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『ウルトラマントリガー』の各話感想

はじめに

この記事ではトリガーについて否定的な意見を述べている部分があります。トリガーが好きで好きで仕方ないという方は読まないほうがいいと思います。お互い不幸になる必要は無いので。

第1話『光を継ぐもの』

正直な話をすればXの1話やZの1話で感じたような圧倒的興奮がある訳ではない。それはやはりティガを強く意識した演出がなされているからだろうか。

視聴当時の記憶で言えば「ティガを結構露骨にオマージュしてくるな」「ティガ世界の存在を露骨に匂わせるこのシズマ会長は何者なんだ」みたいな思いに胸を支配されていた記憶がある。
特撮パートはちゃんとしてるが、ドラマパートは結構しんどい。特にケンゴを突き動かす物が全くわからないのがしんどい。きっと今後掘り下げられていくんだろうなあ。

第2話『未来への飛翔』

ガッツセレクトメンバー初登場!
テッシン←うざい
ヒマリ←うざい
マルゥル←クソガキ
カツミ隊長←いい人そう
アキト←うざいって言ってきてウザい
ユナ←会長の娘(てかユザレ)

というか1話終盤からあんなに不穏な雰囲気を醸し出していたアキトが秒でデレたの、もはやバグとしか言いようがない。

てかずっと思ってたけど2,3人の避難誘導って意味あるんか? 歴代のウルトラでも似たようなシーンって結構あったからそこまで突っ込みたくないけど、戦闘機を遠隔で飛ばす時代にわざわざ空の上から人を派遣して避難誘導をする必然性を感じない。勿論地上から豆鉄砲ペチペチするのにも意味をあまり感じない。それを頭脳担当にさせるのにも意味を感じない。ケンゴが居なくなっても不審がられない理由付けのためだけじゃんもう。

ゼロ距離ゼペリオン光線あたりの演出は好き。

てかケンゴの「夢見る未来(世界中の皆が笑顔)」という言葉、劇中ではめっちゃ説得力あるみたいに扱われてるけど実際どうなんだ。少なくとも自分には全く心に響いてこない。

そしてシズマ会長の「彼は笑顔の未来を築く超古代の戦士。光の巨人ウルトラマントリガー」というセリフ。
いや笑顔の未来って。もうケンゴやん。正体バレバレですがな。

これもずっと思っていることなのだが、ナースデッセイ号の操縦が手をかざす方式なのは良いとしても、せめて操縦席くらいは用意してほしかった。
操縦席も操縦桿もないせいで、テッシンが自分の席でバカみたいに踊っているオッサンに成り下がっている。

これはトリガー許せない事ランキング1位タイなのだが、子供向けの番組で主要人物が「ウザい」って言い続けるのどうなんだろうか。こういうキャラ付けをするのもそうだし、これをOKするのも意味が分からない。神経を疑う。そういう意味で言えば「スマイルスマイル」はまだ許容できる。笑顔はいいことだからな。

第3話『超古代の光と闇』

闇の3巨人が遂に揃い、ポジション不明の宇宙人であるイグニスも登場。ユザレの力がユナの中にあることや、「エタニティコア」という明らかにヤバそうな情報も明かされ、3話にして全ての基本的な要素が出揃った形。ここからどう話を展開していくのかが非常に楽しみ。この段階だと結構ワクワクするな。

当時も思ったけど「トリガーは味方」の演出がただひたすら雑過ぎる。「彼が味方という保証は無い」という状況を考えれば至極当然の言葉に対して、親でも殺されたかぐらいの怒りを見せるテッシン、カタブツとバカにした言葉を呟くヒマリ。えっ隊長が悪いんですか…?
まだ「トリガーって何者なんだ… → 敵の攻撃から守ってくれるなんて味方なの?」くらいが自然だと思う。そこまでしてこの流れを強固に描きたかった理由でもあるのだろうか。
ここで問題なのは、テッシンとヒマリがどうしてそこまでトリガーに肩入れする理由があるかが不明瞭な点だ。せめて「隊長が見ていない所で助けてもらった」みたいな場面があれば、2人の陳情にも納得がいくのだが……

これはトリガー全体に言えることだが、描写の雑さがやはり目につく。
Aを演出したい→その原因Bと結果Cをストーリー中にボンボン! と適当に配置する。という流れが目立つ。(ダーゴン退場の場面で強く思った)

第4話『笑顔のために』

グビラに必死にしがみつくイグニスに対して「スマイルスマイル」と声をかけるケンゴ、率直に言って頭おかしいんじゃないか?(ギャグ描写と考えるならギリギリアリ。この話は全体的にギャグテイストだし)

トリガーのピンチに、生身で特に策もなくオカグビラを自らに引き付けるアキト。もしかしてこいつバカじゃね? と思ったけど、どうやらパワータイプに後ろから捕まえてもらう作戦だったようだ。……えっ? そんな作戦ある? えっ?

全体的によく分からない回。ただ3話にて舞台が整ったところで、こういうまったりした回があっても良いのかもしれない。

一応真面目に考えるなら、怪獣に襲われて泣き叫ぶ子供を見て「笑顔のために戦う」という事を再確認するケンゴが描きたかったのかなとは思う。とはいえその「笑顔」という言葉がしっくり来てないという根本的な問題があるが。

第5話『アキトの約束』

アキトとユナの過去話が明かされる。その描写を見る限りアキトがユナに惚れるのも仕方ないなと思う。最初の頃アキトがユナに対して異常なまでに執着していたのも頷ける。

『ウルトラマントリガー』という作品にとってターニングポイントとなる回だと個人的には思う。当時の感覚として「トリガーも5話くらいから面白くなってきたな」というものがあった。
内容的にもアキトという登場人物の掘り下げや、ダーゴンの人間に対する意識の変化など、特筆すべき点は多いと思う。
これくらいの質の回をコンスタントに作ってくれると助かるなぁ。

第6話『一時間の悪魔』

めちゃめちゃ面白い。ここまでのトリガー6話の中で一番の出来では無かろうか。
そもそもとして1日1時間しか動けないロボットで、バリアは超強力だが本体の装甲自体は薄いという敵怪獣の設定が上手い。あと○時間で再起動する、という具体的な描写がなんとも危機感を煽ってくる。
そしてその設定を最大限に活かして、防衛隊の奮闘や異星人との共闘が最大限に描かれているのもまた素晴らしい。

本筋が面白いのに加えて「過去のトリガー」であったりイグニスの過去話だったりと、しっかり全体的な話の掘り下げも進んでいて、本当に文句の付け所のない回だ。

第7話『インター・ユニバース』

トリガー序盤における問題児。この話は『ウルトラマントリガー』なのかはたまた『ウルトラマンZ』なのか。どちらかというと後者よりだと思う。
今回はトリガー側でちゃんと動いていたのはケンゴとアキト、それにイグニスの3人のみ。それ以外のガッツセレクトのメンバーは、ユナも含めてマジで空気だった

とはいえZ客演回が2話構成で、今回はハルキの登場回と考えると仕方ない気もする。寧ろ最善手だと思うし、ギャグもさせながらケンゴとアキトの関係値を掘り下げたのは有能過ぎる。
というかイグニスのキャラが便利すぎるよね。「トレジャーハンター」という肩書のおかげで、ガッツセレクトの面々が知らない知識(サタンデロスの弱点や別次元)を簡単に導入できる。更に言えばキャラも立ってるので、異星人達との絡みもさせやすい。
ナースデッセイに引きこもって特にキャラも立ってないテッシン、ヒマリ辺りとは偉い違いである。(筋肉バカや戦闘狂はキャラでは無いだろ、と自分は思う)

ただそれ以上にハルキ&Zのキャラが優秀過ぎるというのは痛感する。
ただこの7話における彼らのギャグ要素だったり(ないすちゅーみーちゅーや変身時のあれこれや飛び去りのZの字)は基本的にZ本編で描かれた物の焼き直し、天丼である。
そう考えるとZ本編の完成度の高さ、そしてそれをトリガー世界に違和感なく持ってくるその技量の高さには感服する。

とここまで書いていて思ったが、トリガー要素うっすいなぁ。

第8話『繁殖する侵略』

画面の情報量が多いなあというのをまず感じた。例えばダダがナースデッセイ内にやってきた場面。脳筋テッシンが画面内を縦横無尽に動き回ってダダと銃撃戦を繰り広げる一方、画面手前ではヒマリがラスボス到達ヒャッハーーー! 
とか騒いでるし、画面左側ではマルゥルが健気に状況分析してるし、と思いきや画面奥にはセグウェイに乗ったイグニスが頭にはわゎ~ってなる奴を着けたまま通り過ぎていくかと思いきや、外からユナが必要なパーツを取りに来て隊長に持ち出す許可を取っている。(ちなみにこの間隊長はずっと真顔)

そもそもこの8話自体が情報量が多い回と言える。ケンゴ、アキト、ハルキの3人をじっくり描いた7話とは違い、ガッツセレクトの全員が文字通り縦横無尽に活躍している。特撮パートで言えばトリガーもZも全フォーム披露という大盤振る舞いだ。
詰め込み過ぎじゃないか? という思いは正直ある。「内容濃くても薄くても文句言うやん自分」と思われるかもしれないが、やはり適切なラインというものは存在すると思う(薄いよりは濃い方がいいが)。そういう観点で話をするなら、6,7話はとても丁度いい濃さだった。

とまあ否定から入ってしまったが、面白い回なのは間違いない。改めて観てもドラマパート、特撮パート共に完成度の高さに驚かされる。トリガーの繰り出す多彩な光線技も『光の星の戦士たち』を想起させる技だったりと、往年のファンも楽しむことができる。
敢えて苦言を呈すなら「折角パワードダダのスーツ引っ張り出したのに出番あっさり過ぎない?」と思ったりもするが、仕方ない部分だろう。尺カツカツそうだし。

しかしここで留意すべきは「トリガーという作品がZという劇薬を使ってしまった」という点だろう。前作Zは誰もが認める超名作であり、その客演回をメイン監督であった田口清隆が務めるというのだ。7,8話の面白さは「約束された勝利」であり、むしろ絶対に勝たなければいけない試合だったと言える。

