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もしケンドリック・ラマーが本当に誰かを殺していたら?

writer: @vegashokuda

はじめに

最初に断っておきますが、本記事は「ケンドリック・ラマーは人を殺したことがある」という主旨のものではありません。歌詞解読記事「「力」をテーマに二人のリリシストがバースを交わす【後編】 (Rapsody – Power feat. Kendrick Lamar)」で参考記事に挙げたDJBoothの記事が単純に興味深いので、日本語でも多くの方に読んでいただきたいという思いで和訳いたしました。前置きはこれくらいにします。まずは読んでみてください。

記事和訳

これはケンドリックが本当にやったという記事ではない…[1]
Yoh Phillips・Apr 21, 2015

画像1

Art By: Matt Cohen

彼は『House Party』[2]を観てアップルジャックス[3]を食べ、従兄弟がクラックを売る一方でセガのゲームを売り、おじがパケを捌く(pump)一方でリーボックのポンプ(Pump)フューリーを履いていた。世界に足を踏み入れてからずっと、ケンドリック・ラマーは悪い街出身の良い子だった。彼は自らのルーツを大切にし、フッド出身の少年であることを受け入れ、自身をダウボーイではなくトレとして描いた[4]。生まれてから、彼は狂気に招き入れられた。

我々はアルバムのカバーを見た。哺乳瓶の隣に40オンス[5]が置かれたテーブルに赤ん坊が居る、それだ。彼のホーミーたちが闇へと旅立つのを彼がどう目撃したか、その話を聞いた。彼もその一人たりえた。どうにかして、彼はギャングと距離を置いた。紙[6]を巻くのではなく、ノートと向き合って冷静さを保った。コンプトンに染まることなく抜け出し、生存者として、世界に彼のストーリーを伝えた。ちょうどオバマが当選した時、希望の象徴になったように、ケンドリックのストーリーも、彼を同じようなジャングルに暮らす子供たちにとっての模範たらしめた。

もしケンドリックがいつもそんなよかったわけじゃなかったら? もしトラウ
マ的な何かが起こって彼の人生を変えていたとしたら?

16の時からずっとこう感じてる
-  “The Blacker The Berry”
もし俺が16で誰かを殺したと言ったら、お前は俺を信じるか? それと
もストリートで見た純粋なケンドリックくんだと思うか
- “m.A.A.d city”
俺はなんでトレイヴォン・マーティンが死んだ時に涙を流したんだ?
ギャングバンギングで俺より黒い奴を殺してるっていうのに
- “The Blacker The Berry”
ガキの頃、俺は2人の大人を殺した、あまりに早熟だったんだ
-  “Hol’ Up”
俺の純潔さは死んだ
- "Ab-Soul’s Outro"

ケンドリックがMTVのロブ・マークマン(Rob Markman)と膝を交えて
『TPAB』について話した時、彼が“The Blacker The Berry”の最後の1行を持ち出すと、ケンドリックは、彼のリリックは自身の経験、本当の人生に由来するものだと言った。「俺はたくさんのことを経験して、たくさんのものを見てきた。地元では、自分のコミュニティをめちゃくちゃにするようなことをたくさんした」と彼は言った。私はロブに深掘りしてほしかった。具体的に何をして、彼は自分のコミュニティをめちゃくちゃにしたのか?ケンドリックの顔からは、表面の下に何か隠しているものがあるようにも見える。そのことについて考えを巡らすとすぐに、ケンドリックが本当に誰かを殺したという仮説にすぎないとしても、脳はシャットダウンし始める。もしバットマンがジョーカーを殺していたとして、誰も信じないのと似たようなものだ。それは彼のモラルに反する。どんな犯罪であっても、彼には越えない一線があるからだ。いや、たぶんもっと正確に言えば、我々がケンドリック・ラマー・ダックワースを本当に知っているかのように彼の人生を本当に知っているならば、彼は越えないであろうと我々が思う一線があるからだ。

Kendrick Lamar Still Feels Anger & Hatred On 'The Blacker The Berry' (Pt. 3) |MTV News

もしこれがボビー・シュマーダ(Bobby Shmurda)の歌詞なら、そんな疑いは無かろう。それは、向こう見ずなライフスタイルをラップ・ミュージックに昇華した若い男性という、彼のイメージに合う。ミッチは1週間前に人を殺したとボビーが言った時、それはキャッチーなリリックなだけでなく、我々はみな彼を信じた。警察も彼を信じた。一方で、ケンドリックが人を殺したと言うと、我々はそれを隠喩にすぎないと覆い隠す。それはコンセプチュアルなもので、彼は別の視点から話しているのだと決めつける。そしてそのとおりだろう…

けれども、そうでなかったら? ちょっとの間、それについて考える余裕を持
ってみてほしい。ケンドリックは、彼の伝えるストーリーは、常に自分のストーリーだとは限らないものの、真実のものだとも主張してきた。でも、もし本当に彼が誰かを撃っていたとしたら? もし本当にギャングバンギングで彼が誰かを殺めていたとしたら?彼が一部始終を打ち明けたとして、彼を信じるだろうか?

