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パフォーマー 〜表現者三浦春馬〜

「日本ではまだ、舞台に著名人を観にくる感覚の人も多いと思うんです。だからこそ、映像の仕事も頑張っていかないといけないと思っていて。 舞台やミュージカルという産業をもっと身近に感じていただくための、一つの歯車に僕がなっていけたら」     「CREA」 三浦春馬 インタビューより引用

幼い頃から身を置いてきた『エンターテイメント』という業界に対しての彼自身が考えるスタンスやスタイルについて述べた言葉だ。これは日本初演の『WDTW 』《ホイッスルダウンザウィドゥ》を控えて取材を受けた際のものである。ご存知の通り2020年にコロナウイルスの感染拡大を受けて公演の中止を余儀なくされた舞台のひとつである。ジワジワと間合いを詰めるように近付いて来たコロナに対して、既に都市封鎖ロックダウンの措置により閉鎖されていた海外に遅れながらも日本だけが例外と成る事はなかった。

テレビや映画のような映像に比べて舞台はまだまだ特別感が在る…都会に暮らしている人にとっては日常に垣間見える映画館と同じくらい普通のものかもしれない。地方と言っても所謂いわゆるドーム等が在って大きなイベントが開催されるような〇大都市と言われる場所では地方公演が開催されるので弱冠身近なものなのかもしれない。最も身近であった映画館でさえ大きなアミューズメントパーク化して、昔ながらのミニシアターと共存しながら都市文化を支えているのが現状だろう…レンタル業界の普及により変化した結果とも言える。しかし映画館を閉鎖に追いやったレンタル業界でさえインターネットの普及によるネット配信に取って替わられそうになっている。コロナが後押しした時代の遍歴とも言えるだろう。

舞台(ステージ)について

それに比べて舞台に対するイメージは田舎に住んでいると、大衆演劇の一座や地方の劇団などにチラシやポスターで見掛けたりする機会も多いので生活の中に馴染んでいるのかな?とは感じることもある。      それこそ有名な森繁久彌さんの「屋根の上のヴァイオリン弾き」や長年続いているホリプロの「ピーターパン」や「アニー」など名前ぐらいは知ってはいても、テレビや雑誌で見掛ける都会ならではの世界だなと思ってた。名前だけで言うなら仲代達哉さんの『無名塾』とか『俳優座』『文学座』とか有名な俳優さんを拠出した養成コースがあることぐらいは知ってます(笑)そんな中でも劇団四季の地方公演が盛んになりだした頃には田舎にも来るんだ!と驚いたものだけれど、やはり観劇って好きな人が行く特別なものだなと思ってた。
   それが一変して興味が湧き出したと言うか身近に感じるようになったキッカケは、やはり春馬くんとの再会。彼が舞台をしていたこともその舞台すらも知らずに居た後悔…それは今更な事ではあるけれど、彼がやりたかった舞台やするはずだった舞台について知るうちに舞台への興味が再燃した。一時期女優になりたい夢をみた時期(思春期に見がちなマンガの主人公に憧れる夢です)には色々興味をもって調べたこともあったけれど…やはりどこか遠い世界の事だったから(笑)(あくまでも、わたし自身の場合です)知人には劇団四季の会員になって追っかけをしている人も居るから人それぞれと言うことです。
それでも…余程大きな興行でなければ全国縦断は行われないし…コロナ禍ではあるし…縁遠いなぁ~と感じていた時に知った舞台の配信は衝撃的な出会いでした。その場に行く事が叶わなくてもその世界に触れる事が出来る!初めて舞台を身近に感じて、俄然興味が湧いてきました。やはり行けないと言う事実はその物への興味を減退させる原因になりますから。興味が無くなってくれば情報を仕入れないというか知ろうとしなくなります。映画への関心が減っていったのも、実際地元の映画館がスッカリ無くなって車で1時間以上掛けて出掛けなければ観られないと言う現実と、子ども中心の生活でジブリアニメかポケモンかハリポタかと言う選択肢しか無くなって自分が見たいものはレンタルDVDを家で観るという事で…予告編か店頭の陳列でしか情報を仕入れていなかったですね。そろそろレンタル始まるかな?ぐらいの期待です。どうせメインのDVD デッキを接続したテレビは夫か娘に占領されてますから…わたしが自由に観られるのは真夜中に家事をするついでです😢録画したドラマに追い付くだけで精一杯ですから…トホホ(;´д`)