その高いハードルを倒すことなく無事飛び越えていった点には安心を覚えたが、これからのトリガーの行く先を考えるて当時は少々憂鬱になったものである。

第9話『あの日の翼』

一言にするならズルの回。1話で匂わせて以来触れられることが無かった「ティガ世界」との関わりが明かされ、『光を継ぐもの』のBGMと共にガッツウイングがトリガーと共闘する。ここまでやって面白くなかったらそれはもう犯罪である。

という訳で『NEW GENERATION TIGA』というタイトルに相応しい回。トリガー世界とティガ世界の関係性については、この作品が発表されてからあちこちで議論されていたが、この回答は丁度いい着地点と言える。地続きでも無関係でもない程よい距離感

しかしまあなんとも悲しいことに、今回一番カッコよかったのはシズマ会長。残念ながらガッツセレクトの面々は空気だった。今回は話の流れもありしょうがないとは思うが、今後どこかの場面でヒマリの操縦するガッツファルコンとトリガーのアイコンタクトとかがあれば良かったのになぁ。

改めて観て、今回は全体的に平成ウルトラシリーズのテイストが強い回だなと感じた。恐らくそれは戦闘機の見せ方のせいだと思う。
トリガーによるガッツファルコンのキャッチや、ガッツウイング周りのミニチュア(確か辻本監督が予算をそこに割いたと言っていた。ありがたい)。模型を使った迫力のある映像もそう。そして的確過ぎるサポートに最後のトリガーとガッツウイングが並んで飛ぶ姿。
どれもニュージェネになってからはあまり見かけなくなってしまったものである。

この令和の世に、改めてここまで丁寧に描かれた戦闘機の姿を見る事が出来たのは本当に行幸と言える。予算の都合など、色々な理由でオミットされがちな要素だが、個人的にはやはりウルトラには防衛隊の操縦する戦闘機がいて欲しいと感じた。

第10話『揺れるココロ』

ここまでの数話と違い感想を書くのが難しい。
とりあえず特撮、というかミニチュア辺りに凄く気合が入っていたように思う。

ダーゴンの最期の事を考えると、彼にとってはターニングポイントとなる回だ。純粋な力では圧倒的に劣る人間のことを、そのココロの強さから好敵手と認めた訳なのだから。(とはいえ少なくとも劇中描写だけで言えば、ダーゴン一人でガッツセレクトくらいなら壊滅させられると思うけど)

しかし「アキトがユナに恋をしている」という話を聞いた時のユナの表情。やっぱりそうなんだ~という顔をしている。実はユナもアキトが好きで告白待ち、とかならいいのだが、捉えようによっては悪女っぽいぞ。

しかしまあなんともパッとしない回だったとは思う。ここまでの数話が高水準だったこともあるだろうが。

第11話『光と闇の邂逅』

第12話『三千万年の奇跡』

11話&12話について

えっなにこれどういう気持ちで観ればいいの? さっぱり分からん。正直付いて行けてない。えぇ…?

どうしたら良いか分からないので、とりあえず分かる範囲で整理をしていきたいと思う。言うまでもなくこの2話は、トリガーの最強形態である「グリッタートリガーエタニティ」の登場回である。しかしこんなにピンと来ない最強フォーム登場回があっただろうか……

何が悪いかと言われれば「何が起きているのかがよく分からない」のが一番の原因だと思う。「ご都合主義」とかそういう次元では無く、ただただ何がしたいのが分からない。3話の時に「演出ありきで因果関係が疎かになっている」のような苦言を呈したと思うが、今回はそのレベルにすら至っていない。(お前がバカだからストーリーが理解できないんだろ、みたいな苦情は受け付けない。何故ならそれをしてしまうと「自分なりの感想を書く」という一番大事な目的が消えてしまうからだ)

リアルタイム当時はあまりの超展開っぷりに思考を停止してしまったが、今回はできるだけ頑張りたいと思う。スマイルスマイル

11&12話でやるべきこと

  • グリッタートリガーエタニティを登場させる

  • トリガーダークの力をイグニスへ

恐らくこの2つが必須事項なのだと思う。こういう視点から考えると、この2話の構成にもある程度納得がいく。

グリッタートリガーエタニティの登場。
このウルトラマントリガーという作品において「エタニティコア」という存在が重要だというのは言うまでもない。ビッグバンを起こす事ができるほどのエネルギー、それを追い求めるメインヴィランの3人。(と言いたいのだが、正直この部分にも疑問は残る。結局エタニティコアに関しては口頭説明があるのみで、その凄さというのはイマイチ体感できていない。それはカルミラがその力を取り込んだ現在でもだ。どこか別の宇宙の一つでも滅ぼしておいてくれたら良いのに

このエタニティコアという莫大なエネルギーの一部を取り込むことによってトリガーを最強形態にする、というのも舞台設定を考えるなら順当な話である。(エタニティコアがグリッターティガのイメージに近いことだし)
ただ、現代のエタニティコアにケンゴ達をまだアクセスさせる訳にはいかないのも事実。エタニティコアというのは言わばラストステージ。そこへの道が開かれるのは、最後の最後でなければいけない。
となるとケンゴをエタニティの力に触れさせるためには、もう三千万年前に飛ばすしか無い
恐らくこんな理由でケンゴの時間遡行が決定したのだろう。

余談だが、恐らく最終回でトリガーの限定フォームが登場するとしたら「エタニティコアの力を完全に取り込んだ」トリガーだと思う。

トリガーダークの力をイグニスへ
こちらはもっと難しい話になってくる。そもそもイグニスにトリガダークの力を持たせる必然性とは、という話になってくるのだが、そこは「トリガーとトリガーダークの共闘」や「イグニスとヒュドラムの因縁」辺りを描きたい制作側の大前提として話を進める。
結論から言うと、劇中では「魂の入っていない抜け殻のトリガーダーク」を用意する事でこの問題の解決がされていた。なるほど確かに、その状態のトリガーダークを用意することができれば、その力をイグニスが取り込むこともごく自然な流れと言える。

ではその抜け殻トリガーダークを用意するために劇中で行われたことはなんだったか? それは
「現代のトリガーからケンゴを分離した上で、ケンゴを三千万年前に時間遡行させ、その時代のトリガーと融合させる」という手段だった。
確かにこの手法なら抜け殻ダークも用意できるし、ケンゴは今後もこれまで通り自由にトリガーに変身できる。うわあ天才の手法だあ!

とはならんやろ。

確かに最初に掲げた2大目標は達成することができる。しかしそのせいで、とてつもない歪みが生まれてしまったのも事実だ。

この要素を丁寧に丁寧に描いたら、それはきっととても面白いSFドラマが生まれることだろう。タイムトラベルだとか、過去の自分との邂逅だとか、テーマとしてはワクワクするに決まっている。しかし今回は一切ワクワクしなかった。これはマジのマジだ。

そもそもとして、「カルミラの呪術に囚われたトリガー(ケンゴ)が、負けまいと呪術に向かってゼペリオン光線を撃ったらケンゴだけが過去に飛ばされた」という11話冒頭の下りから意味が分からなさ過ぎる。
好意的に捉えるのなら、「強大な光と闇の力がぶつかったことで時間の断層が生まれてしまった」辺りの解釈は可能だろう。にしても「なんでケンゴだけ飛ばされてトリガー本体はそのままなの?」とか「なんで都合よくガッツスパークレンスだけ現代に残されたの?」という疑問が新たに生まれてくる。
特に後者に関しては、「ケンゴの肉体だけが飛ばされた」風の描写がされていたが、じゃあ服は? とかそのいつも着けてる腕時計は? とか、ガッツスパークレンスに一番近い存在であろうガッツハイパーキーは? という疑問が次から次へと湧いてくる。えっびっくりしてスパークレンス落としちゃった? そんなの認めませんよ。

勿論これらの疑問について個々人がそれぞれの解釈を生み出す事は可能だ。とはいえこの大事な「最強フォーム登場回」の序盤も序盤に、ここまで読み解き(というか譲歩)を必要とするシーンを持ってくるのは流石に性格が悪いと思う。その結果、当時の自分のような「とりあえず深く考えるのはやめて脳死で画面を追ってるけど、それでも心のドコかに引っかかりがあって物語を純粋に楽しめない」人間が生まれてしまう。
ここまでユザレを便利屋として酷使してきたんだから、もう三千万年前のユザレに状況説明をさせても良かったじゃん。「あなたは未来から来たのですね」とかさぁ。

ちなみにケンゴが過去に飛ばされた原因が謎なら、彼が現代に帰ってこれた理由も謎である。三千万年前の宇宙を石化しながら漂っていたのに、何故かアキトとユナの声が届いて、気が付いたら現世に降臨していたのである。

は?

いや分かる。分かるよ。大事な仲間の呼び掛けが届いてどこかを彷徨っていた主人公が帰ってくる。うんうんあるある。定番だよね。感動するよね。

いやそうじゃないんだよ。ちゃうねんて。
ここでもトリガーの悪い所が出てしまった。これが先程も触れた「演出ありきで因果関係が疎かになっている」現象である。
勿論トリガーはヒーロー番組である。仲間を思う気持ちが、信じられない奇跡を起こすことだってあって良いと思う。寧ろあるべきだ。
だがそれには限度がある。奇跡でもなんでも起きてもらって構わないが、最低限の理由付けくらいはして欲しいと心の底から思う。(ユザレの力とか言われたらもうどうしようも無いんだけど)
大体アキトとユナが涙ながらに語りかけているのは抜け殻のトリガーダークなのだ。視聴者目線ではそこにケンゴがいないのは分かりきっている。なのにそんな必死に語りかけられても……という思いが先行してしまう。

正直この時のアキトの言葉には胸を打たれるものがある。
夢見る未来というウザい言葉を信じてウルトラマンになることを諦めたんだ。お前に託したんだ、ケンゴ
ここまでの12話で一番人となりが描かれているのは間違いなくアキトだ。だからこそこの言葉にも重みがある。言葉に重みはあるのだが、それを取り巻く状況全てが薄っぺらいのだ。オブラートくらいに。

一応触れておくと、この時トリガーはエタニティコアの力の欠片を受け取ったことで石化しかけている。えっなんで石化するん?
闇の3巨人が石化するのは分かるが、流れでトリガーまで石化する理由が全くわからない。(トリガーも闇判定されたのだろうか。現代のトリガーがグリッターになれたのは、闇成分が完全に抜き取られたから?)
ついでに言えば、ユザレは光となって消滅している。えっなんでユザレ消えるん?
(13話見た後の追記:エタニティコアの力に触れたから消滅したらしい。なるほどなぁ)
その後現世に帰ってきたケンゴが変身する際に、闇の3巨人達が今回の一連の流れ(三千万年前に突如現れたケンゴ)について思い出す。えっ時間改変しちゃったんですか?

