くっきりとした、夏

一人で、初の南半球へ旅に出た。

忘れたかった。

祖母は、この夏を越えれなかった。

一気に季節を越えたかった。

お正月、「あんたは誰や?」と聞かれた。

その8ヵ月前には、久し振りに会えたと大喜びして潤んでいた瞳が、警戒の光を宿していた。

祖母は、今年に入ってから急速に人格が崩壊していき、その変化の激しさに、何度も心がふるい落された。

老衰だった。

祖母の部屋を整理していると、今の叔母によく似ている姿の写真を見つけた。まだ髪が黒くてしゃんとしている。

それから、ヘンテコな衣装を着て、イキイキと日舞を踊る姿。

おしゃれをして、旅先で楽しそうにポーズを決める姿。

あぁ、そうだ、祖母はおしゃれだった。

活発でよくゲートボールや日舞に出掛けていた。

共働きの家では、祖母がおかえりと言ってくれた。

畑で採れたトウモロコシやスイカを一緒に食べたり…思い出が止まらない。


だから、私は旅に出た。

美しい風景は心を癒してくれる。旅は確かに刺激的で、初めて見るワイトモ洞窟はまるで宇宙空間のようで美しかった。間欠泉も、地球の生命力を感じたし、ツアー中の他国の参加者との会話も楽しかった。

けれど、湖を見ながら、星を見ながら、綺麗なホテルのベッドに寝転びながら、ふとした時に祖母の事を思い出してしまう。

異国で一人という状況が、ここには私を気にかけてくれる人が居ない事実を、ひしひしと突きつけてくる。

そうしてとうとう、私の中で、祖母はもう居なくなってしまったんだと、くっきりとした輪郭で受け止める事が出来た。

帰国後、実家の仏壇で微笑む祖母に、手をあわせた。

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