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【セダンな二人】 #796


「あのカップルまた泊まってるわよ
もういい加減言った方が良いわよ

アナタ店長に言ってきてよ」

「僕がですか?
山田さん自分で店長に言ったら良いですやん」

「店長はアナタがお気に入りだから
アナタの言う事ならしてくれるから
さぁさっさと言っといで」

「はぁ…」


なんでいつも僕が店長の伝書鳩なんだよ


「あっあの店長ぉ」

「おっ田中くんじゃないか
どうしたんだね
まだ店は開いたばかりじゃ無いか」

「いや実はですね
ほらっ先月からずっと居座ってる
セダンのカップル
また今日も駐車場に泊まってたみたいなんですよ」

「そーなんだ」

「そーなんだって
良いんですか?

理事の耳に入ったらどうするんですか?」

「えっ!あのポンコツのじいさんか?
アレは大丈夫だ」

「でっでもぉ
山田さんも何か朝からその事でプリプリしてて…」

「ああっ
あの人はいつもプリプリしているから大丈夫だ
むしろニコニコしている方が気をつけた方が良いぞ」


「でもね店長
あのカップル
ずっと居座り続けて
それが他の人にも伝染しちゃったらどうするんですか?」

「大丈夫だよぉ
ここはホレ見てみろよ
日本一駐車場が広いサービスエリアなんだぞぉ
10台20台増えた所で何てこと無いさ」

「でもねぇ
トイレとかも勝手に使ったりしてるんですよ
朝はあそこで歯も磨くし」


「トイレは誰だって無料で使ってるじゃないか
それにあそこで歯を磨く人は多いぞぉ
大丈夫だって」


「でもでも
お願いします
一回だけで良いんで
一応注意だけはしといて下さいよ」


「もう
しょーがないなぁ
そこまで言うんなら
一回だけだぞぉー」

「なんでそんなに明るいんですか
早朝から」

「アッハッハ
それしか俺の取り柄が無いってね

まぁじゃあ行ってくるよ」


店長はニコニコしながらセダンに向かった



店長はセダンにノックをした


「あの早朝からすみません
おはようございます」


ウインドーが開いた


「あっ」


何か気弱そうな中年カップルが気まずそうにこちらを見た


「早朝からすみません
実はですねぇ
こちらのサービスエリアの駐車場は仮眠を取るのは構わないんですが
住まれるのはダメらしいんですよ

見えますかねぇ
あそこに看板が立っていて
そー書いてあります

僕が決めた訳じゃ無いんですがね
一応店長という立場を頂いておりまして
一応注意喚起というか
一応お伝えしないといけなくてですねぇ」


「あっ
すみません

ここのサービスエリアがあまりにも素晴らしくて
一度来たいと思いまして
わざわざ東北の方からやって来たんです」


店長はクルマの前に行きナンバーを確認した
横浜ナンバーだった

「東北から
それはわざわざありがとうございます

でこのサービスエリアは如何ですか?」


「はい
もう最高でして
いらっしゃるスタッフの皆様の接客も素晴らしいですし

ホラ名物のラーメン
あれが美味しくて

あっそれからモーニングサービスも充実していて
一日中居てても飽きないんです

それからこの街の資料館も併設されているじゃないですか
素晴らしい所ですよねぇ」


「これはこれは
誠にありがとうございます

一応もう一度だけ言っておきますね
お客様には大変感謝しておりますが
毎日来て頂いて結構ですし
仮眠は構いません
でも住まないで下さいね」


「ええっええっ
それは分かっております
ですので24時間は居ないようにしております」

「なるほど
それならば仮眠ですかね?」


「そうですとも
そうですとも」

「分かりました
良い旅をお楽しみ下さい」



店長はニコニコして帰って行った


「なぁなぁ田中くん
言っといたよ」

「何て言ったんすか?」

「ここには住まないで下さいねって」

「そしたら何て言ってました?」

「それがねぇ
毎日24時間は居てないそうなんだよぉ
しかも
ちゃんとお金も落として下さってる
で資料館も褒めてもらったりね

なんかねぇ東北から来たんだって
ここが気になって
あっでも横浜ナンバーだったけどね」


「何なんすかそれは!」

「いやだから
住まないでねって」

「はぁ…
僕 山田さんに何て言ったら良いんですか?」

「そのまま伝えたら良いじゃないか」

「そのままっすか」

「そう
そのまま

アッハッハ」


店長はそう言い残しバックヤードへと消えて行った

大丈夫かなぁ


「あっ山田さん
店長が」

「見てたわよ」

「見てたんすか」

「何かオーバーアクションで
