことになりました。こちらの企画では、「思い出に残るゲームのフレーズ」というテーマで各界の方々が順番に毎日記事を公開していきます。私は長年遊んできたデジタルカードゲーム『ハースストーン』の「ことば」に関連するお話をしたいと思います。

『ハースストーン』というゲームは、人気MMORPG『World of Warcraft』の酒場で遊ばれている愉快なカードゲームという設定で、ゲーム全体を通じて自由で陽気な雰囲気が保たれています。2018年にはプレイヤー数が1億人を突破し、競技としても世界的に人気となったゲームです。

筆者は日本語化される以前の2014年からプレイを始め、2016年には日本語公式配信の解説者として時々起用されるようになり、2020年まで約5年間解説者を務めました。会社員になった後も仕事の傍らプレイを続け、2019年には世界で約300人のみが参加できる大会に初出場し、同様の大会に計3回出場しました。生活が変わるタイミングで休止したこともありましたが、合計7年近くプレイしてきた思い出のゲームです。


今回紹介するのは「思い出に残る」というよりは「印象に残った」フレーズなんですが、それは……「すごい!」というテキストです!

お使いのPCは正常ですよ。


実際のゲーム画面がこちら。

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「OK」とか「確認」とか「閉じる」とか「進む」とかじゃないの……?

自由だな~でも遊び心があふれているし、ゲームに合ってていいな~。と思った覚えがあります。

何も難しい言葉を使わずに、配置する場所を工夫しただけで、自由で陽気なこのゲームの雰囲気が表現できていて、実はすごい!テキストなのではないかと思ったわけです。

また、『ハースストーン』というゲームは翻訳のクオリティが高いと巷で噂のゲームなのですが、こんな自由な翻訳(?)も魅力のひとつです。

『World of Warcraft』にも登場する、魚かカエルのような種族であるマーロックに関連したカード2枚をご紹介します。

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七つの鯛罪/Anyfin can happen

Anything can happen(何が起こっても不思議じゃない)とfin(ヒレ)の音がかかっています。「Anything can happen」は映画のタイトルやメリー・ポピンズの曲名になっていたりと英語ではお馴染みのフレーズですが、日本語では浸透しているフレーズとは言えないので、カードの効果にあるという数字を使ったフレーズに大胆に切り替えています。

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エラばれし我らにヒレ伏せ/Everyfin is awesome

「Everything is awesome」は映画『レゴ®ムービー』のテーマソングです。日本人に伝わるはずもないので、全然関係ないフレーズを作っちゃいました。2箇所上手くかかっている上に、妙に声に出して読みたくなる日本語です。

(ちなみに、フレーバーテキストはもっとハジケてます。気になる方は是非検索してみてください)

『ハースストーン』のローカライズチームに日本人の方はいらっしゃらなかった(※日本語化当時。現在は分かりません)そうですが、それが上手く作用したのか、日本にはない自由で陽気な雰囲気になっています。


他にも、『ハースストーン』で「ことば」に関連する話として、自分の解説者時代のお話もさせてください。解説者として活動するにあたって、ことばにはかなり気を使っていたつもりです。

カードゲームを解説する場合、アクションゲームとは違って展開がゆっくりなので、ある程度きちんと技術的な解説をすることができます。また、アクションゲームと比べて状況が分かりづらいことも多いです。

「どんなデッキなのか」「どういう作戦なのか」「どちらが優勢なのか」「選手が何を考えているのか」など、こういった内容はゲームを熟知しているプレイヤーでないと分かりづらいことも多いため、簡潔にこれらを説明する必要もあります。そうは言っても、一枚のカードで突然展開が大きく変わってしまうこともあります。ですので、以下のような話法を心がけていました。

〇〇デッキは速攻デッキです/このマッチの場合は、敵が守りを固められる〇ターンくらいまでには攻め切りたい/そのためには、〇〇や〇〇のカードを使って、相手の〇〇のカードに対処できる準備をしておきたい

このように、ざっくりとした話から始めて、徐々に具体的な数字やカード名などの詳細情報を増やしていく。こうすることで、試合に大きな動きがあった時にいつでも話を切り上げやすくなり、与えられた尺の中で最大限の情報を視聴者に与えることができます。秒数を指定してデッキの内容を説明する練習なんかもしていました。

他にも、公式配信の場合は、ライト層の割合が増えると思われるため、「どっちが優勢」とか「選手の人柄」といった話を増やす。オフラインイベントの場合は、ある程度詳しいプレイヤーが多いので、戦術的な解説を増やす。

とまあ、何を話すかについてずっと考えてきた解説者時代だったわけですが、最終的に一番大事なのは「すごい!」ことが起きた時に「すごい!」と言えるかどうかだと思うようになりました。

いいカードの引きやいいプレイに素早く反応すると、それに呼応して会場の熱気が高まるのが分かります。これが少しでも遅れると観客もいまいち乗り切らないんです。誰だって解説を聞きに来たわけではなく、試合を見に来ているので、主役であるゲームを引き立てるのが大事なんですね。

また、勢いあまって「すごい!」と言うことで、ペラペラと専門的な話を静かに進めていた人が、話を切り上げてまで「すごい!」と呼べる状況になったことが一瞬で誰にでも伝えられます。たった3文字でもかなりの情報量があります。

要するに、「ことば」は使い所も大事なのかなと思います。だから、思った時は素直に言っちゃおう。

すごい!

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