2.「先輩、好きなものは?」

「お疲れ様です」
「ん、お疲れー」

かしゅ、といい音が双方から鳴る。俺―雪村蒼汰は、大学の先輩である楓先輩と公園のブランコに座って酒を飲んでいた。

「いやー、ちゃんと来てくれてよかったよ」
「そりゃ来ますよ。暇だし」
「あはは・・・あ、そういえば蒼汰くんってタバコ吸うんだっけ」
「あー、そうですね。吸いますよ」

俺はポケットから赤い箱を取り出して先輩に見せる。それを見た先輩は、ほーと言いながら興味深そうに見ている。

「全然そう思えないなあ」
「そうですか?というか先輩、昨日自分で「見た目に騙されるな」って言ってたじゃないですか」
「あれ、そうだったっけ」
「そうですよ、覚えてないんですか?」
「あー・・・言ったような、言ってないような」
「雑ですねえ」

けらけら、と俺と先輩は笑う。本当に気が合う人だ。

「そうだ、先輩」
「んー?」
「先輩、好きなものってなんですか?」
「好きなものー?えー・・・うーん」
「別になんでもいいですよ。少し話のネタになればいいなって」
「あー、なるほど。少し考えるからタバコ吸っててもいいよ?」
「いいんですか?苦手とかじゃありません?」
「全然。まあ1本吸い終わるぐらいには考えておくよ」
「わかりました」

先輩に許可を貰った俺は、わくわくとした気分でポケットから箱を取り出す。1本取り出して、ライターで火をつけた。

「・・・ふぅ」
「あー、やっぱり様になってるね」

先輩は俺を覗き見ながら、さっきと同じような興味深い顔をしていた。

「そうですか?」
「うん。やっぱりちゃんと吸ってるんだなあって感じ」
「そう言われるのはなんだか嬉しいっちゃ嬉しいですねえ」
「そっかあ」

先輩を横目に、また紫煙を肺に叩き込む。この瞬間が楽しみで生きているのもある。そうして数分経つと、1本が吸い終わった。

「ふう・・・ありがとうございます」
「いいよいいよ。小説の参考にもなるしねえ」
「あ、なるほど・・・もしかして、そのために?」
「バレた?」
「別にいいんですけどね」
「だよねえ。で、思いついたよ」
「あ、本当ですか?」
「うん。私はねえ、アニメが好きかなあ」
「アニメって言っても相当あるじゃないですか。深夜枠とか」
「そうだね。私は全部見てるかなあ」
「全部、ってもしかしてニチアサとかそういうものも?」
「うんうん。見てる。仕事柄、色んなものを見て「ほー・・・」って思ったりしてさ」
「そうなんですね」

先輩の眼差しは真剣で、それほどまでに「小説家」っていう仕事に誇りを持ってるんだなって思わされた。

「ここ最近は、兄妹がめちゃめちゃゲームに強いアニメ見てたよ」
「え、あれですか?あれはもう結構経ちましたよね」
「そうだねえ。放送されて何年だっけ・・・」
「えーと・・・」

いつ頃だったかな、と俺達は考える。だが、これをするということは要するに過去を振り返るということで―

「これ、きついね」
「きついですね」

俺たちは二人して、過去の記憶で傷ついていた。

「まあ、いつだったかは置いておこうよ」
「そうですね。でも俺も見ましたよ、それ」
「あ、そうなんだ。蒼汰くんって結構アニメ見るの?」
「俺ですか?そうですね、人並みですかね」
「人並み・・・じゃああれは?猫ツンデレと鈍感男のやつ」
「見ましたよ見ましたよ。あれ可愛かったですよね」
「・・・蒼汰くん、割と見てるね?」

苦笑しながら酒を煽る先輩。それを見て、バツが悪いように俺は頭を掻いた。

「人並みですよ」
「ふーん・・・でもやっぱり見るもんなんだねえ。ちなみにあの兄妹だったらどっちがいい?」
「なるなら妹の方でしょうね」
「え、本当?私は兄のほうだなあ」
「それこそ意外ですね。小説家だったら理系というか、考えるほうが得意なのかと」
「どちらかと言えばハッタリとかのほうが私は好きだよ」
「へえ、やっぱり意外だ・・・」

先輩の意外な一面が知れた。ハッタリ、かあ・・・?やっぱり想像がつかないな。

「ん、空になっちゃった」
「早いですね・・・あ、俺もだ」
「一緒じゃん」
「おかしいなあ」
「もう」

そうして、空になった缶を持って先輩は立ち上がる。

「それじゃ、また明日ね」
「はい。また明日、と言いたいんですが」
「ん?」
「明日は出勤じゃないんですよ」
「あーら。じゃあまた明後日とか?」
「んー・・・あ、先輩」
「んー?」
「連絡先、交換しません?楽ですし」
「あ!その手があったかあ」

忘れてました、とてへぺろの表情を作る先輩。これがまた似合うのだから、女性ってずるいもんだ。

「はい、これでかーんりょ」
「そうですね。それじゃあまた」
「うん、また」