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小説「景色」

 「うわー、片付いてる!うちの子が3歳の時なんて家の中ぐちゃぐちゃだったよー!」

 沙知は家に入るなり、そう言った。私は2人分の麦茶を用意しながら、

 「この時期はどうしてもね…。で、相談も子供のこと?」と沙知が切り出してくれた。

 「うん…ごはん食べてくれなくてさ…もう毎日泣きじゃくりたいよ」さっきまで爽太がぐずりながら座っていた玄関を見ながらそう言うと、

 「幼稚園のお弁当はどうしてるの?」とさらに沙知に聞かれた。

 「先生と相談しながら卵焼きとエビフライだけとか。なのに残されるからね。週3回はそんな感じ。あとは朝ごはん夜ごはん…」と私は続けた。沙知はテーブルに突っ伏して、

 「聞いてるだけでつらいわ…」と言った。その後すぐ顔を上げて、

 「ダンナは何て言ってる?」

 「仕事が忙しくていつも帰りが遅いし会話してない」

 「…寂しいし、孤独だよね……」

 「っていうより、爽太がごはん食べないっていうのがやっぱキツイよ」

 私は沙知から目をそらして、すかさず言った。

 「でも…夫にも、なんで自分の子供のことなのに他人事みたいな顔してんだろ??とか思ってムカつくんだよね…」

 「うん…あのさ、それはひとりでいる時?目の前にダンナがいる時?」

 「うーん…ひとりの時の方がムカついてるかなぁ…」

 「簡単にわかるっていうのもどうかと思うけど、あたしもそうだったから。自分の食事もテキトーになってるんじゃない?」


 沙知はきっと、「お腹が空くくらい外遊びさせてる?」とか、もっと聞きたいことや言いたいことがあっただろう。自分にも小学5年生の子供がいるのだから。

 私はなんだか苦しくなって、急いで2人分のコップを片付けた。もうすぐ幼稚園のお迎えの時間だ。


 ある雨の日、久々に3人で買い物に行った。爽太が食べそうなものを優先して買う。麦茶を見つけた時、この前沙知に言われた言葉を思い出した。

 私は、何を食べたいんだろう…?

 家に着いて車を停めた後、チャイルドシートのベルトを外し、爽太を抱きあげた。買い物袋も持とうとすると、夫が、

 「これは俺が持ってくよ」と言った。私は「ありがとう」と言い、玄関の鍵を開けて家に入った。雨にぬれながら、車のトランクを開けて買ってきたものを運んでいる夫の姿が窓から見えた。私はその姿を目に焼き付けた。

 夕食も3人で食べることができて爽太もいつもより多めに食べてくれた。私はスマホで写真を撮り、

 「今日はけっこう食べてくれた!!」と書いて沙知に送った。ほどなくして沙知から返信が来て、

 「よかった…!!ほんとよかったね!!うちなんかさー、今日クソババアって言われたよ笑」と書いてあった。私は、

 「クソガキって言い返してやんなよ!ていうかあたしが今度クソガキって言ってあげるよ!笑」と返した。沙知から、

 「もちろんクソガキって言い返したよー笑」と返事が来た。私は声を出して笑った。

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