とまあこんな疑問がてんこ盛りな状況で、ガッツセレクトの面々のように「トリガー帰ってきた!」と素直に喜べる状況にある訳がない。
当然全てを劇中で明らかにする必要はないし、例えば超全集で初めて明かされる真実! みたいなものがあっても良いだろう。にしてもこれは不親切過ぎる。謎に謎を加えて謎で和えて謎を振りかけたらできました、みたいな話。
正直これを楽しめるのは考察がとても大好きか、もしくは何も考えずにありのままを受け入れることができる素直な人くらいだろう。
いやそういう意味深な謎回があってもいいが、最強フォーム登場回にそれを持ってくるのは流石におかしい

あっ、グリッタートリガーエタニティはカッコいいと思います。

11&12話まとめ

真剣に考えてみた結果、グリッタートリガーエタニティとイグニスのトリガーダーク化を実現するためにこの2話が生まれてしまったという結論に至った。
結局トリガーの悪い点である「描きたいことだけが先走りした結果、そこまでの過程がおざなりになる」現象が起きてしまっている。うーん。
特撮に関しても、そこまで特筆すべき点は無いかなと。

第13話『
狙われた隊長 ~マルゥル探偵の事件簿~』

11話と12話の感想書くのに疲れたから13話の感想は軽めに書く。いやホンマに疲れた

ニュージェネシリーズではお馴染みとなった、1クール終了時の総集編。(トリガーにはいっぱい総集編あったじゃんとか絶対に言ってはいけない。あくまで本編中の1話という体を取りながらこれまでの戦いを振り返るのである)

正直自分はクッソ寒いし滑ってると思ったのだが、探偵モノが好きな人からしたら楽しいものなのだろうか? しかしこの話の位置づけとしては箸休めのようなものなので、これに関してそこまで言及するつもりもない。実際脳死で見る分には意外と笑える

一応気になったこととして、ケンゴはトリガーに芽生えた光から生まれたという発言があった。でもトリガーに光が芽生えたのはケンゴが過去に遡行したからで、でもそのケンゴが生まれるためにはトリガーに光が芽生えないといけなくって……(時間改変前のトリガーは、自分自身の力で、もしくはユザレあたりの説得で光堕ちしたと考えれば一応辻褄は合う)

前半まとめ

ある種ウルトラシリーズの影の主役であるはずの怪獣たちの扱いが非常に軽いな、というのは強く感じる。

これは特に2話、3話辺りで顕著だ。パワータイプVSダーゴン、スカイタイプVSヒュドラムを描かなければいけない、というのは当然の流れだろう。しかしメインヴィランの彼らを退場させるわけにはいかない。でもトリガーの活躍シーンは撮らないといけない。そんな理由だけで登場したのがギマイラとガゾートだった。
特にガゾートに関しては、ティガでしっかりとしたドラマが描かれていた怪獣だ。それをあんな形で投げやりに消化してしまって、本当に『NEW GENERATION TIGA』を名乗ることができるのだろうか?
これはキリエロイドもそうで、ただただ舞台装置の一部でしか無かった。自分は別に、トリガーにはティガ怪獣だけ出せ! とかは思わないが、あまり気分の良いものでもない。

では怪獣をなおざりにした分、闇の3巨人が丁寧に描かれているかと言われれば決してそうではない。専用回を貰ったダーゴンは別にして、カルミラもヒュドラムも決して魅力的には映らない。

というかそもそも彼らの目的が曖昧すぎるのだ。一応「エタニティコアの力を使い、光の下でのうのうと暮らす人間を消し去って、宇宙を闇の一族だけの世界に作り変える」という話を11話でカルミラがしていた。カルミラは実質ラスボスであり、つまりこの目的はトリガー最大の敵となって立ちはだかるはずだ。
しかしこのセリフを裏付けるものが一切ないため、観ている側としてはなんとも薄っぺらい言葉にしか聞こえない。とてもシリーズの縦軸を貫くメインヴィランのセリフとは思えないくらいに。(なんならその目的自体も、最終的にはケンゴへの恨みに塗りつぶされてるし)

トリガーの前半12話の内2話をもZ回に割いてしまったのは、トリガーという作品から考えるとかなりの痛手だったのではと自分は未だに思っている。勿論楽しいZ客演を観ることが出来たのは嬉しいのだが、その2話をヒマリやテッシンの回にしたり、もしくはカルミラ達をメインに据えた回にしていたら、もう少し物語に厚みが出たのではなかろうか。

トリガー全般に言えることだが、登場人物にセリフを言わせたらそれで状況設定が完了すると思っているフシがある。そんなのが許されるのは、素人の書く小説くらいだろう。ここではっきり言うが脚本が悪い。それに尽きる。

やりたい事は割とハッキリしているので、その瞬間瞬間を切り取ればそれは名シーンになるのだろう。それこそ隊長の責任をもってトリガーを援護させるシーンとか、アキト達の声でケンゴが帰ってくるシーンとか(こういうシーンも正直今までのウルトラの焼き直しなのだけれど)。
ではそのシーンだけ流せば視聴者は喜ぶか? そんな訳がない。トリガーがやっているのは「最終回だけ流して悦に入っている」状態とも言っていい。物語のラストというのは、そこまでの積み重ねがあってこそ光るものなのに、結果だけ押し付けられてもどうしようもないのだ。

極端に言ってしまえば、ジード最終回のリクとベリアルの等身大の殴り合いを、それまでの24話だとかベリアルが登場した劇場版無しでいきなり見せられている状態だ。
「悪いウルトラマンと、そのウルトラマンの息子」という設定だけ用意されて、「今その息子が運命を乗り越えるために父親と向き合ってんすよw」とか言われても誰も感動できないだろう。そういうことだ。

各監督が頑張っているおかげで、特撮パートはそれぞれの創意工夫が感じられるものに仕上がっている。(というかそれが無かったらもう終わりだよ)

ウルトラは脚本に問題を抱えている、というのはニュージェネ前半の頃に知人としていた話であるが、それが爆発するとこうなるのだなあというのをヒシヒシと感じている。

なんだか悪口を言い過ぎてしまった気がするので、良い点も述べておきたい。
オーブの頃から色濃くなった「レジェンドの力を借りる方式」をすっぱり切ってしまったのは英断だと思う。正直その点に関しては食傷気味とかいうレベルではなかったし、「ハイハイまた販促ね、そろそろ見飽きたよ」という思いがあった。玩具売上という意味ではもしかすると悪手かもしれないが、物語の見通しが良くなっているのは確かだと思う。
(というかこのトリガーという作品にウルトラマンキーとかギンガキーだとかがぽんぽん登場するようになっていたら、世界観も作品も粉々に破壊されていたことと思う)

さてここからはいよいよ後半戦なのだが、自分の記憶が正しければ割と面白い回が続いたはずなので、しばしの間は安心して観ることができるはずだ。

第14話『黄金の脅威』

真剣な顔して仕事してたら「スマイル・スマイル」って絡んでくるケンゴウザすぎて笑う。

第15話『オペレーションドラゴン』

という訳で特訓回&ギャラファイ勢出張回。

テイストとしては『X』でエクシードX登場直後に行われたギンガSの面々による客演回(13&14話)に非常に近いだろう。登場する敵が直近に放送されたファイトシリーズ出自というものまで完全に同じである。(ちなみに全てが坂本浩一監督の担当作)
差異があるとすればXでは前作のギンガSが客演だったのに対し、今回のトリガーではゲスト戦士もファイト由来のリブットだという点だろうか。
そう、この2話は2022年夏に公開されるギャラファイシリーズ3作目『ウルトラギャラクシーファイト運命の衝突』の宣伝の意味が非常に強いと言える。
その宣伝の是非をここで議論するのは辞めておきたいと思う。敢えてね。

この2話で起きた重要な出来事は3つ。
1つはケンゴが自分の初心を思い出し、グリッタートリガーエタニティの力を使いこなせるようになったこと。
1つはナースデッセイ号がバトルモードに変形できるようになったこと。
1つはイグニスがトリガーダークに変身できるようになったこと。

これらは玩具事情や今後の展開を考えると、トリガーという作品においては必須の要素である。ここの消化をギャラファイの宣伝も兼ねながらこなしたというのは素直に感嘆すべき点だ。
アキトとマルゥルの昔の絡みもあったりと芸も細かい。

率直に言って全体的に満足度の高い仕上がりになっていると思う。ただ勿論引っかかりが無い訳ではない。今回は折角なのでここに書かせてもらおうと思う。

15話を観て感じたのだが、どうやらケンゴは母親を相当大事に思っているようだ。ケンゴは「世界中の皆を笑顔にする」という夢見る未来に立ち返ったおかげでエタニティの力を制御できる用意なったのだが、結局の所その「笑顔」に対する掘り下げが15話現在でも一切されていないのである。
「ケンゴには皆を笑顔にしたいという強い思いがある」という前提を受け入れてしまえばイイハナシダナーとなるのだが……(恐らく母親との間に何かあったであろうことは推測できる)

カルミラの声を当てている上坂すみれが人間態として登場した。本当になんの前情報も無かったので当時は相当ビックリしたものだ(やっぱり美人ですねあの方)。しかし肝心のその上坂すみれが劇中で重要な役目を果たしたかと言われれば全くもってそんな事はない(わざわざ人間態になって基地にを正面突破する必要があるか?)。いや確かに彼女が画面に映っただけで驚いたが、どうせなら今回のガッツセレクトの作戦に一役買って欲しかった所である。
勿論スケジュールの都合などもあるだろうが、例えばアブソリューティアンの情報をアキトに渡すという役目を、人間態のカルミラにさせても良かったのではないだろうか。

