彩りと心のしわあわせ【第14話】こころをひらく
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【第14話】こころをひらく
「あやめ、ただいま〜。ここなちゃんと一緒に来たよ」
律輝が、彩芽に声をかけると、玄関まで出てきてくれた。
「お邪魔します。あーちゃん、休んでただろうに、急にごめんね。」
「え、全然大丈夫だよ〜。今日は特に調子良さげだったし!」
申し訳ないと思っていたから、お世辞であっても、そう言ってくれるのはありがたい。
彩芽は、わたしに対してお世辞を言うようなタイプではないことを知っている。
律輝が、飲み物を準備してくれている間に、わたしはリビングに通された。
「それで、話ってなーに?」
彩芽は、話を聴く体制に整えながら、尋ねてきた。
ふたりがリビングに揃ったことを確認した後、話し始めた。
わたしは、最近の店内の様子と、るいさんの変化を伝えた。
そして、わたしの「こうなったらいいな」と思い描いている夢を語った。
一進一退、もしくは、そこまでも至らない進歩かもしれないけれど、それを信じて応援できるような場でありたいと思うようになったこと。
そのような場が喫茶店という、日常の中にある場であることに、とっても大きな意味があることに気づいたことを話した。
わたしが、【喫茶 カラフル】に、かける想いを伝え、今後の展望としても、地域にとって唯一無二の存在になりたいことと、そのためには、すぐにそのような場になることは難しいため、今から少しずつ準備していきたいと思っていることを話した。
「あーちゃんが、わたしに最初に喫茶の手伝いをお願いしてくれた時、あの地域に人気な場所にしようと思ってるって話してくれたんだけど、それって具体的にどんなイメージだったのかな…と思って。それを確認したかったんだ。」
誰かに、ここまで心の内に眠っている野望を話したのは、初めてだったかもしれない。
家族だからこそ、言えたことはなかった。
熱い姿を見せるのは、バカにされると思っていたこともあったけれど、伝えるのは今しかないと思った。
緊張して、手に汗を握っていたことに気づいたのは、自分がひと通り話し切った後だった。
最初に口を開いたのは、彩芽ではなく、律輝の方だった。
「ここなちゃん、たくさん考えてくれてありがとう。彩芽が最近、店に出られない日が増えて、苦労をかけているなあと思っていたんだけど、最近のここなちゃんは、とっても輝いているように見えていたんだよ。なんでだろう?と思っていたんだけど、話を聞いていて、わかった気がする。自分の目指したいところだったり、やりたいことを見つけられたんだね。」
「僕たちは、ふらっと来た方であっても、ホッとできる場所にしたかった。生きづらさを感じている方って、たくさんいると思うんだよね。ここなちゃんには、そのように見えていないかもしれないけど、僕たちだって感じている。でも、ありのままの自分でいられる場所が1つでもあると、少しは世界が違って見えると思う。」
「そんな僕たちにできることは、安心できる場の提供だと思ってた。企画まではできない。その発想する視点を持っていなかったから。だから、ここなちゃんが心を込めて接客してくれていたり、今回みたいに、こういう事ができるんじゃないか?っていう提案は、とてもうれしかったし、やってみたいと思ったよ。」
律輝が話し終えたタイミングで、彩芽も話し始めた。
「ここちゃんは、やっぱり、繊細に物事を見る力があるよね。るいさんの心境の変化だってそう。私たち、わからなかったもん。」
苦笑しながら、話し続ける。
「私も、出産してすぐは店に出られない日が増えると思う。でも、思うんだ。あの場所は、少しの間行けない期間があったとしても、きっと私を受け入れてくれるはずだ、一緒に成長していく場所なんだ、って。孤独じゃないということを、優しさや想いで繋がりあえることもあるんだ、ということを、身を持って知った場所だから。おばあちゃんの想いも、手を合わせたあの日から繋がれていると信じているから。私も、ここちゃんと一緒に、挑戦していきたいなと思うよ。だから、これからも、よろしくお願いします。」
ふたりの話を聴いて、わたしは涙が止まらなかった。
勇気を出して、心を開いたら、つながりが深まった気がした。
話をしていて、思い描く未来を想像しつつも、今一番先に行うことは、自分たちだけで抱え込まないようにする体制を作ることだ。
