[映画]ネバーエンディングストーリー

 こんなに古い作品をなぜ今、と書いているわたし自身も思う。たいした理由はなく、たまたま配信サービスで見つけたので見てみたのだ。

 実に三十数年ぶりに見た。前に見たのがいつかは覚えていないけれど、映画館に見に行った記憶はないので、おそらくテレビで放送されたときだろう。見たのはその一回きりであったけれど、主題歌や劇中の音楽はいくつも記憶に残っていた。

 今夜これを見るまでのわたしの記憶は、小学校の図書館にあった「はてしない物語」と、テレビで見たはずの吹き替え版がミックスされたものであったと思う。

「はてしない物語」を初めて読んだときのことは今もよく覚えている。

 小学校の図書館で、この本はおそらく当時3年生か4年生だったわたしには、すこし背伸びしてトライする本だったと思う。立派な装丁で国語辞典ほども厚さがある。この物語を読みたいという気持ち以上に、この本を読破したい、読破できる自分に会いたいという思いのほうが強かったように思う。そしてわたしは、全編を読み終えるまで、学校の図書館で借りては期限で返却してまた借りる、ということを繰り返した。

 そしてこの本は、それまで読んだどの本とも違うワクワクをくれた。おかげでその時以来一度も読んでいないのにその感動をよく覚えている。

 この本は冒頭、主人公のバスティアンが「はてしない物語」という本に出会うところから始まる。その本を手にしたバスティアンのシーンは印象的だ。それがどんな本なのか細かく描写される。この部分は各国語の翻訳版でどうなっているのだろう。その国で発売される装丁に合わせて描写されているのだろうか。それとも、原作の描写そのままの装丁で本を作っているのだろうか。バスティアンが手にした本はこんな装丁、こんな大きさ、こんなふうにタイトルが書かれ、こんな模様が描かれているといった描写がすべてそのまま、まさに今自分が手にしている本のことを指しているのだ。

 震えた。「はてしない物語」は劇中劇、小説内小説である。バスティアンという主人公がアトレーユという主人公の物語を読むという物語だ。このような構造の作品をおそらく、わたしはそのとき初めて読んだ。物語の外と中がつながる感覚。メタ・フィクションの初体験であったろう。

 今回久しぶりに映画版を見てみたけれど、この映画は子供向けを意識しすぎてか展開が早すぎる。それに1984年の作品にしてはSFXが極めて稚拙だ。造形に金をかけすぎて合成がひどいことになったのかもしれないけれど、同時代の他の作品群と比較しても群を抜いてショボい。

 そしてこの映画もラストが実にひどい。三十数年を経て再会したけれど、映画こんなもんだったんだなあという印象であった。やはりわたしに大きな感動をくれたのは本の方だったのだろう。

 ちなみにどうでもいい邪推になるけれど、映画でアトレイユを演じた俳優がノア・ハサウェイという名前だ。どこかで聞いたような名前だ。

 そう。ガンダムの逆襲のシャアに登場するブライト艦長の息子、ハサウェイ・ノアだ。ブライトさんがノアという姓なのは最初のガンダムのときかららだが、息子にハサウェイという名前を付けたのはこのノア・ハサウェイからとったのではないだろうか。


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小説を書いています。 https://kakuyomu.jp/users/rain_suzusame ヘッダ絵は勅使河原 優 さん(https://note.com/m4teshigawara
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