カルミラの話繋がりで闇の3巨人の事を語るが、よりキャラの濃い悪役が登場してしまったため、またしても空気であった。
なんと彼らはタルタロスの脅迫にビビって今回の件に干渉しない約束をしたのに、結局3人がかりでディアボロ1人を拘束するだけしてすぐトンズラするという大義を果たしてみせた。
いや小物すぎないか? それでいいんか? お前らこの作品のメインヴィランやぞ?
この闇の3巨人の介入に対して隊長がすぐに「利害が一致したようだな(キリッ」と言っていたが余りにも飲み込みが早すぎる(いやここで下手に逡巡されても困るけど)。こういう所がやっぱり「展開ありきで物語が動いているな」と感じる部分である。

というかそもそも! ヒマリやテッシンの個人回が結局作られなかったことを考えると、Zの客演に2話、ギャラファイの客演に2話の計4話を割いたのは本当に正しかったのかという疑問が残る。
先程触れたXという作品も客演自体は多い作品であった(全22話中6話が客演回)。ただそれでもXioのメンバーの多くは非常にキャラが立っていたと思う。流石にVoyagerの2人は影が薄かったが。

世界観的にこのトリガーという作品が客演に向いてるともそこまで思えないし、特訓回をZに任せるくらいがちょうど良かったのではないかと自分は思う。

第16話『嗤う滅亡』

「嗤う(わらう)」は、 「馬鹿にしたように笑う、見下したように笑う」という意味だそう。
というか本編が面白いとここに書くことがあんまり無いんだよね。

さて今回はトリガーVSメツオーガVSトリガーダークという3者が入り乱れる構図が非常に上手く描かれていた。トリガーはメツオーガと戦いたいのにダークに邪魔されるし、当のメツオーガは食事したいだけなのに争いに巻き込まれるし、トリガーダークは暴走してるしで非常に見応えがあった。というか尺の7割位は特撮パートだったんじゃないだろうか。

今回登場したメツオーガは劇中で語られた通り、あちこちの星を食べてしまうヤバい存在で、その被害は銀河系レベルの物であった。その脅威はあの性格の悪いヒュドラムが使用するのを躊躇うほどで、実際トリガーの必殺光線が全くダメージを与えられなかったくらいだ。

そんなトンデモ怪獣を、ガッツセレクトとトリガーが力を合わせてなんとか撃破した訳だが(この部分、ガッツセレクト内で立案された作戦をいつの間にかトリガーが把握してしまっている。もしかしてトリガーは地獄耳なのか?)、なんと成体メツオロチとなってしまう。
トリガーの光線やナースデッセイバトルモードの一斉射を完全に防ぎきり、(タイマーが鳴っていたとはいえ)巨人2人をその光線で一瞬にして倒してしまった。
満身創痍のケンゴ、愕然とするガッツセレクトのメンバー。そんな彼らの前で声高らかに嗤うメツオロチ。正直トリガーで一番の絶望シーンと言っても過言ではない。
ラスボスのメガロゾーアが第2形態になった時を遥かに凌ぐ絶望感である。正直次の17話が最終回と言われても納得できるくらいだ。

そんな理由で、今回のメツオーガ→メツオロチという強大な怪獣の描かれ方は非常に上手かったと思う。イグニスがずっと暴走状態なのはアレだけど。

第17話『怒る饗宴』

非常に面白く見入ってしまったのだが、カルミラが乱入してからは少しその熱も冷めてしまった。思ったんだけど、闇の3巨人ってもしかして要らないのでは……?

ケンゴがメツオロチの弱点である角を決死の思いで破壊し、ここからは小細工なしのトリガーVSメツオロチ戦が観られるぞ! と思った瞬間にカルミラが出現したせいで、メツオロチが義務や作業かのようにあっさりと屠られてしまった(その絵面はカッコよかったのだけれど)。
やはり闇の3巨人のせいで、怪獣が使い捨てにされてしまっているというのを改めて感じた。この時点でトリガーVSダークVSカルミラVSメツオロチという複雑過ぎる状況になってしまっており、さっさとメツオロチを退場させないと収集がつかない、という理由はよく分かるのだが。それにしても露骨過ぎる。

あと本当に詰めが甘い。メツオロチの角を破壊するという偉業を成し遂げたケンゴの乗るガッツファルコンがトリガーダークに蹴り飛ばされて墜落したというのに、ガッツセレクトのメンバーは誰も心配していないのである。お決まりの描写である、トリガーがファルコンをキャッチしたという描写も無いため本当に生死も分からない。
隊長、アキト、ユナはトリガーに変身しているのが分かっているから仕方ないが(仕方ないか?)、マルゥルとテッシンとヒマリの3人は心配してやれよ。みんなで仲良くイグニスを取り囲んでる場合じゃ無いと思うんですよね。

この作品ではトリガーとして戦闘した後のケンゴがやたらボロボロになる描写があるくせに、ガッツセレクトの誰もそこに突っ込まないという不思議があるのだが、もしかして大人組は誰もケンゴの事を気にしてない……?

とまあ色々と言ってしまったが、メツオロチという強大な相手に対して防衛隊が総力を挙げて立ち向かう姿を見ることが出来たし、戦闘機に乗る主人公も描かれていて、非常に満足度の高い回だった。

第18話『スマイル作戦第一号』

これはどういう反応をしたらいいんだろうね? 多分ギャグ回だとは思うんだけど、分類としてはシュールギャグになる気がする。
いや単発でこれなら良いんだけど、キリエル回の前フリというのが話をかなりややこしくさせている。

なのでここでは19話の事は何も知らないというテイで話をしてみたい。

おもしろかったよ! いわゆる分かりやすいギャグ回ではないので単純にガッハッハ! と笑える内容では無いのだが、逆に分かりやすい笑いを押し付けないからこそのアダルトなギャグ回に仕上がっている気がする。
BGMに頼らずに、会話の間やテンポで笑いを取ってくれる辺りが個人的にかなり高評価。隊長の辞令が実は健康診断の結果だった、というのが判明してしまう辺りが特に顕著。隊長はやっぱりギャグキャラめっちゃ向いてると思う。(シリアスとギャグの間を定まらない感じが自分は苦手だが)

あとこの回一番の爆弾は、ケンゴに自分が浮いているという負い目があることが描かれてしまった事だと思う。普段どんなメンタルで生きてるんだろう。どんな気持ちでスマイルスマイルって言ってるんだろう。

第19話『救世主の資格』

さて。さてさてさて。さて。トリガー一番の爆弾回。

言うまでもなくこの『ウルトラマントリガー』という番組は『NEW GENERATION TIGA』という題がある通り、『ウルトラマンティガ』を強く意識した番組である。(ただしこのnoteではティガを意識しながら記事を書くことを出来る限り避けているが)
そんなこの作品において「ウルトラマンティガを登場させる」という事には非常に重い意味がついて回るのは言うまでもない。実際この作品が発表された当初から「ティガは登場するの?」という話題が一つの焦点であったと思う。
最終回、もしくは劇場版で登場するというのが大方の予想だったと思うが、まさか19話というタイミングでこんなにアッサリ登場すると誰が予想しただろうか。

この19話だが、自分の認識する限り相当な賛否両論を巻き起こした回だと思う。何を隠そう自分も、褒めたい気持ちと否定したい気持ちが心の中で大喧嘩してドエライことになっている。

称賛すべき点は実に単純明快で「『ティガオマージュ作品に客演するティガ』としては100点満点の特撮」だったということだ。
ティガという作品を象徴する敵の一体であるキリエロイドを相手に、2人のウルトラマンが全く同じタイプチェンジを見せながら地上で空で、華々しい戦闘を繰り広げる姿の美しさ、迫力と言ったらない。夜の市街地戦というのもまたティガらしく、劇場版に匹敵するレベルの特撮だと言っていい。
ティガ客演と言えばの『光の星の戦士たち』の露骨過ぎるオマージュもそれを後押しする要素だ。田口監督ホンマに光の星の戦士たち好きやな
極めつけは2人のゼペリオン光線の光の筋が重なり一本のラインになる瞬間だろう。あんな美しいものはそうそうお目にかかれない。

『ウルトラマントリガー』をただの特撮作品として、ウルトラマンがカッコよければいいだけの作品と捉えるなら、「トリガーとティガの戦いがカッコいい」という一点を満たした時点でこの回に100点満点をつけることができる。それは間違いない。
だがそうは問屋がおろさない。

ウルトラ以外の話をして申し訳ないのだが、『仮面ライダーカブト』という作品が存在する。この作品は正直ストーリーに関してはシッチャカメッチャカだったのだが、主人公の天道総司、そして彼が変身する仮面ライダーカブトがカッコいいというただそれだけの理由で高評価を与えていい作品だと自分は思っている。
カブトのようにカッコよさに全振りした作品があっても良いと思うが、ではその図式をトリガーに当てはめてもいいのだろうか。

答えは否だ。
何故ならこの作品は『NEW GENERATION TIGA』だから。

確かにウルトラマンティガはカッコいい。文句無しにカッコいい。だがティガがここまで神格化される理由はそのカッコよさだけにあるだろうか? 違う。その重厚なドラマ性が大いに評価されての今の地位のはずだ。

ここまでティガとはあまり関連付けずにトリガーという作品を評してきたつもりだが、流石にティガご本人が登場してしまった以上、それにも限界があるだろう。

ここまで長々と前置きをしてしまったが、要するに「脚本が致命的なレベルで崩壊してしまっている」ということだ。12話の時にも相当文句を述べたが、それとは別ベクトルの酷さを呈してしまっている。

一番の問題点は「ユナのユザレ覚醒」と「ティガ客演」を1話に収めてしまったことだろう。というかそれが全ての元凶である。
「トリガーにおけるティガの客演」という言わば切り札を、1話の半分でアッサリと消費してしまったことが正直自分には信じられない。ティガ登場に重厚感の欠片もない。(映像の重厚感はあったけど)

本来は1話をかけてキリエロイドだったりティガ登場の伏線だったりをじっくりと描くべきなのだろうが(18話をキリエル人の伏線と言うには無理がある)、それを圧縮してしまったせいで最早何がしたいのか分からなくなってしまっている

というかぶっちゃけ、キリエル人は何をしたかったのかがよく分からない
何故救世主を担ぎ上げようとしたのか、大いなる力とはなんなのか(エタニティコアだとは思うけど)、ユナに見切りを付けた瞬間何故巨大化したのか。
そういった割と重要な事柄を全てすっ飛ばして登場させてしまったため、この物語でキリエル人という存在が割と浮いてしまっているのだと思う。
これは何度も触れていることだが、「過程等をすっ飛ばして描きたい要素をとりあえずブチ込んでくる」トリガーの欠点が最大限に発揮された形。

