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01.初めての会話

「あ、ちょっと」

 お疲れ様です、と一礼してすれ違い、とっくに3歩分くらいはあいた距離。ジョングク社長に呼び止められ、瞬時に振り返った。

 ドキッ、とした。

 入社式の時、私をふくむ新入社員に向けて言葉をいただいたことはあるけれど、直接話したことは一度もない。もうすぐ300人に達しようかという社員を抱えるこの会社で、社長は私の存在を認識しているとは、到底思えなかった。

 人違いかもしれない。私の向こうに誰かいて、その人に話しかけたのかもしれない。

 ビクビクしながら振り向くと、社長の目は間違いなく私をとらえ、間髪入れずに「ははっ」と笑った――笑顔がかわいい人。社長にむかってそんな感想を抱くなんて失礼だけど。

「なんでそんな恐縮してんの(笑)?」
「あ、いえ……すみません」

 ずっと目を見ている勇気がなくて、すぐ目線を下げてしまう。

「いつも資料、ありがとう」
「え?」

 今度は驚きに誘われ、パッと目線を上げる。さっきより近い距離にいるグク社長。

「ナムジュンから聞いた。〇〇社の分析データ作ってくれたの、君だよね? あと〇〇の案件の競合他社調査も」
「あ、はい……」

 任された仕事をこなしただけだった。
 さまざまな部署にちらばった同期のなかには、すでに好成績を叩き出している人、チームのサブリーダーになった子もいる。能力の高い仲間を横目に、私の地味は悪目立ちしているような気さえしていた。

 それでも、任された仕事に精いっぱい取り組むしかない。それはどちらかというと、何もできない私の上にしか成り立たない、ネガティブな話だった。だから、「ありがとう」の意味が最初はよくわからなかった。

「資料、綺麗に作ってくれてたから、どれも気持ちよく見れた。ありがとう」
「そ、そんなことは……」

 私より頭1個分も高いところで、爽やかな笑顔がはじける。

「そんなこと、あるよ。君が作ったんじゃん」

 本来ならば若手社員として、笑顔で、そして大きな声で「ありがとうございます!」と喜ぶのが正解なのだろう。でも私は突然のことにまともに喋ることすらできなかった。

 するとグク社長は、何かに納得したかのように小さく頷いてまたふと微笑む。

「引け目を感じなくていい」
「え……?」
「きみはいい社会人だし、これから着実に成長していく。今は自分に自信がないかもしれないけど、そんなに劣等感を抱く必要はないから」

 この人は、なんで私の不安がわかるんだろう。そして、なんでそんなに評価してくれるんだろう。こうして直接話せば、ますます謎は深まる。

「俺が保証するから」
「社長……」
「なんかあったら、遠慮なく言いな」

 頼もしい社長の言葉を聞いたその瞬間、その笑顔にふと緊張が緩んで、つられて私も少しだけ口角が上がってしまったようだ。

「笑顔、かわいい」
「えっ」
「じゃあ、おつかれ」

 そうして社長は颯爽と去っていった。

 ああ、きっと女の扱いもわかってるんだろうな。そんなことを思って、心のなかで笑う。

 私は、特別な能力もなく、センスもない。地味だし、不器用だし、会社の中で花形的な存在にはきっとなれないけれど……、ちゃんと見ていてくれる人がいる。

 俺が保証する、かあ。

 鼓動が高鳴る。それは、1分前の緊張したそれとは、少し異なるようだった。

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