身近になった配信というツール

公式のYouTubeで観られるものはダイジェスト版を摘まみ食いのように見ていましたが、チケットを購入して初めて配信を見たのはナント『マタハリ』です。『イリュージョニスト』で共演予定だった愛希れいかさんと同じく『WDTW 』で共演した東啓介くんのバージョンのパンフレット付きチケットを購入しました。gotoイベント適用で格安で気軽に申し込めました。当日、Wi-Fiの調子が悪くて結局スマホの小さな画面で観る事になって物凄く残念でしたが感動しました。ツアー中の作品なのでアーカイブが無くて残念でしたが…後日送られて来たパンフレットを見てまた感激!とうとう人生初、舞台のDVDを予約しました!それからは何か舞台にハマってしまって配信予告をくまなくチェックしてますが中々配信のタイミングと都合が合わなくて余り観られていません(笑)人気のある舞台は土日祝日に当てて下さるのですが…上手く行きません!ダブルキャストとかになると好きな役者さんの回を観たいからですけど(笑)でも…観られなかった舞台の📀を買ったりして…映画のと比べるとお高いから中々勇気が要るのですが、それでもテレビ(4K)大画面で観たいから買っちゃってます(笑)支払いあんまり考えずに欲望のままに『ロミオとジュリエット』まで予約しました!この間は先行予約に間に合わなかった(今日だよね!と気付いた時には終了の文字でした)『ポーの一族』を追加注文を見掛けて、チョッとだけ迷ったけど…内容が充実してたから買ってしまいました!一回観劇に行く料金並みですからね・・・(^o^;) でも千龝楽映像とかの特典も有るし買いですよね(笑)

こうして…たった一度の配信で虜になり色んな舞台への興味が湧いて、今まで名前すら知らなかった役者さんにも出会いファンになり…コロナ禍の唯一プラスに転じた作用だと感謝してます。Twitterをする事で情報が入り興味がわく!どうせ行けないから興味無い…からとても身近なものへ変化しました。近くても遠い映画館よりも身近に感じているかもしれません。(あっ!最近知ったのですが…近所のミニシアターがリバイバル専門なのかと思い込んでいたら新作も上映されて、天外者も観に行けました!しかもアンコール上映までしてくれたんです🤭)

エンターテイメントと云う産業

わたしの中で『エンターテイメント』と言うものの捉え方と云うか日常に於ける密着度に対する考え方が完全に変わったかもしれませんね。

音楽(music)
一番身近なエンターテイメント
意識することなく常に日常に寄り添った存在
歌やメロディに呼び覚まされる、思い出や記憶など生活の中で切り離すことの出来ないエンタメです。

テレビ(映像)
音楽と同じく日常に根付く媒体
地上波以外にもBS やCS放送など有料放送での専門チャンネルの配信 が色んな形でエンタメに影響を与えてる。

映画(映像)
近年、大型の商業施設併設など映画館の単独での存続が厳しい環境に追い込まれている。
邦画の活気が映画館へ足を運ぶキッカケとなれるのか?若年層の映画離れに歯止めが掛かる作品がコロナ以降揃い踏みとなり新しい映画の時代になるのかも…

舞台(ステージ)
一口に舞台と言ってもミュージカルを含む演劇から芸術文化の領域で歌舞伎等、高座(落語等)に漫才・コントのバラエティーや手品(マジック)等のパフォーマンスを含む大衆娯楽まで幅広いゾーンになる。
今回のコロナで一番複雑な対応を迫られた部門に違いない。

大雑把に分類しただけでも文化芸術を含む多彩な分野であることに気付くでしょう。こんな多彩な世界を一括りにエンターテイメント業界と称してコロナへの対処を一律に求めた行政には日本の文化に対する認識の甘さを露見させたと言えるでしょうね。このエンタメと言う文化は日本の経済を支えている屋台骨のひとつだと認識するべきだと思う。日本を支えるひとつの産業なのだから…。