ティガ登場の興奮に心を奪われがちだが、冷静に観てみると「キリエロイドを出しておきたいからとりあえずストーリーにねじ込んだ」以外の何物でもない。
もっと言うと「ティガ客演のために、ティガと言えばのキリエロイドを出しておきたいから」となる。

急に関係ない話をしてしまって申し訳ないのだが、このキリエロイド登場回である19話の放送日が2021年11月27日。「S.H.Figuarts キリエロイド」の受注開始日は2021年11月29日である。全然関係ない話です。ホントです。

そもそもトリガーとティガがタッグを組んで戦う相手としてキリエロイドが相応しいだろうか?
決してキリエロイドを雑魚という訳ではないが(寧ろティガ本編を考えると強敵)、それでもティガを引っ張り出すに値する程の器とは思えない(し、そういう描かれ方を劇中でされている訳でもない)。
それこそガタノゾーアだとかクイーンモネラだとか、そのレベルの敵を用意すべきなのではという思いが強い。(だからこそみんな、最終回や劇場版でティガが来ると予想したのだろう。それがティガ登場に相応しい舞台だから)

このキリエロイド登場の雑さの比じゃないレベルで物議を醸したのが、肝心の「ティガ登場シーン」だろう。
近年の客演ラッシュのおかげで、ティガ登場に対するハードルは下がっている事とは思うが、それでもこのトリガーという作品における客演にはそれ相応の神秘性が求められていたことと思う。

だが実際蓋を開けてみるとどうだ。ティガ世界から来たと言うだけのオッサンが光るだけでティガが登場してしまった

いや流石にこれは悪く言い過ぎた。実際ティガ登場のロジックとしては至極真っ当なものになっていると思う。
この現象はマドカ・ダイゴが言っていた「人間はみんな自分自身の力で光になれる」というティガを貫くテーマそのものだからだ。
今回のティガ誕生は『光の星の戦士たち』のそれとほぼ同じロジックによる物と考えていい。ティガ最終回もダイナの時も、多くの人々の光が集まった結果の出来事だったが、今回はシズマ会長一人分の光をユザレの力によって増幅したから成し得たのだと考えられる。(もしかしたらモルフェウスRの影響もあったのかもしれない)

もし万が一ここでシズマ会長がティガに変身していたら、それには自分も流石にブチギレ一瞬にしてトリガーアンチと化していた事と思うが、あくまで会長が媒介に徹したのは丁度いい距離感だったと思う。
そもそもこのトリガー世界においてティガと直接的に縁があるのは彼だけなので、こういう形になるのは必然だろう。(せめて若かりし彼がティガの姿を見つめる回想とかあれば良かったのだろうが)

とここまで褒めてきたが、にしてもティガ登場がアッサリ過ぎるとは思わないだろうか。ティガ最終回も光の星の戦士たちも「ウルトラマンの敗北こそあったものの、それでも人間が諦めず限界まで足掻いてもがいた結果」人々が光となったはずだ。
それが今回は、トリガーのタイマーが鳴っていてヤバそうだから、ナースデッセイ号が火球を1発くらっていてヤバそうだから、程度の状況なのに「なんかピンチっぽいからティガ出すべ」くらいのノリで登場してしまっている。

何度も引き合いに出して悪いのだが、ティガ最終回や劇場版ダイナの大きな魅力の一つはテレビの前で見ている僕たちが(ダイナは映画館とか言うな)、本当に自分も光になれるんだと思わせてくれる所にあると思う。
ただそういう手法をこの作品で行うなら主体はトリガーであるべきなので、ティガ客演に対してこの演出を使ってしまう訳にはいかない、という理屈も分かる。

とまあ、ここまで挙げた不平不満は結局描写不足、つまり尺不足に起因する。根元歳三(サタンデロス回や、ZのA客演回を担当)と田口清隆のコンビですらこの有様なのだから、それはもう詰め込みすぎが原因としか思えない。(あと上層部からの圧力)
だからこそ自分はZやギャラファイの客演に計4話も割いたことを憂いていた訳だ。せめてどちらかの1話を削って、ティガ客演をまるまる1話使って描けていたらどれほどまともになっただろうか……

ここまでティガ客演にのみ話をしてきたが、前半部にも言いたいことはある。
一番はやはりグリッタートリガーエタニティの異様なまでの弱体化だろう。初登場時、闇の3巨人を相手にあそこまで圧倒していた癖に、今回は手も足も出ずただやられるがままになっていた。
いやもうユザレを覚醒させたいだけやん。
トリガーが弱くなったのではなく、カルミラが強くなったと考えればいいのだろうけど。

という訳でまとめると、映像は300点だけど話が-200点なので計100点みたいな、そんな回。褒めたいんだけど手放しで褒められない、とっても心がモヤモヤする回。

ここから追記

あまりのオマージュっぷりに『光の星の戦士たち』という作品を引き合いに出してしまったが、もしかしたら間違っていたのかもしれない。
トリガーにとってティガの客演というのは重要な意味を持つ。
そして『ウルトラマンティガ』という番組にも客演回が、それもとても特別な意味をもった唯一の客演回が存在する。

そう、49話「ウルトラの星」である。

そう考えるといくばくか合点のいく部分が出てくる。戦いを見守るシズマ会長と円谷英二の姿はどこか似ているし、客演のウルトラマンが彼らの思いを拠り所に登場する所、またその登場のアッサリ具合は割と近いものがあると思う。なんなら客演トラマンが力を分け与える所も同じ。
更に言えば戦闘後に巨人2人を足元から見上げる、という構図も近い。

そう、トリガー19話は「ウルトラの星」のオマージュだったのだ!\ババーン!/

と言ってみた所で、結局トリガー19話の脚本の崩壊っぷりは変わらないのだが。

結局一番の問題は「我々視聴者がティガという存在を神格化しすぎている」所にあるのだなと。ただその思いを作り手側が分かっていないはずはない。
それを踏まえた上で、出来ることなら我々の予想を超えて欲しかったと思うのは傲慢なのだろうか。(いやホントに特撮パートは予想以上の出来でしたけどね)

思ってることは全部書いておきたいので記すが、仮にこの回をハヤシナオキ、坂本浩一のタッグが撮っていたらそれはもうトンデモナイ物ができあがっていたのでは無いだろうかと思う。冗談抜きにして。

あと最後に言うけど、今回のグリッター登場シーンは本当にカッコいいと思う。多分宇宙で一番カッコいい。正直このシーンだけで50点くらい加算してる。(ただその後グリッターがボコられた事への怒りで40点くらい減算してる)

第20話『青いアイツは電撃と共に』

特に言うことも無いんで次行っていいかな。え、ダメ?
怪獣が使い捨てられがちな本作品だが、今回は敵怪獣のキャラが非常に立っていてとても良かったと思う。これを言ってしまうとおしまいだが、やはり「喋ることができる」というだけで作劇が相当楽になるのだなと。

いつもだとバリガイラーとトリガーがいい勝負を繰り広げる→ヒュドラム登場の瞬間バリガイラーが置物になるという流れになっていたと思う。しかし今回はバリガイラーが上手くトリガー側に付いた事で、普段とは違う展開を楽しむことができた。バリガイラーはかなりいいキャラしてたね。(謎の関西弁が気に食わない人もいるだろうが)

トリガーの縦軸の話をすると、ユザレというかユナが覚醒した回であった。これでトリガーにおける全要素が出揃ったと考えてもいいだろうか。後はもう最終回まで突っ走るのみである。

第21話『悪魔がふたたび』

いくらケンゴの為とは言え、独断でイグニスを解放するの相当マズくない? 20話でも隊長の命令を無視してユナが現場に駆けつけていた。隊長の威厳とは、存在価値とは。

めちゃくちゃカッコいい雰囲気を出しながらトリガーダークに変身したのに、結局暴走して一切良い所が無かったイグニス。そんな彼が今回遂にトリガーダークの力を使いこなす事に成功する。

制御できなかったのはイグニスの問題ではなくて、ダークスパークレンス側の問題なんかい! というツッコミは正直ある。だがもしかすると「ヒュドラムへの復讐心」ではなく「みんなの涙を見たくない」という優しい気持ちで変身したおかげなのかもしれない。

ここまでアキト達に心を開き、ケンゴと息ピッタリの共闘を見せてくれたイグニス。だからこそ最後の裏切りには本当に驚かされた。
結局の所イグニスの本懐であるであるヒュドラムへの復讐は未だに果たされていない訳で、ガッツセレクトのみんなと築いた絆が本物なら、その復讐心もまた間違いなく本物なのだろう。イグニスがラーメン食べてる所見たかったなぁ。

ここで語るのは少々早いかもしれないが、イグニスは本当に優遇されているキャラクターである。トリガーの主要キャラの中で一番掘り下げが行われている人物だと言っても過言でないかもしれない。(他の面々の掘り下げが無さすぎるというのが実情なのだが)
個人的な体感で言うと、キャラの掘り下げ具合で言えば

イグニス≧アキト>>ケンゴ≧シズマ会長>ユナ>>>>隊長>その他

くらいのイメージ(ホントに個人的な印象)。イグニス、アキトは優遇されてる。ケンゴは主人公の癖に掘り下げ無さすぎ。ユナはユザレ絡みの話は多いけど本人自体にそこまでフィーチャーされてないし、その他ガッツセレクトの面々は空気過ぎ、という印象。

このトリガーという作品ではイグニスというキャラクターの評価が割と高いと思うのだが、そりゃあここまで丁寧に描写してもらって人気が出なきゃ逆に嘘だろみたいな話ではある。(設定的もかなり美味しいしね)

今回の話を観ても分かる通り、イグニスは宇宙人のくせに非常に人間味溢れる存在として描かれていることが分かる。一方逆に、テッシンやヒマリという面々は本当に人間かどうかすらも怪しいレベルだ。(筋肉星人とか二面怪人とか言われた方が納得できるまである)

