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「きこえ」EP2

伊織さんに会えたのは、次の日。
その日の夜にもう一度突撃したら、「もう寝てます」とあの暗い男に言われた。

この辺、寝泊まりも不便。
近くにカプセルホテルとか置いてよ。

風邪引いたら、また有馬先生に看病してもらえそうだけど。
先生のそういうとこにつけこむのは、ずるい気がするし。
小夜子ちゃんに、怒られそうだ。
他の誰から認められなくても良いけど、彼女にだけは顔向けできる自分でいたい。

「はじめまして。いおり、あお、だ」
「主人がお世話になってます。カヨといいます」
「んー。んー?」
伊織さんは首を捻っている。

「アルカリは、なにも、言ってないぞ」
「アルカリ…?」
「うん、手紙に、ない。アルカリは、すきな人なら、すぐ、じまんする」

どうやら、有馬先生から私の惚気話を聞いてないところに引っ掛かっているらしい。
思っていたより、常識的な人だ。

「ええと…彼って恥ずかしがり屋で…」
「……」
「……はい、ごめんなさい。ただ助けられて私が先生に片想いしてるだけです」
「うん」

「有馬先生と仲の良い伊織さんに、彼に好かれるヒントを教えてほしくって」
「…よく、わからん」
「ちょっと、抽象的でしたけど。ほら、伊織さんなら先生の好きな女性のタイプとか知ってそうですし」
「知って、どうすんだ。おまえは、おまえだ」
「……」

この人。
言葉が、透き通っている。
なにも、嘘がない。
さすがは、有馬先生の親友だ。

嘘の言葉じゃ、答えてくれない。
深呼吸をして、自分を見つめる。

「私は、彼が好きです」
「……」

「最初は、小夜子ちゃんの日記から。とても素敵な人なんだろうと思ってた。その彼が、私のことも救ってくれた。ヒーローみたいに。

全部ダメになって、死にたい気持ちの時に、彼の身内も傷付けてたのに、それでも死ぬなと言ってくれた。

…だけど、それが、怖い。
私が彼の中で、『いつものように助けた人の中の一人』でしかないことが、とても怖い。

嫌われるくらい、好きになった。自分でも、おかしくなっちゃったなって思う。でも、気持ちが押さえられない。
私みたいな気持ち悪い奴を、何だかんだで通報もせず受け入れてくれて。
看病まで、してくれて。なんて優しい人なんだろう。

おかしいんです。こんなじゃ、なかったんです。私、もっと器用だったんです。
今まで演じて頑張れたのは全部、小夜子ちゃんのおかげでした。
新しく生きていくって、こんなに寂しいんだって。ずっと周りを傷付けて楽に生きてきた、バチが当たったんじゃないかって。

あの有馬先生の特別になれれば、私は自分に自信が持てて、生き直せる気がしてるんです」

「……それは、アルカリがすき、なのか?」

「わかりません。でも、そこから始めたいんです。例え、失恋でも。私の中で決着を、つけたいんです」

「…あー」
しばらく、伊織さんは天井を見つめていた。

「あいつが、すきなのは、まりだ」
「飛倉先生?」
それは私だって真っ先に考えた。
有馬先生の貴重な女友達で、昔一緒にサイトの立ち上げをしてて、何より美人だ。

私は作戦のスタート地点として、彼女から有馬先生をどう奪うかを考えていたので、そもそも付き合っていないと知ってずっこけた覚えがある。

「アルカリは、守って、助けて、おこって、ばかりだ。勝手に、傷を、作ってくる。だれも、そんなこと、たのんで、ないのに」

……。
先生の話を集めた私でなくとも、わかる。
彼はいつも、損ばかりだ。

皆から避けられていた人と、友達になったり。
実習生の身で、教員相手にあんたら目ぇついてんのかって食って掛かったり。

不審者の絵を蹴り飛ばしただの。
自殺志願者に説教だの。
…挙げ句に、その自殺志願者に惚れられて。

その頑張りに見合うほどの見返りや感謝が、もらえるわけでもない。
彼の安らぎは、どこにあるのか。

「アルカリを、守って、助けて、おこって、あきれる。わかって、あげる。それを、してくれる人が、あいつは、すきだ」
おれと、同じ。
伊織さんはそう言って、またぼんやりと天井を見た。

私には、それができていなかった。
私の愛情を、押し付けるだけだった。

「じゃあ、やっぱり二人は」
「…アルカリが、バカじゃなくなれば、そうなる、かもな」
言葉を濁した。
この人に似つかわしくない、仕草だった。


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