大笑いしながら話してたわよ
あれって注意?
し・た・の??」

「一応注意したそうです」

「でも最後
頭下げてたわよ」

「ホントですか」

「見てたもの」

「でも一応…」

「もう良いわよ
ったく
どいつもこいつも
朝から使えない奴ばっかりなんだから」


そう言って山田さんはレジへと戻って行き裏声で接客し始めた

僕も仕方なく食堂の厨房に戻った



結局
あのセダンのカップルはその後も毎日毎日居座った
確かに時々居なくなる
でも一時間くらいしたらまた戻って来ている
何処行ってんだろう


数週間それは分からなかったのだが
ある日空白の一時間が分かった

サービスエリアからはすぐに自動車道の出口に繋がっており
そこを出た所にスーパー銭湯があり
そこの駐車場にあのセダンが止まっていた
ああぁなるほど風呂に入ってたんだな
しかし一時間で戻るって
確かにここ迄はすぐだけども
サービスエリアに戻ろうと思ったら
ひとつ前の入口迄行ってそこから戻らないと行けないどう考えても20分はかかる
一瞬で出てこないと行けない
凄い早技だな

余談だが
ひとつ前の入口から入りサービスエリアの出口から出ると実はこの区間は無料なのだ
だから自動車道の料金はかからない
しかもサービスエリアに止めるのも無料
朝昼晩と二人で飲み食いしても節約したら2〜3千円で済む
普通に旅館に泊まったらそんな訳には行かない

しかしなぁ
いくら気に入ったからと言って
毎日毎日ここに居て楽しいのかなぁ
ストレスとかって溜まらないのかなぁ


また山田さんが近づいて来た

「ねぇねぇ田中くん
全然変わらないじゃないの」

「でも
時々ラーメンとか食ってくれますよ
山田さんとこでも何か買ってるでしょ?」

「そりゃちょくちょくは買ってくれるけど
こう毎日あそこにクルマが止まってるのを見たらイライラしてくんのよ

私が出勤して帰るまでずっとあそこに止まってるのよ
もういい加減にしてほしいわ

ちょっと
もう一回店長に話つけるよう言ってきてよ」

「また僕っすかぁ」

「言ったでしょ
店長はアナタの事がお気に入りなんだから
何とかしなさいよホラ」

「分かりましたよ
で店長ってバックヤードですか?」

「さぁ
そー言えば見かけなかったわねぇ
何処でサボってんのかしら」


「あっ山田さんあそこほら」

「あそこって?」

「ホラ遊具のあるベンチんとこ」

「ああっ
アイツ何やってんだよ
ビニール袋渡して
一緒にベンチ座ってんぞ」

「ホントですねぇ
何か食いもんすよ
店長何か買ってました?」

「買って無いわよ
多分出勤前にどっかコンビニで買って来たんじゃない?」

「なんでわざわざそんな事するんすか」


数分して店長がニコニコしながら帰って来た

「おっはよー田中くん」

「おっはよーじゃないですよ
何餌付けしてるんすか」

「餌付け?
あっあれね
いや朝ね急にお腹空いてさ
コンビニ寄ったんだけど
買ってクルマに乗ったら
食欲無くなっちゃったんだよ
面白いよねぇ
だからさぁ
勿体ないと思ってプレゼントしたんだぁ

アッハッハ」


それだけ言い残して
店長はバックヤードへと消えて行った



不思議な事に店長がコンビニの食べ物をあげた次の日からパタリとセダンのカップルは居なくなってしまった

何か言ったのかなぁ

山田さんもストレス発散の材料が無くなってつまらなさそうだ



でも山田さんも田中くんも知らない店長とセダンの二人との物語があった

最初に注意した日以来店長は時間を見てはセダンの二人の所へ行っていた

毎日話しているとセダンの二人もどんどんと打ち解けて来て
ホントの事を話してくれた

セダンの二人は夫婦で若くして子供を亡くしその後二人きりの生活を送っていたのだけれど10数年前に一匹の保護犬と出会い
その犬を飼っていたらしいんだけど
去年老衰で亡くなったらしい
夫婦二人はもう生きていても仕方が無いなって思った時に
たまたまテレビの特集でこのサービスエリアを見たらしい
で二人で相談して死ぬ前に残ったお金で好きなだけあのサービスエリアで過ごし無くなったら死のうと決めたそうなんだ

でも毎日店長と話をしている内にまだ自分たちも店長みたいに誰かのお役に立てる事もあるかもしれないって思った
だから死ぬのは止めにしてもう一度一からやり直す決心が付いたそうで
店長にもう一日だけ泊まらせて下さいってお願いしていた

で僕と山田さんが見たのは最後の別れの朝だったみたいだ


あのセダンの二人は
何処かで前向きに生きているだろう






ほな!

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