さて21話の話に戻りたいのだが、特撮パートの完成度は非常に高かったと思う(トリガーの辻本監督は非常に楽しそうに撮っているという印象を受ける)。
それでも未だにやっぱりドラマパートに引っかかる部分があるのは確かだ。急に状況報告もまともにできないくらい取り乱すアキトなんかは割と印象的だ。幼児退行したんか? くらいの勢いである。それだけケンゴの事が好きなったという描写なのだろうが。逆に仲間であるケンゴが生死の危機だと言うのに、妙に冷静な他の隊員たちの構図もそれはそれで気になる。

あと1つ、「安易にウルトラマンを頼るマルゥルを叱責する隊長」という構図を作りたいがためだけに信じられないくらい雑に消費されるガッツファルコンもかなり引っかかる。加えて言うなら、この描写のせいでヒマリが割りを食っている事は言うまでもない。

しかし総合すると面白い回と言えるだろう。イグニスが突如裏切るという引きの良さも素晴らしい。ここからトリガーもラストスパート。

第22話『ラストゲーム』

という訳でヒュドラム退場。割と序盤から描かれ続けてきたイグニスの因縁にも無事一段落付く形に。メカムサシン周りは少し蛇足だった印象もあるが、とても良い回だった。

21話まとめでも書いた通り、イグニスという人物はとても丁寧に描かれており、従って彼の復讐劇にもつい感情移入してしまう所がある。加えてトリガーダークとヒュドラムの一騎打ち(?)の戦闘シーンも非常に気合が入っている。剣を使っての殺陣の完成度も非常に高かった。
イグニス単体の力ではヒュドラムに力負けしてしまっていたが、トリガーやケンゴ達と力を合わせた結果因縁の敵を乗り越えるという描写はかなり熱いものがある。
「お前のおかげで俺はもう一つのゴクジョーに出会えた」というイグニスのセリフ。ある種ありきたりな言葉かもしれないが、彼を丁寧に描いてきたからこその重みがあってとても感動する。
イグニスが100年抱えてきた復讐心と、地球への愛着の間に揺れる心。その絶妙な揺らめきが細貝さんの名演や、ケンゴとアキトの会話によって丁寧に描かれていたと思う。

恐らくトリガーダークに剣を持たせたいがためだけのメカムサシンだったと推測できるが、トリガーVSメカムサシンの戦闘も映像として非常に面白いものに仕上がっていた。

この回に関してはイグニス、そして彼とケンゴ達との絆を丁寧に描いてきた制作陣の勝ちだろう。ここまでの22話の中でもトップクラスの完成度だと思う。というか今思ったけど、この作品の主人公はイグニスと言っても過言ではない気がする。

ケンゴが「今は2つに分かれているけど」という旨の発言をしていたが、これはどういう事なのだろうか。12話の演出を真面目に考察してみた結果では、「分かれた」より「増えた」というイメージの方が強いのだが。これは最終話でトリガーとトリガーダークが合体する伏線かな。

イグニスは変身するキャラこそ「トリガーダーク」だが、実際彼に闇の要素は殆ど無いと言える(どちらかと言うとゲームでよくある「属性:闇」くらいのノリ)。彼の立ち位置は常にガッツセレクトの味方よりであったし、イグニスがいなければ勝てなかった場面もある。(「トレジャーハンター」という設定が便利に使われすぎたきらいはあるが)

だが決して完全な味方ではなく、あくまでよく遊びに来る宇宙人くらいの立場だった。この敵でも味方でもない、けど結構味方してくれるいいヤツ
という絶妙なポジションをしっかり演じきってくれた細貝という存在は、正直トリガーという作品において相当な貢献を果たしたと思う。もしイグニスがいなければ、それこそ学芸会レベルの作品になっていたかもしれない……

第23話『マイフレンド』

ヒュドラムに引き続きダーゴンも退場。22話と違い、全体的に雑な印象を受ける。なんと言っても全体的にマッチポンプ臭が強いのが凄く気になる。(ユナがぴょーんって飛びあがった瞬間に洗脳が解けてダーゴンが助ける図とか、あんなん笑うでしょ)

ただダーゴンの最期に対してアキトが向き合う場面は、シーン単品としての完成度は高かった。なのでダーゴンに引導を渡した場面でこの話を終えていれば、まただいぶ印象も違ったのかなと。というかアレだけ感動させたいシーンの直後に、けちょんけちょんにやられるトリガー、等身大でボコられるケンゴの場面を流す神経が正直よく分からない。出てきた涙もあれっ? 場違いかな? と察して引っ込んでしまうレベルだ。
そこら辺の扱いの雑さを鑑みても、やっぱりダーゴンは可哀相な存在だったなあと思う。(できることなら最終回で報われて欲しい)

とはいえやはり一番の問題はイグニスとヒュドラム間の因縁ほどの関係性が、アキトとダーゴン間では描けていなかった事だ。
劇中でのダーゴンとアキトの関係性についてだが、実は彼らが直接的に絡んだのは5,10,11話だけだし、11話はほぼほぼ会話もなかったので、2人の関係性がちゃんと描かれたのは2話だけということになる。(とはいえビンタ事件のあった5話も、壁ドン事件のあった10話も印象深くはあるが)
加えるなら、最後の絡みから今回の決別までの間に、話数にして10話、リアル時間で言えば3ヶ月空いてしまったのも問題だ。バリガイラーと戦ってる辺りでもう一絡みあれば良かったのだろうけど。

この記事を書くために一気観した今回こそそこそこ感情移入できたものの、リアタイ当時は「えっお前らそんなに仲良かったっけ……?」みたいな思いがどうしても先行してしまった。

確かにダーゴンがユナや人間に対して特別な感情を抱いているのは分かるのだが、その特別な感情がアキトという個人にまで向いているかと言われれば疑問だ。(あのままダーゴンが人間と関係を築いていっていれば、アキトといい関係になっていたことは予想できるが)

とここまで書いて思ったが、アキトは確かに「ユナを守りたいという同じ願いを持つ者」としてダーゴンを強く意識し「我が好敵手」という発言をした。演出的にもその対となる言葉と捉えられる「マイフレンド」だが、恐らくこれはアキトではなく、人間全般(少なくともガッツセレクト)に向けられた言葉なのでは無いだろうか。
アキトとダーゴンを1対1で考えるから違和感があるのであって、実はあの場面で多少のすれ違いがあったという発想をするといいのかもしれない。
それでもアキトはダーゴンに肩入れし過ぎでは? という話があるが、ダーゴンだからと言うよりは、「ユナを守りたい」という意志に強く反応したのではないだろうか。しらんけど。

というかそもそもの話で言うと、「我が好敵手」「マイフレンド」という言葉が完全に浮いてしまっている。言わせたかっただけのセリフを言わせてしまったからこその腑に落ちなさ。(マイフレンドをTFOから持ってきたのは明白過ぎるし)

あとここ最近隊長がアキトの傀儡と化してるのも凄く気になる。(好意的に捉えるなら部下を尊重する良い隊長なんだろうけど)

最後の「世界を暗黒に塗りつぶす闇の支配者」という言葉、ただただ言わされてる感じしかしなくてすっげームカつく。
ティガ本編でイルマ隊長がほぼ同じ旨の発言をしているが、状況が違いすぎる。(あちらでは既にダイブハンガーにまで闇が侵食してきている状況だった)
こういう安易で雑なオマージュはやっぱり気に食わない部分ではある。

もう少し丁寧にアキトとダーゴンの関係性をストーリーの中に散りばめていれば、22話に匹敵するような素晴らしい回になったのではないかと思う。そういう意味では惜しい回。逆に言えば「トリガーらしい」回。

ダーゴンに関しては最終回でもう1つ何かあって欲しい。トリガーの中でも屈指のいいキャラしてるのに、こういう形で投げ捨てるのは本当に勿体ないと思う。

第24話『闇の支配者』

(個人的に)トリガーの中で一番のクソ回。というかそもそもこの記事を書こうと思い立ったきっかけがこの24話なのである。
正直言おう。この24話、初見の際にとてもとてもしんどかった。もちろんこれまでにも観ながら思う所はあった訳だが(オカグビラの回とか)、最終回を目前にしてこれ程までに辛い気持ちになるのは流石に問題があるだろうと感じた。

これは自分の問題なのだが、トリガーという作品にあまりのめり込めておらず、当然としてキャラにも特に愛着のない状態だった。そのせいでヒュドラムやダーゴンの退場に際してもどこか冷めた部分があったし、ガッツセレクトの面々への思い入れも正直薄かった。
だからこそ、短期間の内にトリガーの物語を1から丁寧に追うことで、この作品にのめり込めるのではないか、感情移入することが出来るのではないか、そう思ったのだ。

そんな自分がこの一週間トリガーに向き合い続けてこの24話を観た感想を率直に言いたい。

しんどいものはしんどい。

恐らくこの24話で涙を流した人もいるかもしれない。そんな方々には申し訳ないのだが、やはり自分にはトリガーという作品が合わなかったようだ。
その要因は結局の所「描写の薄っぺらさ」に集約されてしまう。

スマイルスマイル!

