SS:2020-09-08

「手紙」

それは、桜の咲く季節の頃。窓から外を見ているとふと思い立ったことがあった。数年前に遊んでいて、そして引っ越した彼女は元気なのかと。あのときは手紙を書くねといったけれど、一度も書いていなかったのが事実。ただ毎年、年賀状は届くので住所はわかっていた。
最初は電話をしようと思った。でも、電話じゃなにか僕らのやり方とは違うと思って手紙をしたためることにした。

「母さん、レターセットみたいのってある?」
「んー・・・。あったかしら。もしあるとしたら、私の部屋の引き出しかしら。二番目よ」
「わかった」

料理中の母親に聞けば、母の部屋にあると言うので僕は確認しに行った。そうして引き出しの二番目を開けると、ピンク色のレターセットが出てきた。最初は可愛らしいかなって思ったけれど、よくよく見ると桜の柄で今の季節にはいいかなと考えた。
階段を降りていく。ボールペンは確かリビングにもあるから、それを使えばいいかと思った。

「あったー?」
「うん、ありがとう」
「そう。それで、どうしたの?」
「何が?」
「手紙なんて誰に書くのよ」
「ああ、えっと・・・。ほら、あの子いたじゃん。横に住んでた」
「あぁ!あの子ね!」
「うん、そうなんだ」
「そう。じゃあ少し待ってなさい」

そう言うと母はどこかへと向かった。料理は終わったようで、キッチンからはお腹の空くいい匂いが漂っている。

「お腹すいたな・・・。匂い的にはハンバーグかな?でも、デミソースのオムライスかもしれない」
「・・・百面相してどうしたの?」
「わっ、脅かさないでよ」
「あんたがキッチンにいたからでしょうが。はい」

母は僕にペンを渡してきた。これは・・・

「万年筆よ。私も昔良く使っていたわ」
「え?なんで?」
「父さんによく送ってたのよ。懐かしいわね」
「そうなの?じゃあ、このレターセットって」
「そうよ。私がよく使っていたものよ。どうせなら、使ってほしいじゃない?」

僕の持っているレターセットを見た母の顔は、慈しむような、それでいて懐かしむようだった。


「いい?手紙を書くときは心を込めて書くのよ。どんなに字が整っていなくても、不慣れでもいいの。ただ気持ちがこもってない手紙は、相手にもよくわかるからね?気をつけなさい」

母の言っていた言葉を思い出しながら、僕は手紙を書いていく。どんな挨拶にすればいいのかも聞いたら、

「そんな堅苦しいものじゃなくて気楽なものにしなさい。拝啓なんてもってのほかよ」

と、アドバイスまでもらった。だから僕は、こう書き出すことにした。

「お久しぶりです。覚えていますか」、と。


「ねえ、覚えてる?」
「何がだ?」
「こーれ」
「・・・ああ、懐かしいな。いつ頃だったか?」
「もう30年も前になるんじゃない?」
「はは、そんなに経ったか。僕が10代の頃だったからなあ」
「そうね。・・・そういえばね、あの子が「お手紙書くー!」って言うのよ。どうして?って聞いたら、パパとママのたからものだから!って」
「そうか、そうか・・・。じゃあ、レターセットとペンを渡さないとな。あの子にも、こうやって書いてもらわないと」
「ええ。いつまでも大切にしていきたいわね。形に残るものだから」
「ああ。これまでの手紙も、これからの手紙も、大切にしていきたいものだ」

そう言いながら、ピンク色の桜の柄のついたレターセットを撫でるのであった。