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【ハードロック】 #857


私の家の私の部屋から見える
斜め前の家

真正面では無いけど
同じ2階の窓

高校生くらいの髪の長いお兄さんが居る
あまりカーテンを閉めない

小学生だった私は
特に夜になるとカーテンの隙間から
時々観察していた

上半身裸で頭ふってたり
上半身裸で歩き回っていたり



俺の家の斜め前に家がある
ちょうど同じ2階のよく見える窓に
女の子の姿が見える
多分小学生だろう

俺たち家族は最近引っ越してきたばかりなので
近所付き合いも無いし
知り合いも居ない

亡くなったおばさんの家
うちの親父の姉さんの家を相続した
おばさんもどうやらあまり近所付き合いをしてなかったみたいだ
変わった人だったからな

斜め前の少女
可愛いんだよ
時々単眼鏡で覗き見している
別に変わった事してる訳じゃないけど
とても美人で可愛いからついつい観てしまうんだよ

俺は通信の高校生だから
人と付き合う必要があまり無いんだ
というか人付き合いが嫌だから通信にしたんだけど

ただなんて言うか
完全に下界と分断されるのも社会性を失うような気がして
自分は別に狂った人間だと思っていない
そう思っている
なので社会との繋がりを遮断しないようにカーテンは常に開け放してある

そしたらその斜め前の少女を見つけたのさ



この間
家の前を通ったらお兄さんの部屋から
聞いた事の無いような音楽が流れていた
なんていう音楽なのかしら

夜になってカーテンの隙間から
お兄さんを観察すると
やはり相変わらず上半身裸で
ギターを持って頭をふっていた

頭クラクラしないのかしら

近いけど遠いから顔とかはよく分からない
一体何してる人なんだろ



ある日の事
家の前で洋服を着たお兄さんとバッタリ出くわした
私は胸がドキンってなった

「こんにちは」
って頭を下げて家に逃げた

ああっビックリした
初めて間近でお兄さんの顔見た
案外格好いいのね
ちょっとだけアイドルっぽい顔してたなぁ
それよりいつも上半身裸しか見てないので洋服姿がおかしく感じた
それが普通なのに
私の中では上半身裸がお兄さんのイメージ



さっきはビックリしたよ

家の前を通ったら
いきなり出てきて
「こんにちは」って言って
また家に引っ込んだ

なんだ?
狙い撃ちか?

まぁ良いけど
やっぱ可愛いよなぁ



それからまた数週間の時が経ち
俺はスーパーにアイスを買いに出かけた
そしたら下校中の少女にまた会った

そしたらまた
「こんにちは」って言ってくれたので
俺も「やぁ」と返した

なんだか面白くなったから
それ以来
時々下校時間に合わせて外出した

会える時もあったけど
会えない時もあった


何度も会ってる内に俺たちの会話は増えた

「こんにちは
どこ行くの?」

「アイス」

「またぁ」

「ああ」

「じゃあね」



最近お兄さんとよく会う
どうしてかしら

でもそのお陰で短いけどお話できるようになった
格好いいなぁ
私がもうちょっとお兄さんと同じくらいの年齢だったら良かったのに


私は次に会ったら聞いてみたい事がある



今日は狙い撃ちじゃなく
ホントに偶然家よりも随分と離れた場所で偶然出会った

「わっビックリした
お兄さんこんな所でなにやってるの?」

「郵便局の帰りさ
今学校の帰り?」

「うん」

「早いな」

「だって今日土曜日だもん」

「あっそうか
土曜日か」

「そうだよ
ねぇねぇお兄さん」

「なんだよ
お兄さんにどうしても聞きたかった事があるの」

「な なんだよ」

「あのね
時々お兄さんの部屋から
私聴いた事の無い音楽が聞こえてくるの
あの音楽はなに?」

「あれかぁ
あれはなぁ
ハードロックって言うんだよ」

「ハードロック?」

「そう」

「ハードロックってなに?」

「ハードロックはハードロックだよ
ハードなロック」

「全然分かんないや
ねぇねぇ今からそれ聴かしてくれない?」

「えっ今から?
別に構わないけどさぁ
大丈夫なのかよ
知らない人の家に上がり込むなんて」

「知らない人じゃないじゃん
家斜め前だし
ちゃんとお母さんに言ってからにするわよ」

「分かったよ
じゃあその間に部屋片付けとくから
来たらピンポンして
うちも母ちゃんに言っとくから」


グイグイくるんだなぁ最近の小学生は


10分程して少女が来た
下で声がする
覗いてみたら
うちの母ちゃんと少女のお母さんが話をしていた
でお辞儀をして帰ってった

まぁこれでひと安心だ
近所から変な目で見られたくないしな


「ヤッちゃん
ナオミちゃんが遊びに来たよ」

「分かった」

ドアを開けて中へ入れてやった

「うわぁーすごーい
でっかいスピーカー
これ私の部屋から見えなかった」

「なに?
覗き見してるの?」

「覗いてるんじゃなくて
カーテン閉めてないから見えるじゃん」

「ああそうかぁ
まぁ良いや
名前ナオミってんだな
じゃあナオちゃんだな」

「うん
ヤッちゃん」

「ヤッちゃんはよせよ」

「だってヤッちゃんって呼ばれてたじゃん」

「それは母ちゃんだから
ってかもうヤッちゃんでいいや」

「うん
でハードロック聴かせてよ」

「よし
じゃあまずはこれだな」

「これなんて言う人?」

「これはなぁディープ・パープルってんだ」

「ふぅ〜ん
どこの人?」

「イギリスのアーチストさ
ちょっと待ってな
今かけてやるから」

「ヤッちゃん
ココにお菓子とジュース置いとくからね
ナオミちゃんは小学生なんだから
時間はほどほどにね」

「分かったぁ

さぁかけるぞ」



スゴいボリュームで私はビックリした
これがハードロックって言うのね
聖子ちゃんやマッチと全然違う

ブンブンしてる

その後も色々なハードロックを聴かせてもらった
私も高校生だったら良いのに



あの日以来ヤッちゃんの部屋には行っていない
外では時々出会ってお話なんかはするけど

私が中学2年の時にヤッちゃんは居なくなった
ヤッちゃんのお母さんにイギリスに留学に行ったって教えてもらった

やがて私もヤッちゃんと出会った頃の高校生になり彼氏もできた

ヤッちゃんは相変わらず帰ってきていない
どんな風になってるんだろ?


私は県外の大学に通い一人暮らしをし卒業後も大学のある県の企業に就職した

盆と正月には帰省している


この間
お正月に帰省した時だった

久しぶりにヤッちゃんと会った

ヤッちゃんはもうロン毛では無く
普通の髪型で結婚もしており
小さなお子さん連れだった

「やぁ〜
ナオちゃん?
久しぶりだねぇ
大人んなったなぁ
元気かぁ?

これ嫁さんとうちの子
可愛いだろー」

「ヤッちゃん
久しぶり
パパなんだね
結婚してたなんて知らなかったよ
ってかそんな短いの初めて見たよ
面白い

引き止めたらアレなんで家に入って下さい
私も寒いから行きます

良いお年を」


そう言って別れた
なんかちょっとだけフラれたみたいな気分になったのと
普通の髪型のヤッちゃんは別人のようで
そんなにもトキメキは無かった





ほな!

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