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東京グランドキャバレー物語★5 新人ホステス デビュー その2

 新人の福が、呼ばれるはずもなく、まだ、名前が呼ばれずに残っている四、五人のお姉さま方と一緒に、何をするとはなくソファに座っていた。

 私は、彼女達を観察した。
年は、いくつぐらいだろうか?たぶん50代は超えていらっしゃる、否、もしかしたら60代後半かもしれない。年齢はつかめないが、しっかり化粧をしている顔には隠しても隠しきれない、彼女達の人生の年輪が刻まれていた。薄暗い店のライトに浮かび上がり、そこにいるだけで女の妖しい色気を作り出す。

 その中の一人が、私に声をかけた。
「あんた、お客いるの?」
 主の様な年配のホステスさんが聞いて来た。
魚やのおばちゃんがドレスをまとっている、割烹着の方が似合いそうな感じに見える。
「いえ、いません」
「なんで、また、こんな世界に入ったんだか。誰かに騙されたのかねぇ」
 真知子さんと名乗る彼女は、そう私に言った。
「看板にホステス募集って書いてあったのを見たんです。それに、高収入とも書いてあったんで」
 私は、正直に答えた。
 すると、彼女を始め、そこにいた数人のホステスさん達が、一斉に大声で笑い出した。

がっはっはっはっ。あっははは!!

 笑いの渦である。
そんなに可笑しいのか?

「あんたさ、何年前の看板見て来たのよ?高収入?とんでもない話しよ」
 顔の前で手の平をヒラヒラさせて、別の女性が大声で言った。
「ないない、高収入なんて。ねぇ~」
 お互いの顔を見合わせながら、まだ、笑っている。
「えぇ!」
 私は、目を見開いて彼女達の顔を見た。
「まぁ、こんな世界に入るなんて、いろいろ訳ありなんだろうけどね」
 口を開けたままの私の顔を見て、真知子さんが気の毒そうに言った。
「訳ありです…。就職活動で、どこも振られちゃって」
 独り言をつぶやいた。

 高収入を否定された私は、気持ちは奈落の底に沈んで行った。看板に偽りありか・・しかし、どこにも就職が決まらなかった私を拾ってくれたのも、この店、ここの社長だ!高収入でなくても、お弁当屋さんと同じ給料でも良い。働き口が決まっただけでも有難い。

 いつか、マイクで名前が呼ばれるように頑張ろう!

「今日もお茶をひきそうだわ~」
 さっきまで居眠りをしていたホステスの一人が、欠伸をしながら言った。
「毎晩、お茶ばかりひいてちゃ、やってられないわよねぇ」
『お茶をひく』とは、お客さんがおらず、売れ残ってしまったホステスの 
 隠語の様だ。
 それから、数時間お店が閉店となるまで、残ったホステスさんも入ったば  
かりの福も名前を呼ばれる事はなかった。

 お茶ばかりひいていると給料が下がる、と真知子さんが教えてくれた。給料が下がる?この世界も、そんなに甘い所ではない様だ。
 下手したら、お弁当屋さんの時給より低くなってしまうかもしれない。
まずい…!ホステス稼業を猛スピードでマスターしなければならない!と、身が引き締まる日であった。

つづく