まずユナの決死の行動をアキトが止めるシーン。この場面はユナの決意であったり、ユナをユナとして見ているアキトの率直な気持ちが溢れ出ている、とてもいいシーンだと思う。しかしユナはこう言ってしまった。
「このままじゃ皆が笑顔になれない!」と。

この「笑顔」が『ウルトラマントリガー』における最重要ワードなのは言うまでもないだろう。だがしかし、
結局この「笑顔」という言葉についてなんの掘り下げもないまま最終回直前を迎えてしまっているのである。

劇中の面々はこの笑顔という言葉を、当然宇宙で一番大事なものかのように連呼しているが、観ている側としては正直チンプンカンプンである。
もちろん一般論として笑顔が大事なのは分かるが彼らが、というかケンゴがそこまで笑顔にこだわる理由が一切分からない。最初から最後までケンゴはスマイルヤクザでしかないのだ。それ以上でも以下でもない。

登場人物の掘り下げが足りていないのはこの際仕方ないと思うが、この「笑顔」にこだわる理由について何の説明もないのは本当に意味がわからない
恐らくこの「スマイルスマイル」という言葉の由来はケンゴの母親だと思われるのだが、せめて序盤のどこかでちょろっとでもエピソードを挟んでくれるだけで本当に受け取り方が変わった。この点だけはなんとかして欲しかった。

母親との対話

この話の流れで「母との再会」シーンについても話したい。
これは最終決戦に向かう前にケンゴが自分の母親と言葉を交わすことで親子の絆を確かめ合い勇気をもらうという、まさしく感動シーン……のはずなのだが。この場面はもうなにもかもがおかしい

まず状況設定が狂っている。メガロゾーア第一形態との戦闘で消耗し意識不明となっているケンゴが、精神体だけ(?)母親に会いに行くという構図なのだが全く意味がわからない
会話させるにせよ、普通に会わせればいいのに(重体のケンゴを心配して母親が駆けつけるとか)、

母親の仕事場で突然幽霊のように息子が現れるのはギャグか何かですか?
確かにケンゴのかーちゃんは驚かないかもしれないが、周りの人達は死ぬほどビビってるぞ。なんなら画面の向こうの自分ですら相当ビビってる。
(ちなみにこの状況を作り出すためだけにケンゴが昏睡状態にさせられた説すらある)

そもそもの話として、このケンゴと母親の会話で感動させようという魂胆が間違っている。ケンゴには大事な母親との思い出があるのかもしれないが、我々視聴者には母親の思い出が殆ど無い。というか一切無い。マジで無い。(唯一2話冒頭のシーンは割と意味深だったとは思うが)

大体母親が登場したのはその2話以来である。リアル時間で言えば実に半年ぶりの登場だ。そんな久しぶりに見る特にエピソードもない母親というだけの存在との会話、しかも会話相手は幽霊ケンゴというトンデモ状態で感動しろという方が無理があるのではないだろうか。(もちろん感動した人もいるが、少なくとも自分は受け入れられなかった)

これもやはり、バックボーンが特にない状態でお涙頂戴のシーンだけブチ込んでくるトリガーの悪い点だ。

正体バレ

ウルトラシリーズにおいて「正体バレ」と言えばもはや定番であり、同時にそのシリーズの印象を大きく決定づける重要なシーンとも言える(防衛隊が存在するシリーズでそれは特に顕著だ)。引き合いに出してしまって申し訳ないのだが、それこそティガを筆頭とする平成三部作の正体バレはどれも印象深い。

では肝心のトリガーの正体バレシーンはどうだっただろうか。それはあまりにも悲惨過ぎるものに仕上がっていた。

まず大問題なのが、正体バレの瞬間にその場に居たケンゴ以外の8人の内5人が既に正体を知っていたということである。隊長は確信には至っていなかっから除外するとしても、それでも半数の4人が知っている状況である。(※実質正体バレの瞬間に同じく半数の人間が正体に気付いてたコスモスという作品もあるが、全くシーンの重みが違うのでトリガーと比べてはいけない。比べたらシバくぞ)

次に問題になるのが、その場で正体を知ったテッシン、ヒマリ、マルゥルとケンゴの関係性が薄すぎて、その正体バレ自体も薄っぺらいものに成り下がっているということ。
正体バレが重要な意味を持つのは、「今までずっと共に戦ってきて絆を育んできた仲間が、実はウルトラマンだった」からこそである。トリガーで言えばケンゴとユナ、ケンゴとアキトくらいの親密さをもってして初めて意味を成す演出だ。だがケンゴとテッシンら3人の間に特筆すべき仲が育まれた描写はほぼ無い。

つまり言ってしまえば正体バレの瞬間に過半数は既にその事実を知っていて、なおかつ知らなかった人達は特に主人公との描写が無かったという状況。

「こいつは全くの『無』なんだ。ゼロ、虚無……!」

こんな状況を作り出してしまうくらいならメビウスみたいに中盤で正体バレをしてしまって、トリガーとガッツセレクトの全面協力を描いた方が良かったのではないかと思う。

ちなみに肝心の3人の反応について。テッシンのおちゃらけてみせる様子は彼らしくてまだいいと思うのだが、第一声が「更に理解不能」のヒマリの反応は本当に良くないと思う。
ずっと皆に黙っていた秘密を、断腸の思いで勇気を振り絞って伝えたのにそんな風にアッサリ切り捨てるのは本当にクソ。彼女なりの驚きの表現なのだろうけど。

そもそも劇中でケンゴだけ露骨に居ないタイミングが多いし、なんなら彼だけいつもボロボロになってるのに、微塵も察していなかったんだとしたら本当に皆ケンゴに興味を抱いていなかったのだなと思うしかなくなる。(実際3人の反応は、一切考慮に無かった人の反応だった)

隊長の謝罪

トリガーの正体バレにおいて一つ特異な点があるとすれば、隊長がケンゴに対して謝ったことだろう。この隊長の真摯な対応に心を動かされた人もいると思うが、自分はトップクラスのクソ対応だと思う。

確かに隊員の中で一人だけを最前線 of 最前線で戦わせてしまっており、常に命の危険に晒させてしまっていた事を謝罪するのは筋が通っているように見える。
だが見えるだけだ。もし本当に謝罪するほど申し訳ないと思っているのであれば、謝る前にする事がごまんとあったはずだ。(いや焼き土下座ではなく)

ケンゴは歴代主人公の中でも身体を酷使した方だと思う。実際彼の顔からは生傷が絶えなかった(見ていて痛々しい程に)。そんな彼を見ていて「多分お前トリガーなんだよな、負担をかけさせて申し訳ない」と思っているだけだったのだとしたら、隊長として認識が甘すぎると言わざるを得ない。(実際隊長としてどうなの、という行動は多いが)

隊長というのは隊員の命を預かっている存在だ。加えてガッツファルコンが無人機であることからも分かる通り、ガッツセレクト(TPU)は戦闘員の命を従来シリーズの防衛隊よりも重視していると言っていい。
なのにも関わらず、部下の一人が凶悪な怪獣達と取っ組み合って戦い、命を常に危険に晒し続け、身体に傷を作り続けている状況をそのままにし、真実が明らかになった時だけ「負担かけてゴメン!」の一言で済ませるのは人としておかしい、間違っていると思う。

本来であればすぐにケンゴがトリガーであることを確定させ(本人に聞きづらいなら、露骨に事情を知っていそうなシズマ会長に聞くなりすればいい)、その上でケンゴの負担を少しでも減らす為にガッツセレクトの戦力増強を上層部に掛け合うなどするべきだ。
もし謝るのなら、隊長としての責務を限界まで果たした上で、最終的に力不足であった事を謝るべきである。それなのに何もせずただ謝るだけなんて、何も知らない子供の行為そのものでしかない。責任ある大人、しかも隊長という役職の人間がして許されることでは到底無いと思う。

本当にこの一言で隊長への信頼が皆無になった。イーヴィルトリガーにでもなんでもなってしまえば良いと思う。(誰が悪いかと言われれば彼に薄っぺらい謝罪をさせた作り手なのだが)

その他描写について

ラスボス前なのに絶望感があまり無いという話。実際これはそうだと思う。ニュースでこそ「世界がヤバい!」みたいな説明はあるが、実際の描写が一切無い。それなのに闇の支配者とか言われても……という気持ちは正直ある。
ただこの感染症で世界が苦しめられている現状、子供向けの創作物で絶望をリアルに描くのも良くないという意見を見た。それを言われたら割と何も言い返せない。ぐぬぬ。

ラスボスカルミラが動く動機は、「最愛のトリガーを光堕ちさせたマナカ・ケンゴが許せない」というものだ。しかしケンゴが「僕はトリガー自身だ」と言い切ってしまっている。
つまりカルミラは「トリガーが居なくなってしまったのはトリガーのせいだ! トリガーを返せ!」とトリガーに当たり散らかしていると状態である。いやおかしいやろ。

勿論カルミラ目線で真実が分からないのは仕方ないのだが、せめてケンゴが何らかの形で彼の知りうる事実を伝えるべきだったのではなかろうか。(トリガーといる君は幸せそうだった」とか言って傷をえぐっている場合ではない)

現状カルミラの勘違いで世界が滅びようとしている。そんな事ってあるか?

一方、シズマ会長とイグニスの会話はとても良かった。メビウスのレオ回が頭をよぎった。異星人と異世界人の覚悟。そういう物を見せてもらった気がする。

第25話『笑顔を信じるものたちへ~PULL THE TRIGGER~』

遂にやってきた感動の最終回。いやあ難しいなぁ。

さて、最初に断っておかなければいけない事が一つある。
やはりどうしても「ティガ最終回」が脳裏をよぎってしまうせいで、この『ウルトラマントリガー』という作品に対し適切な評価を下すことは自分には不可能だということを今日改めて痛感した。

最初に率直な感想から。本当に辛かった。ただただ辛かった。涙がこぼれそうになった。

この作品は『NEW GENERATION TIGA』であって、決して『ウルトラマンティガ』そのものではない。それを象徴するのが「トリガートゥルース」という存在だろう。
あくまで光と闇の対立を描き続けたティガ本編に対し、「光と闇を共に受け入れる」という構図を描いたのは素直に称賛に値すると思う。様々な価値観や考え方が許容され始めているこの令和の世だからこその、このトリガートゥルースという存在だろう。

しかしトリガー最終回の失敗は、この光と闇を併せ持った存在であるトリガートゥルースという概念を、「光という1面のみを最大限に誇張した演出のティガ最終回」というベースラインにそのまま載せてしまったことだろう。

子どもたちの応援がウルトラマンの力になるという演出があったのだが、結果的に子どもたちから送られたのは「光の力」だけだった。
トリガートゥルースの攻撃が纏うオーラを見る限り、やはり彼は光と闇の力を併せ持つ存在である筈だ。なのに人々が彼に与えた力は「光」のみであった。ここにとてつもない矛盾を感じてしまう。
結局「NEW GENERATION」を謳っておきながら、「光=善、闇=悪」の旧態依然としたイメージから抜け出しきることは出来なかったのだと。

確かに子どもたちから放たれる闇のエネルギーという概念に対して抵抗があるのは分かる。ただ人には誰しも光の部分があれば闇の部分もある。それは子供だって同じだ。(むしろ子供だからこそ、という話でもある)
どうせ子どもたちを出すという演出をするなら、闇のエネルギーを送る子が居ても良かったのかもしれない。(実際問題かなり難しいとは思うが)

