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身の危険を感じるチャンス・ザ・ラッパーのフラストレーションを読む。(Chance the Rapper - "I Might Need Security")

writer:@raq_reezy

今回もサマソニでの来日が決定しているチャンス・ザ・ラッパーを解読していきます。

チャンスは、先日新曲を4つ公開して、アルバムなども製作されていることが公表されています。今回は公開された4つの新曲から「I Might Need Security」という曲を解読します。

チャンスといえば、穏やかな曲調の音楽をつくるアーティストというイメージがあります。今回も曲調は穏やかなのですが、内容はチャンスの曲の中ではアグレッシブなものになっています。

それでは内容を見ていきましょう。

1バース目

I ain't no activist, I'm the protagonist
I don't co-captain it, I fly solo like one cup in the cabinet
The cab is the cabinet, they trust me at landing it
They call me the advocate, they'll slide like the abacus

【意訳】
俺はアクティビストじゃない、俺は主人公だ
俺は共同キャプテンなんてしない、俺はキャビネットに置かれたひとつのコップみたいに、独りきりで飛ぶ
.cabファイルはキャビネット、あいつらは俺の成功を信じている
みんなは俺を提唱者だと呼ぶし、みんなはソロバンみたいにスライドしてくるだろう

まず、チャンスはインディペンデントなアーティストであり、共同キャプテンなんてしないという旨が述べられています。

また、「I fly solo like one cup in the cabinet」という部分では、言葉遊びが行われています。Solo Cup Companyというのはパーティー向けの赤いコップをつくっている会社です。これと掛けて、自分はソロ(インディペンデント)だということが歌われています。

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.cabは圧縮されたファイルの形式の一種です。また、キャビネットはアメリカ大統領の顧問団を意味します。これは7代目の大統領であるジャクソン元大統領によって非公式に組織されました。この部分は推測ではありますが、音楽が大統領の顧問団のように社会的な影響力を持つようになったということをチャンスは述べているのではないでしょうか。

Boy meets world, everybody been savages
I just want to really know how much that your shooter averages
I'm not no nice guy, I'm just a good guy
The bad guys should really stay on my good side

【意訳】
ボーイ・ミーツ・ワールド、誰もがサベージ(野蛮)だった
俺は本当に知りたいだけなんだ、お前の狙撃手の平均値をね
俺はナイスな人間じゃない、俺はただの良い人間
悪い人間は、俺の良い面にしがみつくべきさ

ここも言葉遊びが行われています。

ボーイ・ミーツ・ワールドはアメリカのコメディドラマです。

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その主人公役を演じたのがベン・サベージという俳優なのですが、このサベージという単語には野蛮だという意味もあるため、自分(ボーイ)が世界に出会ってから(ミーツ・ワールド)、みんながサベージ(野蛮)だったという風になっているのです。

I smelled my roses younger than the good die
The Illuminati couldn't see me with they good eye
They think they Heath Ledger scary, they just Jack Nichols
I'm a sign to my city like the Bat-Signal

【意訳】
才能ある人間が若くして亡くなるよりも前に、俺はバラの匂いをかいだ
イルミナティは、その目で俺を見つけることが出来なかった
あいつらはヒース・レッジャーを怖がった、みんなはジャック・ニコルスなのさ
俺はバットマンの印のように、俺の街(シカゴ)とサインする

ここではアメリカの2つのことわざが参照されています。

「stop and smell the roses」というのは、生き急がずに人生をゆっくりと味わって感謝するという意味です。「the good die young」は善人ほど早く死ぬという意味ですが、ここではヒップホップシーンの才能がある若者という意味でしょう。ここ一年でもリル・ピープがドラッグのオーバードーズで、そしてXXX TENTACIONが強盗による銃殺で若くして亡くなりました。

チャンスは、そうした才能あるアーティストたちが過激な生き方をして早死にするよりも前に、人生をゆっくりと生きて味わうことを学んだので、今でも生き延びているのだと伝えたいのではないでしょうか。

ヒース・レッジャーとジャック・ニコルスは、どちらもバットマンの悪役であるザ・ジョーカー役を演じた俳優です。

Young chosen one, golden boy, De La Hoya
It ain't too many me's, rest in peace to Verne Troyer
I was younger than I seemed as a kid
I mean my G17 18 in the head