三 浦 春 馬

長い前振りとなってしまいました…時代と共に文化と商業の両方の側面から日本経済を支えてきた、ひとつの産業の中で『三浦春馬』と言う役者は自らを歯車のひとつとしてエンターテイメント業界を盛り上げる…舞台がもっと身近に…気軽に…TVや映画を観るような感覚で普及して欲しいと願っていたのではないでしょうか。冒頭で紹介したインタビュー記事の言葉の意味することは、多彩なエンターテイメントに於ける自身の存在意義を弱冠30歳に満たない彼が…自身の人生の大半を過ごした世界の中に見つけようとしていたように感じるのです。それは折に触れ取材や舞台挨拶で明確に言葉として発せられていました。彼の最後の主演舞台となった『WDTW 』の千龝楽の挨拶でも触れられていました…いつ頃から春馬くんがこの様な発言をしていたのか…詳しく調べられてはいませんが、やはり彼が『キンキーブーツ』と出会った頃ぐらいなのかな?と思います。メジャーのブロードウェイとカジュアルなオフ・ブロードウェイ、一歩足を踏み入れればいつでも自由に観ることが出来る…劇場そのものがステージの街に興奮する21歳の春馬くんの姿がHT のDVD に残されています。(機会があれば「NYの真ん中で鍋をつつく」編を見てみて下さい!)その後2013年にご褒美の休暇で再びNYへvisitorコースでの語学留学をした時にキンキーブーツの舞台と出会ったのでしょうか?それとも別の機会だったのかは詳しく語られたものを読んだ事が無いので分かりませんが(2013年の夏に観劇したと言われているみたいです)
そんな様々な出会いの中で彼は狭い日本の芸能界と言う世界での自分を見つめ直したりすることもあったかもしれません。。。。今となっては、何を言っても想像の域を出ることはありません。彼の目に触れる事も、彼の想いを聴く術も途絶えてしまったのですから。

そんな彼にとっての「国」という概念はこんなところでも語られていました。

論語のなかに「直接政治に携わらなくても、家族や身近な人たちと良好な関係を築くことも、国を良くしていくことにつながる」といった意味のことが書かれていて、それを僕は、どんな仕事も大きく考えれば国をより良くしていくことだと捉えて、いつも念頭に置いています
日経ウーマン  インタビュー記事より抜粋 2020年3月号

自分が役者としての仕事やパフォーマンスを頑張り続けることが日本と言う国をよくする事の一端を担っているという考え方。そして…これは想像でしかありませんが…近年問題となっているSNS 上のイジメの様なパッシング問題、匿名性の悪い面だけが顕著に現れているようです。これは彼の友人だけに関わらず色んな場面を目にしたり耳にしたりすることで春馬くんは心を痛めていたのでは無いでしょうか?それがあの話題になったTwitterでの発言に繋がったのだと思います。悪いことを悪いと責めるだけでは無くて…違う面からの発想や発言は出来ないものだろうか?上記のインタビューは発売時期を考えると11月か12月頃には行われていたと思います。3月からの舞台に先駆けてのインタビュー記事でしょうから…それを考えると下記の言葉の現す意味は違うものに見えてくると思います。
例えこの発言が彼の友人の過ちに付いて触れていたとしても…過ちを犯した男への非難の言葉で溢れかえさせるのでは無くて…彼女や子どもたちへの想い溢れる言葉でも表現する事は出来たはずです。実際には男性側の不貞や相手へのパッシングで炎上…事実そのものよりも、それに非難が集中する行為を憂えた書き込みだったのでは無いかとも思えるのです。取材の時期的に『太陽の子』や『天外者』の撮影を終えた時期でも在りますし…時代は変われども激動の時期を生きた登場人物を演じた春馬くんが人物に入り込んだ思想を共有した思考を持ったことは想像に難くないと思います。

SNS と言う世界は…本当に世界中と繋がっています。普段は自分たちの仲の良いフォロワーさんたちとの会話をタイムライン上で繰り返す喜怒哀楽を共有するツールです。しかし、時にこれが世界に向けて発信されていることをウッカリ忘れてしまいます。良い事(メジャー)も悪い事(マイナー)も全て世界に向けて発せられている…。一度発した言葉は、削除してもネット上の何処に残ると言われています。
自分にとって不都合、嫌い、考え方が合わない…ひと達とはブロックと言う機能を使って遮断してしまう。だけどSNS と言うツールを舞台や映像の情報発信…ファン(自分を応援してくれる人)とのコミュニケーションツールとして使用している彼にはブロックする事は出来ません。どんな言葉も受け入れるしか無いのです。どんなにマスコミに叩かれても自己弁護しませんでした。自分の言葉に対して説明も擁護もしませんでした。自分を支えてくれているファンからの書き込みにでさえです。考えてみれば…三浦春馬と言う人は誰かを褒めたり慰めたり讃える事はあっても…自身に対して弁解や保身の言葉を発していなかったと思います。時折自分を褒めてあげたい…と口にする事があっても……わたしはもっと彼を褒めてあげたいと想ってしまいます。