“Sharane”で、ケンドリックのお母さんは「ストリートで悪さばっかしてると留年して、11年生に上がれないよ」と彼に言っている。10年生と11年生の間なら、15歳か16歳のはずだ。この期間は大きな意味を持つように思える。これは彼が家に押し入り、ウィードを吸い、彼のお母さんのヴァンでストリートをうろついている頃だ。彼はストリートで騒ぎを起こしていた輪の中にいて、9歳の時にはヴァンに銃を詰め込んでいた悪ガキ連中とつるんでいて、誰かの脳が頭蓋骨から飛び出るのを見ていた。彼がその中で活動していたとは言わないまでも、ケンドリックはその真ん中にいたので、その狂った街を記録することができる。彼の後ろのポケットから旗は垂れていなかった[7]が、彼は友人との関わりによって、危険な状況やシナリオに放り込まれたようだ。不運な夜とはいつも背中合わせで、おばあちゃんが誤ったネイバーフッドに住んでいれば銃が抜かれ、銃弾が飛びかねない。ケンドリックは自分を取り巻く環境の産物から、音楽で抜け出した存在となった。何かがこの精神的な変化をもたらしたとして、もしその変化が、彼が誰かを殺したことによってもたらされたとしたら? もし『GKMC』のエンディングがフィクションで、代わりに、トレが車から出ない『ボーイズ’ン・ザ・フッド』のようだとしたらどうだろう。友人が死ぬのをちょうど目の当たりにし、怒りに満ちた少年たちに囲まれているのだ。老齢の女性が聖水をもって彼らを清める前に、復讐するだろう。

もしこのボトルが話せたら(ゴクリ)泣きながら眠りにつく/クソ、全部お
前の責任(fault)だ/断層(faults)が粉々になって毎週地震が起こる/引きこもる必要があったって知って、お前は震えたからな/お前の秘密を知ってんだぞ/お前が考えてる秘密を俺から世界に言わせるな

“u”はケンドリックが最もパーソナルになる曲だ。彼があれだけの感情を伝えられたことには鳥肌が立つ。同曲は彼の失敗と、彼が自身にがっかりした瞬間に焦点を当てている。ロールモデルとして失敗し、兄弟として失敗し、友人として失敗し、自殺願望を打ち明け、その全てが穴の空いた血管のように彼から流れ出る。最後のバースで彼はある告白をしようとしているようだが、代わりにボトルの音を立てることを選ぶ。彼を芯から震わせた出来事、引きこもりにつながりかねなかった口論。彼が計り知れないほどのサバイバーズ・ギルトを抱えていることは、『TPAB』の大部分から明らかだが、彼を悩ませているのは単に逃げたことだけでないようにも思える。音楽を通じ、彼は過去に犯した全ての過ちからの救済を求めている。希望の星となることで、彼は友人、敵、そして自らの純真さを奪ったサイクルを止めるのだ。

昨日、俺はある家のプライバシーを侵した/その前の日、親友が俺に1オン
スのドラッグを手渡した/その前の週、銃に弾を詰め込んだ/その2週間前、その銃弾を撃ち、奴は死んだ/その1ヶ月前、母親に悪態を吐いてドアをバタンと閉めた/その6ヶ月前には彼女を殴って、彼女は床に倒れた/俺は飛び出て黒いホンダのアコードを見た/銃弾は俺を逃し、その小さい少年に当たった

BJ・ザ・シカゴ・キッド(BJ The Chicago Kid)のミックステープ
『Pineapple Now & Laters』には、“His Pain”と呼ばれる曲がある。私はずっと、同曲が『Section.80』に配されるべきだったと思っていた。タイトルが似つかわしいし、ケンドリックは悲しみに打ちひしがれたパフォーマンスを完全にやってのけている。BJが現れる前に、彼は3バースもラップする。フックではケンドリックが「どうして彼(神)は俺を恵み続けるのか」と繰り返しながら、彼が今閉じ込められている、冷たい世界を描写している。2バース目では、彼は家宅侵入、殺人、家庭内暴力について語っている。彼は銃弾を詰めて撃つこと、銃で撃たれること、生き残るが流れ弾が第3者に当たることについて語っている。これは素晴らしくクリエイティブなライティングか、素晴らしく率直なストーリーテリングだと、我々は思い込んでしまう。3バース目では、彼は「聖人がどう悪役を演じられるか分析した」と言い、新しい発見をするその直前に、自分が何者で、何者になろうとしているのかを見つめ直している。彼には神のご加護があったから、彼も我々を恵めると信じる。それがケンドリック・ラマーの使命だ。自らの人生を持って他人を救済することで、自らをも救済することが。