【意訳】
俺は若くして選ばれたゴールデンボーイ、まるでデ・ラ・ホーヤ
俺みたいなやつはあまりいない。故ヴァーン・トロイヤーのような俳優があまりいなかったのと同じようにね。安らかに眠ってくれ。
俺は子どもの頃、見た目よりも若かった
俺のG17、18発目は頭の中って感じさ

デ・ラ・ホーヤはボクシング選手で、ゴールデンボーイと呼ばれています。

また、チャンスはラッパーとしての成功を手にした後にも、シカゴに残り続けて、地元の環境を改善しようとしています。そういう人間はあまりいないと歌っています。

あわせて読みたい:
天使に守られたチャンス・ザ・ラッパーの「シカゴ愛」を読む。

その「It ain't too many me's」という部分の「many me's」が、「Mini-Me」という風にも聞き取れることから、『オースティン・パワーズ』でMini-Meというキャラクターを演じていた故ヴァーン・トロイヤーをネームドロップしています。

G17は銃のことで、銃創には17発の弾丸が入ります。

I mean I'm only 25 but I'm Motown 25
Bet I get a statue in my hometown when I die
And Rahm, you done, I'm expectin' resignation
An open investigation on all of these paid vacations for murderers

【意訳】
俺の言いたいことは、俺はまだ25歳だけれど、俺はMotown 25レベルさ
俺が死んだら、きっと俺の故郷には像が立つに違いない
それから、ラーム、お前はもう終わりだよ、もう辞職してくれ
殺人のための有給休暇を公開捜査しなきゃな

Motown25というのは、1983年に放送されたMTVの番組で、マイケル・ジャクソンやマービン・ゲイなどの伝説的なアーティストたちが出演していました。チャンスは自分がそのレベルのアーティストになると歌っているのです。

ラームとは、シカゴ市長のラーム・エマニュエル氏のことです。チャンスはラームの辞職を公に求めています。

さて、チャンスの抱えているストレスが垣間見えたり、アグレッシブさが増していく2バース目を見てみましょう。

2バース目

I don't get no paper, I gotta sign at the bottom
Still in my bag like the fries at the bottom
And I can't do nothing right, they gon' always be at me
I missed a Crain's interview, they tried leaking my addy

【意訳】
俺はお金を取らないけど、底には契約がある
俺は底にあるポテトフライみたいに没頭しているんだ
俺は何も正しいことはできない、あいつらはいつも俺を攻める
俺はCrain紙のインタビューを受けそびれた、あいつらは俺の住所を漏らそうとした

チャンスは音楽を販売せずに、全て無料ダウンロードできる形式で発表してきました。だから、リスナーからお金を取らないと述べているのです。だけど、前作のアルバムはApple Musicで先行配信されたため、Appleから契約金を受け取っています。そのように、ユーザーに無料で音楽を届けつつ、その底には契約があり、しっかりと稼いでいるということを歌っているのでしょう。

Crainというのはシカゴの様子を伝えているメディアですが、その記事にチャンスが買った家について語られているものがあります。チャンスはこの件について怒っているのではないでしょうか。

I donate to the schools next, they call me a deadbeat daddy
The Sun-Times gettin' that Rauner business
I got a hit-list so long I don't know how to finish
I bought the Chicagoist just to run you racist bitches out of business

【意訳】
次は学校に寄付をした、そしたらあいつらは俺を怠け者の父親と呼んだ
Sun Times紙は、ラウナーのビジネスをやってる
俺のヒットリストは長すぎて、どうすれば終わりが見えるか分からない
俺はシカゴイスト紙を買収した、人種差別主義者の糞野郎たちをクビにするためだけに

チャンスは地元の教育のために多大なお金を寄付してきました。しかし、子どもの養育費のことでベビーママと揉めた際には、メディア等からダメな父親として批判されたようです。チャンスは、このことに理不尽さを感じているようです。

ヒットリストの部分も言葉遊びになっています。ヒットリストというのは、通常、殺し屋にとっては殺害すべき人の名前が書かれたリストですが、ここでは当然チャンスのヒットソングのリストという解釈も可能です。つまり、チャンスをイラつかせる人間が多くいるということと同時に、自分のヒット曲がたくさんあるというボースティングにもなっています。

チャンスはシカゴイストという地元のメディアを買収しました。それは人種差別主義者の社員を追放するためだったようです。すごい行動力。

Speaking of racist, fuck your microaggressions
I'll make you fix your words like a typo suggestion
Pat me on the back too hard and Pat'll ask for your job
And in unrelated news, someone'll beat your ass at your job

