てんぐのノイエ銀英伝語り:第36話 要塞対要塞 AktⅢ 魔術師の帰還〜勝敗を分けた“雑談”と“公私混同”というファインプレー
要塞対要塞の戦いもいよいよ佳境に入りました。
サブタイトルは「魔術師の帰還」ではありますが、今回の勝敗を分けたのは、英雄でも魔術師でもない、“第三の人物”でした。
心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのさ(英雄にはなれるけど)
何やら「俺の周りって、俺を理解してくれる奴がいないんだよなあ」とアンニュイになってるラインハルトですが、権力を握るってそういうことなんですよね。
ついでに言うと、双璧増派にしても、ケンプの「わが軍、有利!」に対する「猶予付き作戦中止勧告」なんでしょうが、だったらそうとハッキリ言えば良かったんですよ。そういう回りくどいことをするからますます孤立しちゃう。
それやこれやで、残酷かなとも思いますが、この名曲のこの名フレーズも浮かんでしまうわけです。
やはり心に愛がないと、“英雄”にはなれても、スーパーヒーローにはなれないんでしょうなあ。
同盟軍、この期に及んでなにやってるのか
劇場公開時に買ったパンフによると、ヤン艦隊から引き抜いた熟練兵は、全て首都防衛を任務とする第一艦隊に編入されてるそうです。
熟練兵引き抜きの目的は、本国で再建中または新設された各部隊の中核人員として、同盟軍再建計画の推進というところだと思ってました。それなら、イゼルローン方面では不満があっても筋は通るんですよ。
それがまさか、首都防衛しか考えてなかったとはねえ。
「だってヤン艦隊がアルテミスの首飾りを全部吹っ飛ばしたから」って言い訳をしたいんでしょうが、だとすると、じゃなんでヤンをわざわざ首都まで呼びつけて査問会で嫌味垂れてんのって話でして。
ついでに言うと、いまの第一艦隊は、多分従来の定数を越えて増強されてそうです。
これは恐らく、トリューニヒト派の言う事を聞かないビュコック司令長官をお飾りにして、パエッタ中将の第一艦隊司令部を実質的な宇宙艦隊総司令部にしようって軍部内政治工作でしょう。
まあ、パエッタ中将が必ずしもトリューニヒト派の靴を舐めるような人物とは限りません。むしろ、会議の席で第二艦隊時代の“ごくつぶしのヤン”を小馬鹿にして笑ってた幕僚たちを睨みつけて、その自分への追従狙いの笑いをやめさせた、そんな人物ではあります。
それだけに、ヤンの指揮下でのイゼルローン救援に第一艦隊出動許可がでなかったのは、パエッタ中将にとっても不本意かもしれません。
というか、やっぱド低脳なんだよなあ、同盟本国の連中って。
前線指揮官としてのケンプの限界
前回のイゼルローン要塞突入作戦といい、今回の同盟軍救援艦隊と要塞駐留艦隊各個撃破作戦といい、ケンプの作戦指導は緻密です。問題は、あまりにも緻密すぎて、どこかでミスや不首尾が生じただけで全体が破綻するような精密機械じみた作戦になってしまうところです。
また、振り返れば、第1シーズンでの帝国領侵攻作戦での帝国軍総反攻で第13艦隊(ヤン艦隊)相手に苦戦を強いられたときもカリカリしてました。
普段は感情を抑制できるし、ちょっと前に揉めたミュラーからの進言も意識して受け入れるなど、主将としての器量もあります。
でも、本質的には、ケンプって人はナーバスなのかな。
自分の仕事の範囲においてはミスやトラブルというものを忌避し、細かい指示によって管理したがる、そういうタイプなんだとすると、ケンプって軍務省の官僚とか、あるいは物資輸送や軍事土木に関する後方勤務の方が適正があったのかもしれません。
少なくとも、臨機応変が求められる前線指揮官としての限界は、この緻密な作戦立案の段階で認められてしまいました。
同盟軍の珍兵器、ランサー・スパルタニアン見参!(まあ、ポンコツだよなあ)
ガンダムでいうMSVみたいなユニットが銀英伝で出てくるのって、結構斬新で面白いですね。
まあ、このランサー・スパルタニアンについては、控えめに言ってポンコツ珍兵器の類だとは思います。
コンセプトとしては、戦列歩兵みたいな布陣で戦う艦隊に対する散兵のようなユニットとなることを目指したんでしょうが、実際には火力は強化したにしても決定的には程遠いし、射程距離もさほど伸びてない。何より回避能力はゼロになるときては、自分の技量で死神の鎌を掻い潜れるのが戦闘艇パイロットの矜持であり特権を剥奪してるのも同然。そりゃパイロットも元撃墜王のケンプも表情が険しくもなります。
むしろ、搭乗してくれるだけでもパイロットの魔術師ヤンに対する信望の強さの証明ってものです。
そんなポンコツ珍兵器でも、地の利さえ活かせれば有効活用できてしまえる、それが魔術師ヤンの真骨頂なんです。というか、それができるってことは、この人はメカニックにも強いんだろうなあ。
要塞の運命を分けた“雑談”と“公私混同”というファインプレー
帝国軍の作戦意図と周辺状況を完全に読み切り、そしてヤンの救援艦隊が最も望んでいた作戦行動へ導いてくれたユリアン・ミンツ。この瞬間の彼は、いわば魔術師の依り代でした。
これ、帝国軍にしてみたら、救援艦隊とイゼルローン要塞の双方に魔術師ヤンが同時に存在して、精神も同期してるようなものですからね。ミュラーからしたら「そんなのアリか!?」ってくらい理不尽な話です。
また、ちょっと面白かったのが、キャゼルヌ先輩のユリアンへの意見の聞き方です。
本来なら、いち下士官が司令部に直接意見を具申なんてできるわけがありません。でも、「キャゼルヌ個人がユリアンに対して“雑談”をする」ということなら話は別です。「ヤン提督の一番弟子」、魔術師ヤンの一番の理解者に忌憚なく意見を言わせるために、“雑談”という状況を即座に作れるキャゼルヌ先輩と、その意図を汲み取って傾聴し続けたムライ参謀長以下の面々の“公私混同”は、まさにファインプレーでした。
撃墜王ケンプの翼は、いまだ折れず
かくしてイゼルローン要塞攻略への道は断たれたケンプですが、ここから先の彼がとんでもないんですよ。
「要塞に要塞をぶつける」というイカれた発想の、更に向こう側に行きついた撃墜王の姿を、どうか目に焼き付けてください。