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[小説]深夜のスイート

「なに、してるの」
 急に背後から声を掛けられ、彼はびくりと小さく体をふるわせる。その様子は、悪戯を見つかった子供のようだった。
「いや、別に……」
 彼は振り向き、説明しようとするがその前に背後の電子レンジが短い電子音を響かせた。ちなみに目の前にいるのは、つい半月ほどまえに結婚を済ませた彼女であった。
 まだ新婚といって差支えない二人の間に、なんとなく気まずい沈黙が落ちる。
「りょうり?」
 彼女の問いかけ。ちなみに今は深夜2時をすこし過ぎた頃。あまり料理をする時間ではない。ちなみにここは、新居の台所謙リビング。本来ならば彼女は隣の部屋で寝ているはずだった。そう判断して、彼はひとりリビングの机にノートパソコンを広げて、仕事をしていたのだった、
「ええと……いや、休憩に、ちょっと甘いものを」
「ん?」
「仕事が煮詰まってきたから、休憩で」
「なに?」
「ハーゲンダッツをレンジで5秒温めてました」
「そう」
 なんとなく上目遣いで視線を逸らしがちな彼と、表情が読み取れないままにまっすぐ彼の顔を見ている彼女。
 なんとなくこのやり取りだけで、二人の普段からの力関係というものが見て取れた。
 そのまま二人はなんとなく黙り込み。彼は手にしていたスプーンをなんとなく持て余すようにもてあそび。
「ひとくち、ちょうだい」
「あ、はい」
 彼は素直に従い、電子レンジの中からカップのアイスを1つ取り出す。バニラ味のハーゲンダッツは、軽く溶け始めていた。
 机の上にカップとスプーンを置く彼。が、彼女の様子はどことなくおかしく。アイスを食べるでもなくその場に立っているだけだった。
「何かあった?」
「ひとくち」
 彼女はそういうと、立ったままで口を開けた。
「あ、はい。分かりました」
 彼はスプーンを持ち直し、アイスをひと匙すくい上げるとそのまま彼女の口元へ運ぶ。
「あむ」
 そのまま彼女は数回租借したかと思えば、そのまま飲み下す。
「ありがと。おやすみ」
「おやすみ」
 そのまま彼女は部屋を出ていく。
「しめきり、ちゃんとね……」
「はい」
 最後の最後に嫌な事を言い残していく彼女の姿を見送った彼は、部屋の扉を閉め。あらためて残されたハーゲンダッツを見る。
「スプーン……まあ、いいか」
 彼は少しだけ迷うようにそう言うと、そのままバニラアイスをすくい、自分の口へ運ぶ。最初の予定よりも溶けて半分液体のようになってしまったそれは、思ったよりもはるかに甘いくちどけで口の中にまとわりついた気がした。


BAGATELLE on Thursday #0002 / Suite of midnight

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