【意訳】
人種差別主義者の話でいえば、自覚なき差別も糞食らえさ
俺は語彙チェック機能みたいに発言の訂正を提案するんだ
俺の肩をあまり強く叩くなよ、パットがお前の職を要求するぞ
それに関連してって訳じゃないけど、お前がクビになるかもな

自覚なき差別というのは、本人が差別にあたると自覚せずに行うものです。「Everybody's Something」という過去曲でも似たようなテーマを歌っています。

But I’d fight if a nigga said that I talk white
(黒人だけど、白人みたいに喋るねって言われたら、俺は喧嘩するぜ)

パットはチャンスのビジネスパートナーです。チャンスは、シカゴイストを買収したので、「態度に気をつけろ、そうでないとクビにするぞ」と脅しています。

I'm the real deal
Who taught all these rappers that a big deal's not a big deal?
Inherited the earth, popping wheelies on a big wheel
My enemy lives in his mother's basement
That's why my videos don't got no Baphomet product placement

【意訳】
俺は本物さ
このラッパーたちにビッグ・ディールがビッグ・ディールじゃないって教えたのは誰だ
地球を継承した、大きなタイヤでウィリーする
俺の敵は、母親の家の地下室に住んでるようなやつらさ
だから俺のビデオにはバフォメットの製品配置がないのさ

大きなタイヤでウィリーをするというのは、そのことで不当に逮捕されたミーク・ミルの件について触れているものと思われます。

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母親の家の地下室に住んでいる敵というのは、ヒップホップのゴシップ系YouTuberであるDJ Akademisのことでは?という指摘もされています。過去にソルジャボーイに「今だに母親の地下室に住んでるくせに」と揶揄されているからです。DJ Akademisは別人だろうとツイートしています。

I'm a real one
The honey is sweet, the apple's bitter
They'll try to convince you stronger without your woman than when you with her
And tell you they kidding while Twitter trashing your litter

【意訳】
俺は本物さ
はちみつは甘い、りんごはもう少し苦い
あいつらは、女性といるときよりも、一人のときのほうが、お前は強いと思い込ませようとしてくる
ツイッターではお前のことを叩いて、実際に会うと冗談だと言ってくる

「honey(ハニー)」は勿論はちみつ以外にも、彼女のことを意味しているのでしょう。チャンスは、彼女と子どもをつくった後に、しばらく揉めていました。チャンスは彼女のことを大切だと考えていますが、周囲は一人でいいじゃんと勧めてきたのではないでしょうか。その後、無事に結婚しています。

I know the devil's a liar
I know that players is quitters, I heard you hire your hitters
I know the higher the bidder, that mean the less on return
So I just hire a sitter
I'm not no boss nigga, I'm a soldier
Kingdom builder, man somebody shoulda told ya
Fuck you

【意訳】
悪魔は嘘つきだって知ってる
プレイヤーは辞めたがりだ、耳に挟んだところでは、お前らは殺し屋を雇うらしいな
俺は知ってる、高い方が命令者だ、それはリターンが少ないってことさ
だから、俺はベビーシッターを雇うだけ
俺はボス気取りなんかじゃない、俺は戦士だ
王国の建国者だ、誰かがお前に教えるべきだったな
糞食らえ

ここでは、チャンスがうんざりしている様子が伺えます。

みんなが殺し屋を雇ってチャンスを狙っている(比喩表現だと思いますが)とした上で、殺し屋というのは、より高いお金を払ってくれる人間の命令を聞いて仕事をするものであり、自分の方が高いお金を払うことだって出来るけれど、払えば払うほど、リターンは少なくなるのだから、自分はそんな争いごとはせずに、子どもと妻のためにベビーシッターでも雇うというのが趣旨でしょう。

チャンスはギャングのボス気取りのラッパーではなく、地元のシカゴを良い場所に変えようと行動している人間であり、それを王国の建国者や戦士に例えています。

ということで

XXX TENTACIONの死などを受けて、自分の死を意識することもあったのでしょうか。「セキュリティ・ガードが必要になるかも」というタイトルからも、危険を感じていることが伝わってきます。

ラッパーとして大成功した後に、危険な場所であるシカゴに残るという選択をしたチャンス。それはチャンスが正しいヒップホップのあり方として支持を受けている要因でもありますが、そこにはストレスが溜まるような話も日々あるのでしょう。

ということで、珍しく攻撃的でフラストレーションが溜まっている様子が伺えるチャンスの楽曲となっていました。

今回は以上です!

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