というかそもそもの話をすると、ここまでトリガーと一般市民の関わりというのは全く描かれてこなかった。辛うじてあったのが、2話の冒頭のニュース映像くらい。そんな状況でいきなり子供を並べて応援させても、やはりどうしても説得力には欠けてしまう。トリガー世界の人々が、トリガーをどう思っているかが分からないのだから。
ただここで「なんか世界がヤバそうで、それをなんとかしてくれそうなトリガーを応援してるだけ」とか言われたら何も言えない。
言えないが、そんな打算的な応援に本当に意味があるのだろうか? 過去作でウルトラマンを応援した子供たちには、何らかの形でウルトラマンとの接点があった。それ故のウルトラマンを信じる気持ちがあった。だからこそ応援に気持ちがこもるし、その気持がウルトラマンの助けとなるのではないだろうか。
とここで、4話でトリガー(正確にはユナ?)に助けてもらった少女が居たことを思い出した。もしやと思ってキャストを見てみたが、残念ながらその時の少女は最終回には出演していないようだ。ファーーーー。

この演出に対する背景描写の薄さに関してはずっと触れてきたのだが、結局最後までそれが改善されることはなかった。

だからこそ応援する子供たちを見ても「ティガ最終回のオマージュがしたかっただけだろ?」という風にしか捉えることができない。先程の「光の力しか送れなかった」という事も相まって、この演出は作品的にも意味のない物になってしまっている。
子供たちが応援する必然性も無ければ、子供たちが応援した意味もない。
ただやりたかっただけ。監督のオナニーでしか無い。

別に監督だからオナニーをして頂くのは全く構わないのだが、そのオナニーにティガ最終回というウルトラ史上でも屈指の名場面を使わないで欲しい。それもだが、とにかく許せないのがシズマ会長の回想である。自分の記憶では数十人、数百人の子供たちがティガと一緒に戦っていたのに、彼の回想ではたったの9人にコスト削減されていた。オマージュするのは100歩譲って認めるが、実際にあった事を捻じ曲げないで欲しい。ティガ本編の映像が使えないのなら、会長に「あの時と同じ……!」と言わせるだけで良かった。大事な思い出を汚すのはやめろ。本当にやめろ。
初恋の女の子が成人式でヤンキーのセフレになっていたくらいの絶望感である。いやホントに。

一方特撮パートに関して。トリガートゥルースの戦闘がティガ最終回の焼き直しでしかなかった事を除けば、全体的に迫力のあるいい映像に仕上がっていたと思う。
特に海上での戦闘は目をみはる物があった。ばっしゃんばっしゃん吹き上がる水しぶき。海上でのバク転。素晴らしい。(周りにオブジェクトが何もなかったのが寂しいが、海ってそんなものだよね)
1話で披露した人形爆破をまた見せてくれたのも純粋に嬉しい。
最近影の薄かったパワータイプやスカイタイプもしっかり描かれていた。

ナースデッセイ号内にヒュドラムとダーゴン(の形をした闇)が攻めてくる場面があった。ヒュドラムは正直どうでもいいのだが23話であそこまで感動的(風)な別れを描いたハズのダーゴンを、こんな形で雑に消費する神経はやっぱり理解できない。
「ガッツセレクトの活躍を描きたい」「退場したメインヴィランの出番が必要」という意図は汲み取れるが、とはいえただただ単純に不快な演出である。
カルミラの性格の悪さを描きたいというのであれば納得もするが。

トリガーの腕の中で事切れるカルミラ。カミーラよりかは幸せな最期を迎えたのだろうか。

これは本当に個人的な欲求なのだが、トリガーの変身が解けてケンゴに戻る姿を描いて欲しかった。トリガーがカルミラを看取った後、唐突に背景の色が変わってケンゴが突っ立っていたのでかなり面食らってしまった。場面転換が雑すぎる。余韻もクソもねぇな。(そういう所だぞ坂本)

そして最後、ケンゴとガッツセレクト達の別れのシーン。
「暴走するコアを沈められるのはエタニティコアに直接触れた僕だけなんだ」というセリフだけで全てを理解する皆の状況把握能力が高すぎる。
ちなみに自分にはさっぱり分からなかった(今もよく分かってない)。説明雑やねんホンマに。

それはさておき、ケンゴにアキトが自分の感情をぶつけるシーンは素直に感動した。それまでの数々の演出(主にティガ最終回パロ)で心が冷めきっていた自分ですら涙がこぼれそうになった。他の皆が悲しいムードにしないように敢えて振る舞っている中で一人、「嫌だ嫌だ嫌だ」と素直な感情をぶつけるアキト。もうお前がヒロインだよ。ケンゴがここで涙をこらえきれていないのがまた切ない。
このシーンはトリガー全25話の中でも一番の名シーンだと思う。マジで感動した。

でもエピソードZでケンゴが帰ってくるのが既に判明してるから、この別れのシーンの全てがもう茶番なんですけどね!!!!!

そして遂に花を咲かせるルルイエ(希望)。は?
(一応真面目な話をすると、1話でケンゴはルルイエの事を「どんな状況でも見た人が思わず笑顔になる花を咲かせたい」と言っていた。その願いが最終回にして遂に叶った形になる。ルルイエの花を見た皆が笑っていたのだから)

最後に集合写真を笑顔で眺めるアキト。なるほどケンゴが離脱するからあのタイミングで写真を撮るしか無かったのね。

あと最終話通して「笑顔」「スマイル」が乱発されていたが、既に述べたようにそれに対する裏付けが一切無いせいで、観ている側として置いてけぼりになってしまった。マジでどこかのタイミングで掘り下げとけばよかったのに。

あとこれは構成上のツッコミなのだが、グリッタートリガーエタニティがエタニティコアの力を使って無理やりメガロゾーアに突撃し、大爆発が起こるという場面があった。個人的にはあのシーンを24話の引きにして欲しかったなあと思う。ただそうすると最終話でトリガーダークの出番が無くなってしまうからダメなのだろうが……。
大爆発からのアキトの「ケンゴ!!」で締めてたら割と完璧じゃない?

トリガー通しての感想

(以下、これまでの文章と被る部分もあると思うが、まとめなので許して)

という訳でトリガー完結。今の全体的な感想としては「少し下振れ気味のニュージェネウルトラ」という感じ。(これは今後変わるかも)

前作が超高評価だった『ウルトラマンZ』であり、加えて歴代でも評価の高い『ウルトラマンティガ』と比べられてしまうという点で、今作のハードルがとても高いものになってしまったのは事実だ。(後者に関しては自ら背負った枷だが)

今作の抱える問題点がなんだったか? それは何度も言っているが「ドラマパートの描写のあまりの薄さ、雑さ」である。個々の回、個々の場面でパーツとしては光るものはあるのだが、それを貫く縦軸が全く無かった。その筆頭が「スマイルスマイル」であるのは最早言うまでもない。
最終話に、ナースデッセイ内で隊員達が各々の「スマイルスマイル」を披露する場面があった。あれも本来は相当な感動シーンだと思うのだが、大前提の「スマイル」というワードがハリボテなのでもうその時点でアウトなのだ。

それはキャラ描写でもそうで、結局しっかりと人となりが描かれたのはケンゴ、イグニス、アキト(、ユナ)くらいなものだろう。
最終話でのアキトとケンゴの会話が一番の名シーンと言ったが、それはやはり彼らの関係が綿密に描かれてきたからだ。(結構一足飛びな感じもあったけど)
最初はケンゴを目の敵にしていたのに、彼の言葉を信じ彼を信頼し、一番の相棒となったアキトの様子がこの作品ではずっと描かれてきていた。
そんな下地があるからこそ、彼らの気持ちに共感できるのである。

テッシンもヒマリもキャラあるじゃん! という声があるかもしれないが、キャラ付けされているのと魅力があるのは全く別の問題だ

この問題がどこに起因するものかは分からない。メインライターの力量なのか、スケジュールの都合なのか、感染症による都合なのか、はたまた25話という話数に限界があるのか。この点は次作でしっかりと改善して欲しい。マジで。

逆に特撮パートで言えば、細かい不満はあれど全体を通して高い水準の物を見せてもらえたなと感じる。というか仮に特撮の出来も悪かったら、本当にこの作品自体がゴミカスと化していた。それこそ人形爆破をこの令和時代に観ることが出来たというのは本当に嬉しい。
トリガーは全体的に戦闘パートの尺が長かったという印象もある。それでいてその特撮の質が高かったのだから大したものだ。(その尺の長さのせいでドラマパートが割りを食ったという説もあるのだが)

だからこそ、その描写の薄さが原因で作品に感情移入し切れなかったというのが悔やまれる。

イグニスというキャラは本当に偉大だった。彼に関しては22話の時に褒めちぎったからここでは多くを語らないが、トリガーという作品を支えた功労者である事は間違いない。

各話の中で順位をつけるとしたら
1位:6話『一時間の悪魔』
2位:22話『ラストゲーム』
3位:16話『嗤う滅亡』
4位:9話『あの日の翼』
5位:7話『インター・ユニバース』
特別賞:19話『救世主の資格』
という感じだろうか。あくまでざっくり。

NEW GENERATION TIGAとはなんだったのか

新時代のティガとはなんだったのか。これは「僕は光であり人である。そして闇でもあるんだ」というケンゴの言葉に集約されるのだと思う。「光VS闇」の構図だったティガに対して、「闇も拒絶したりせずに世界中のみんなを笑顔にしたい」という言葉にはまさに新時代を感じさせられる。
もしかすると彼は、春野ムサシや大空大地に近い思想の持ち主なのかもしれない。善も悪も関係なしに、皆が笑顔になれる世界をケンゴは目指したのだろうか。

そう考えると「笑顔」というゴールはとても素敵なものなのだなと考えさせられる。善人でも悪人でも、大人も子供もおねーさんも、宇宙人だって誰だって笑っていいのだ。そしてその笑顔は誰かの力になる。その笑顔の連鎖が世界中を、ひいては宇宙中を幸せにするのではないだろうか。そんな事をふと思った。(だからこそ「笑顔」という言葉を劇中でもっと掘り下げてほしかったのだが)

とはいえこれが作品全体を貫くテーマだったかと言えばそうでもなく、最終話でようやっと描かれただけというのが少し勿体なく感じる。(基本的に害なす怪獣は問答無用で倒すというスタンスだし)

どうしても個人的な評価は高くなりきらないが、その挑戦には敬意を表したいと思う。

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