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「かたちあるもの」




こんばんは。

今日から雨の日が続くようですね。

いよいよ東京も梅雨入りでしょうか。


今年は花見やゴールデンウィークも

自粛でなかったせいか、

あまり季節感を感じないですね。

気がついたら随分と暑くなって。





今日は先日の幼稚園時代に続き

小学生の頃について少し書こうと思います。



普段全くと言っていいほど自分の過去を思い返すことがないので、

記憶として残っているものがあまり多くはありません。

思い出すことで付随して引き出される記憶の中で、

書けそうなことを書いていきたいと思います。



何かを創作したり、

自己表現に目覚めたのはこの頃だと思います。

よく絵を描いてました。

絵に関しては両親の影響が強いかと。

父はデザイナーでしたし、

母は大学の美術専攻だったので。


授業で上手く描けると周りは褒めれくれたし、

気分が良かったです。

何よりその没頭している時間が好きでした。

こういう時の集中力は今でも高いと思います。

作詞や作曲、こういう物書きなんかも

一日中やっても苦にならず、

むしろ毎日そうしていたい。

写生会や夏休みの宿題で出るポスターなんかは

一番真面目にやっていました。


絵以外だと、

俳句や文章も高学年から好きでした。

通っていた小学校で俳句に力を入れてる時期があって、

一茶祭りなんかは記憶に残っています。

俳句は祖父の影響です。


5年か6年の頃、

俳句で賞を取って本に載ったことがました。

祖父にその本をプレゼント出来たことは

とても嬉しかったです。


文章に関しては、

作文が特に得意でした。

本を読む以前に書くことが

この頃から好きだったのかもしれません。






こうして振り返ってみると、

小さな成功体験の積み重ねは

しっかりされていたんだなぁと思います。

幼稚園時代に引き続き

勉強もスポーツも苦手なままで、

苦しい思いをしたことの方が多かったですが。


何かに没頭することで、

現実から逃れることができていたのかもしれません。

そうでなければ、

逃れる為に

没頭していたのかもしれないです。




もしこの頃に

今のようなネット環境があったら、

もっと色々なことができたのに、と思います。

当たり前に写真を撮ったり、

好きなものを調べたり。


ネットがあることで起きる

悲しいこともありますが、

可能性に目を向けて、

沢山の子どもたちが自分を表現できる

そんな風になれば幸せだなぁと。


危険性だけを説くのではなく、

可能性を。






今もよく小学校の前を通るのですが、

合併の際に建て替えられた

真っ白な校舎が眩しい。




あの頃にあった

軋む朝礼台も

石灰で書かれた白線も

朽ちた百葉箱も

色褪せたプールも

ノストラダムスの大予言について語った渡り廊下も

初めて告白された図書室も

全部綺麗になくなって



でも、

それでいいんだと思います。

そこでまた新しい思い出が生まれて

そしてまたなくなって

そうやって繰り返して

いつかそれを憶えている人が誰もいなくなって

消えてしまったとしても

その最後の一瞬まで

輝けるように。



今のように簡単に写真に残すことはできませんでしたが、

いつでもそこにあって

手に取ることができないからこそ

いいものもある。


ただ、

いい思い出や

みんなの笑顔だけを詰め込んだ

卒業アルバムというものだけは

今後もなくならないでほしい。


当事者以外にとっては

無価値な

面白くも何ともない

重たくて幅のとる

あれだけは。







今日も最後までお読みいただき

ありがとうございました。



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