これは私の親友Kelechiと彼のブラザーUkanduが、あるグループ・テクストの中で私の注意を引いた理論だ。最初に彼らが証拠を提示した時、私は否定し、それは全部こじつけだと主張したが、一度全ての点が繋がると、少なくとも真剣に考えずにはいられなかった。そのテクスト・スレッドは文字どおり「オー、シット」や「ファック」、「これは書かないと」に溢れている。考えることさえも卑しいことのように思える。ケンドリックはヒップホップのゴールデン・チャイルドだ。お金やビッチ、暴力のことばかりでないラッパーに、我々はやっと出会えたのだ。彼の考えは決まり文句より大きなもので、私は彼のイメージを、彼が思春期に犯した過ちで汚したくない。私は彼がそれをイースターの卵のように置き、リスナーに探させている事実を尊重する。ケンドリックが16歳の一年で何かが起こり、それはひょっとしたら事故で、たぶん自己防衛だけれども、それは彼を永遠に変えた。

いい家庭に育ち、素晴らしい両親に恵まれ、それでいて悪い連中ともつるんでいる友人が私にはいる。家に押し入ったりはしないが、外で見張っているような奴だ。彼らは銀行強盗を働かないが、小切手詐欺に加担したことがある。私はいつもケンドリックをこのようにイメージしてきた。危険と戯れ、しかし決して誘惑に屈しない。彼がピストルを持っていたとしたら、その弾は抜かれている。彼は強盗を働くよう圧力をかけられた後、仕事をクビになった。これは、犯罪の王になることを期待されるような類の男とは違う。彼は目撃者として話し、観察者の視点からラップしているのだと私は気づいた。それが、私が繋がりを見出し、応援した人である。彼は荒廃した環境で人生を生き抜くことの象徴となった。ラップのファンでいると、リリックは神聖なものだ。我々はリアルとフェイク、誇張を切り離すことに時間を費やす。彼のストーリーはリアルだが、柄にないように思える主題に彼が触れるとき、私はそれらを退けてきた—ケンドリックはキャラクターを演じているのだと。それが今、物事は少し変わった。情報は新しくなく、ずっとそこにあり、私は今、ただ全てのピースが揃ったパズルを見ている。

これはケンドリックがやったという記事ではない。警察がますます線を曖昧にしているのと同様に、またラッパーが線を曖昧にしようとするのと同様に、曲の歌詞はアートであり、告白ではない。でも、この記事を書くことを最初に考え始めたその日から、彼を違った目で見るようになった[8]。

著:Yoh, aka Y. Dot, aka @Yoh31

訳者註

[1] これはケンドリックが本当にやったという記事ではない…:原文は“This is
not an article saying that Kendrick did it...”。“m.A.A.d city”の“This is not a taperecorder saying that he did it”というリリックをもじったもの。

[2] 『House Party』:(以下サイト参照)
House Party (1990) - IMDb

[3] アップルジャックス:(以下サイト参照)
Apple Jacks® | Kellogg's

[4] 自身をダウボーイではなくトレとして描いた:映画『ボーイズ'ン・ザ・フッド』で、主人公のトレは、友人のリッキーが殺された悲しみと怒りから、ダウボーイらと共に復讐を企てる。しかし、トレは父親の言葉を思い出し、復讐に向かう途中で車を降りる。トレは仲間たちの中でただ一人父親がいる登場人物で、ケンドリックとも通じる部分がある。

[5] 40オンス:(以下サイト参照)
OLDE ENGLISH 800 オールドイングリッシュ ナカマルリカーストア

[6] 紙:ウィードの巻き紙

[7] 彼の後ろのポケットから旗は垂れていなかった:ケンドリックがギャングに属していなかったということ。スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)の「Drop It Like It’s Hot」に以下のようなラインがある。

I keep a blue flag hangin’ out my backside
But only on the left side, yeah, that’s the Crip side

【意訳】
俺は青い旗を後ろから垂らすでも左側だけだ、そう、それがクリップス流

[8] でも、この記事を書くことを最初に考え始めたその日から、彼を違った目で見るようになった:原文は“But ever since the day I first started thinking about writing this article, I began to look at him differently”。“m.A.A.d city”の“But ever since the day I was looking at him different”というリリックをもじったもの。

おわりに

ケンドリック・ラマーが本当に誰かを殺していたら?なんて、もちろん信じたくないですが、リリックをつぶさに観察すると、たしかにそういった内容が多いことに気づかされます。彼の落ち着きぶりを見ていると、多感な時期に「何か」があったのだろうとも思えます。

ケンドリックは昨年リリースしたアルバム『DAMN.』に収録されている“DUCKWORTH.”で、彼の父親がケンタッキーフライドチキンで働いていた際に、強盗に入ったアンソニー・“トップ・ドッグ”・ティフィスと会っていたという衝撃の事実を明かしています。これから彼の作品を追っていくと、もしかしたら、まだ明かされていない別の衝撃の事実を知る日が来るのかもしれません。

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本記事は以上になります。

月額880円の「洋楽ラップを10倍楽しむマガジン」では歌詞の解読等も行なっています。ぜひご覧ください。

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