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東京グランドキャバレー物語★7 歌って踊って酔いしれる夜

 数週間もたつとグランドキャバレーと言う場に慣れて来た。
慣れと言うのは、人間を成長させるものだ。
 あたりを観察する余裕が、いつのまにか私にも出来上がっている。最初の頃は、ペコペコ頭ばかり下げていたが、ドレスの裾を踏んでつまづく事もなくなり、前を向いて堂々と歩けるようになった。

ジャ~ン!

 勢いよくベースギターの一発目のストロークが、夜の始まりの合図だ。
今夜も弾けて、飲んで歌って踊り明かそう。最初の曲はアメリカンポップス。お店には三人ほどの専属歌手がいて、いろんな曲を歌ってくれる。それぞれ声質が違ってお客さんの好みで人気を分け合っていた。洋楽の曲もあれば、日本の歌謡曲、演歌もお手の物だ。自分達が生まれる前、それこそ戦後に流行ったリクエストにも、しっかり対応出来る才能だ。その歌に聞き惚れて、涙まで流して喜ぶお客さんもいた。

 今の芸能界で活躍している大御所の歌手たちも、昔は全国のキャバレーので顔を売り、ステージで歌っていたのは有名な話しである。

 今日は、パンチの効いたハスキーな声が売りのメロンさんだ。
ノリの良い曲が始まり彼女が歌い始めると、お客さんは、隣にいるホステスを誘って息が合ったダンスを始める。照明も薄暗いソファの席とは逆に中央のステージはスポットがあたり、軽やかに踊る二人に、皆の視線が集中する。
 ジルバ、マンボ、ワルツ、ブルースにハマジルにゴーゴー。
 次から次にダンスをしようと何人も立ちあがる。気がつけば、フロアーはダンスを踊る人で溢れかえっている。

 今宵、席についたテーブルのお客さんが、聞いてきた。
「ねえ、誰かジルバ踊れない?」
 私を含め、三人の女性が座っていたが、誰もその席でダンスを踊れる女性はいない。皆、首を横に振る。

「つまんないなぁ~。グランドキャバレーでホステスが踊れない、ダンスが出来ないなんてさ」 
 お客さんは、声を荒げた。
「昔はね、どのホステスだって、ダンスぐらい必ず出来たもんだよ」
 お客さんは、残念そうにお酒を飲みながらホールで楽しそうに踊るカップルを見続けていた。

 お酒を作ったり話しをするだけでなく、ここでは、ダンスもホステスの必修科目のようである。お客さんのリクエストにお応え出来ないとは、何とも心苦しい。
私は、ダンスが好きで、昔はクラブで良く踊ったものである。
しかし、ジルバなど今まで一度も踊った事などない。

「しばしお待ちくださいませ。いつの日か、この私がダンスのお相手をしてさしあげましょう」
 その日をきっかけに私は、ダンスに挑戦する事を決意したのだった。

つづく