あるノンバイナリのnote置き場だった

ジェンダーフルイド(Transmasculine)/グレイロマンティックパンセクシュアル/フェミニスト/lgbt(Q) あらゆるマイノリティの連帯の可能性を信じています。 ※過去記事は残しますが、今後note/cakes運営体制が刷新されない限り更新はしません
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”フェミニスト”で”トランス”なわたしと『にくをはぐ』とジェンダー規範にまつわる…

ここ二年ほど、頭のおくのほうのすみっこで、じっと考えつづけていたことだけど、年末からのツ…

かといって男性ジェンダーを我慢して身に纏い埋没できる気はまったくしないので、今の日本ではこのまま生きていくしかないのだろうけども…本当はトランスマスキュリンなノンバイナリとして、適度にトランジションして、ふつうに人間として付き合いをやったり時に敬遠されたりしながら生活が送りたい

自分も振り返ってみると、どうせ男性的にしても偽の男にしかならないのだからという思いで中性的なレベルの言動や容姿で我慢しているところは確実にある。ほんとうはジェンダー表現をマスキュリンにもっとよせたい できればこの体も…

なんにせよ社会にころされてなるものかと思っている 私がこうして生きていくことが、私と私の同族たち、社会から疎外されるあらゆる人びとに捧げる小さな連帯だから

しかしトランジションしたところで私は男ではないし、客観的な要素としても、容姿、性格、趣味などなにをとってもおそらく日本の男性のホモソーシャルのなかで生きていくのはかなり難しいタイプの人間だろう

こうして鏡のなかの自分、写真のなかの自分を直視できないままあと何十年か、老年になって性別があいまいになるまま耐え続けるのかと思うと気が遠くなって、やはりなにかしら手をうったほうがいいのかもしれないと思う、生きていくために