役者として、ミュージカルのパフォーマーとして、世界の中の日本人として日本の産業を応援する『日本製』を紡いで来た語り部としての人間である春馬くん。現在いまという時代に彼は合っていたのでしょうか?時代が彼にそぐわなかったのか?彼が時代と合わなかったのか?…それは時間ときが経たなければ分からないかもしれません。
  例えば尾崎豊の様に…彼は時代の寵児でした。若くして時代に求められスターダムを駆け昇り1つの時代を築き上げた。それは今も伝説の様に語り継がれ音楽が彼が今もなお生きています。彼のカリスマ性と彼の音楽が愛され普遍的になったから…
春馬くんも、彼が自分の人生を自ら幕を退いたことにより今でも取り巻く周囲が混迷しています。それよりも、彼が愛して…自ら選び立っていたエンターテイメントの世界を広く見て応援する事こそ『三浦春馬』が望んだことではないでしょうか?彼は歯車の1つになりたいと言った。それは彼を観て応援してくれることにより拡がるエンターテイメントの可能性や裾野ではないかと思っています。『三浦春馬』と共にパフォーマンスした役者たち…彼と共に舞台や映像を作り上げてきたスタッフや仲間たちに依って、彼の想いや演技はずっと語り継がれて彼を慕う後輩や彼の友人たちが活躍することにより業界が華やかに咲き誇ることこそが彼が望んだことなんじゃ無いのかと思えるのです。


彼を失った傷が少しでも癒えたら…ぜひ他の方にも目を向けて戴けたら…彼が自らの時間を削ってまで観劇していた自分以外の世界を…貴女もご覧になりませんか?

この先3年…5年…と月日が経った時に、彼が過去に演じた舞台や映画…ドラマが再演と云う形で受け継がれて行くかもしれません。優れた作品と云うものはそうやって未來に継承されていくのです。それは今直ぐでは無いけれど、いつかはやって来ると思います。それだけ素晴らしい作品に出会い…それを世に送り出してきたのですから。彼の演じた作品も未来の誰かにチャレンジされて続いていくのです。エンターテイメントはそうやって形を変えながら続いていくものだと思います。

このコロナ禍に負けずに可能性を拡げていって欲しいと願わずにはいられません。

僕はこの産業は、とても血の通った仕事だと自負しています。この血の通った仕事がいつか、皆さんの気持ちを高めてくれるんじゃないかなと信じて、もっともっと、皆さんがエンターテインメントに触れる時に、そのエンタメがもっと質の高いエンタメとして皆さんのもとに届けられるように、僕たちは一生懸命にその日まで色んなスキルを身につけて皆さんに感動をお届けできればいいなと強く思います。

※下記の記事より一部引用しました。以前ご紹介した事がありますが…全文は下記よりぜひご覧下さい。

後 記

彼が目指したであろう景色は…友人たちの力でこの先も輝き続けていくでしょう。彼と同じ世界で活躍する彼らこそ三浦春馬が夢見た未来の景色を知っているのでしょうから…勿論、決して同じものでは無いと思います。でも役者として目指す景色は似ているのではないでしょうか?全く同じものである必要はありません。彼らが役者としての夢を持って進むと云うことが大切なのだと思います。
彼の名前が公でタブーになっていると騒ぐ人たちも居ます。それは彼の逝去の理由と共に騒がしいSNS が招いた結果だと思います?当初フライングされた速報により破られた協定は今更修復不可能でしょう…ガイドラインを慌てて打ち出して来ても、騒ぎだした人たちは収まる気配は無さそうです。それこそが沈黙を呼んでいるのですから…

願わくば…静かに彼と向き合いたい…それだけです。

1日も早く日本のエンターテイメントと云う産業が生き生きと活性化して活動が始まりますように…いまはまだ、毎日恐る恐る一歩づつ歩いているところだから。全てのエンターテイメントに光が当たりますように… 


微かにでも灯るものがあれば、何か大きな力を与えなくてもそれは続いていくものだと思います。何かを与え、何かを働きかけ…呼び掛け…活動していかなくとも…例え一時期消えそうに儚くなった様に見えても求める者がいる限り途絶えることはないでしょう。耐えるべきを堪えれば途絶えることはなく継承されていく。一度は忘れた人がまた出逢いたち戻ることもあるでしょう。わたしたちが忘れない限りその灯は消えることはないでしょう…例え最後の1人になっても…エンターテイメントは続いていくのだと思います…人々の希望や夢をのせて…


#三浦春馬

#JAPAN エンターテイメント

拙い文章への共感やサポートありがとうございますm(_ _)m