協力者を探すことにした。
わたしたちの中では、一択だった。
とある日の喫茶営業終了後、るいさんとわたしは、いつものように店内清掃をしていた。
るいさんは、朝に庭の手入れをしてから、一旦自宅に戻り、お昼すぎに到着して、ランチを食べてから、営業終了後に掃除を手伝ってから帰るという生活リズムができるようになってきた。
そうたくんのママが、週3回パートに出るようになり、帰りが少し遅くなる時だけ、喫茶に顔を出すようになった。その日は、るいさんと一緒に宿題をするのがそうたくんの定番だ。
そうたくんは、勉強が苦手な方みたいだけれども、るいさんが工夫を凝らして教えてくれることで、興味を持つようになったみたい。
そうたくんのママは、るいさんにとっても感謝しており、飲み物をごちそうしているようだ。
るいさんは、この日も、そうたくんの宿題に付き合ってくれていた。だんだん授業が進んでいくごとに、教えることも増えてきて、やや疲れている様子が見えながらも、どこか充実している感じが見て取れた。
「こんばんは!」
彩芽が元気にお店に入ってきた。
「るいさん、お久しぶりです。いつも、るいさんのお話を、ふたりから伺ってました。手伝ってくれて、本当にありがとうございます。」
と、彩芽が声を掛けると、るいさんは突然のことで驚いたのか、会釈するだけにとどまった。
驚いたのも、無理はないだろう。
店内には、喫茶のスタッフ3人と、るいさんしかいないのだ。
不安そうなるいさんに、わたしは声を掛けた。
「るいさん。お話したいんですが、お時間ちょっとだけいただいていいですか?」
「は…はい。」
「お金が請求されるとか、そういう話ではないので、安心してくださいね。」
と、彩芽が伝えた。
律輝が、人数分のホットルイボスティーを用意し、丸テーブルに座った。
わたしが、先に話し始める。
「るいさんが、いつも手伝ってくれて、わたしたちものすごく助かっていました。この喫茶が、一度立ち止まっても、戻ってこれるような場であれたことに、心からうれしく思っています。その一方で、るいさんに何も差し上げることができていなくて、心苦しく感じていたのも事実です。なので、そのあたりのことをご相談したくて、今日お時間をいただきました。」
律輝が、店主として、お願いした。
「この後、彩芽が出産を機に、店に出られなくなる期間が増えると思うのです。もちろん、何もしていないわけではないのですが、直接的な店での仕事ができないと見込んでいます。そこで、お願いなんですが…、【喫茶 カラフル】の店員として、お仕事を始めてみませんか?」
るいさんは、驚かれた表情のまま、固まっていた。
彩芽が、話を続ける。
「最初は、これまで通りのことをやっていただけたらと思っています。接客は、無理しなくて大丈夫です。それは、ここながやると思うので。るいさんのこれまでの経験や生活は、わたしたちの喫茶にはとても価値があるものだと思っています。なので、一緒に盛り上げていただきたいです。」
返答できない様子のるいさんを見かねて、わたしは、伝える。
「るいさんが、今喫茶に対してしてくださっていることは、価値があることですし、対価が発生して当然のことなのです。これまで、ごちそうしかして来れなかったわたしたちは、とても反省しました。この場所は、るいさんにとってだけでなく、わたしたちにとっても、ステップアップしていく場になると思っています。今日すぐにお返事でなくても大丈夫ですので、考えていただけませんか?」
るいさんにとっては、予想だにしない提案だったことだろう。
少しの間、沈黙が続いた後、るいさんが口を開いた。
「誰かに存在を認められて、必要としてもらえたのは、初めてです。うれしいです。皆さんのお力になれるのなら…。天国のよりさんにも恩返しになるのなら…。足を引っ張らないように、頑張りたいです。」
「それって…もしかして、協力していただけるということですか?」
律輝が、おそるおそる尋ねた。
「はい。よろしくお願いします。」
この日初めて、るいさんは、わたしたち一人ひとりの目を見て、話した。
そこには、決意と覚悟が見えた気がした。
早速条件について確認をして、半月後の5月1日から働き始めてもらうことになった。
第15話(最終話)へ続く
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