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〇〇らしく...という呪縛

どうやら君は君らしく、僕は僕らしい。

どうも、mast Another Advent Calendar 20日目(だったはず)の記事です。このアドベントカレンダーについてはこちらから

テスト期間ということもあって、アドベントカレンダーの割り当てられた当日にちゃんと投稿できなかったのがなんとも申し訳ないという感じですが(笑)
どうぞ少しの間お付き合いいただければと思います。


サカナクションですら「アイデンティティがない」って言っているのに、ましてや、僕なんて…!!!

まずはじめに、僕は僕のアイデンティティがわからなくなりました。
何をもっての僕なのか?
何をもっての俺なのか?
何をもっての私なのか?

僕ですら僕という存在がわからないのに、誰かが僕の存在を定義してくれるのでしょうか?

あぁ〜もう!わかんないよう!!

不思議な感じで導入していきましたが、来たるべく25日のAdventCalendarにこういうことがありました。

なんと、学類で展示会をやっちゃおう!という企画。学類の授業内で展示を行うといった授業は存在せず、自分たちで企画しない限りは展示会を行えないので、こういった機会を提供してくれると本当に助かります(マジ感謝)。ということで個人的には血沸き肉踊りました

…が、よく読んでみると

「情報メディア創成学類ならではの展示会にしたい」

僕の疑問はいくつかありますが、僕をどこにも行けない、とてつもないがんじがらめ状態にしたのがこの一文でした。

作品展のコンセプトは「フェス」です。

個人的にフェスはそんなに好きではありません…(フェス=ライブ、企業の催し と捉えています)。そもそも、私の作品世界では喧騒よりも静寂を重視しており、『「静」の中に存在するわずかな「動」が起こす感情』を大切にしています。
先ほどの文を全体を通して読んでみると、まるで「情報メディア創成学類」が「フェス」をコンセプトに学んでいるかのように見て取れます(僕がかなりひねくれているということももちろんあります)。となると、私はこれまで『喧騒の中で同時に大きな情動を呼び覚ます「フェス」』について3年間学んできたのでしょうか?

私には、その疑問に対して答えを出せませんでした。

私は「私の所属している学類では学生が「フェス」というエンターテイメント性をもっていなければならないのか…?」とか「私がいつも作っている作品は「フェス」…なのか?」とか「私の作品をこの展示会に提供したらコンセプト違反じゃないか…?」などと考えてしまうのです。所謂、ジレンマです。

「〇〇らしく」「〇〇ならでは」「〇〇のような」という、アイデンティティを誰かに上書きされるような侵略感を、誰かに勝手に領地を侵食されるような不安感を、そして、私自身という自己を失っていく喪失感を深く感じました。

誰かによって…私は上書きされ…何者かになっていくのか…?
脅迫劣等敗北憎悪諦念焦燥…。ありとあらゆる負の感情が私を支配したのです。

たった一文で。


〇〇らしく…という呪縛

たった一文で僕は急激に落ち込みました。(まぁ勝手に落ち込んでいるだけですが)
今回も作品を展示することなく、皆の作品を見て楽しみたいと思います。皆さんの生み出す作品をとても楽しみにしています…

で終わろうと思ったのですが、あまりにもまとまってないので自分なりにすごく考えました。そして分析してみました。

今回の問題は「自分の土俵」を正しく認識していないところです。作品を作るにあたって他者への羨望や嫉妬、劣等感を感じたことは一つや二つではありません。数えたらもちろん両手両足では到底足りません。しかし、戦う土俵が違う。

私は神絵師になりたいわけでもなく、
メディアアーティストになりたいわけでもなく、
ゲームプログラマになりたいわけでもなく、
映像作家になりたいわけでもなく、
シンガーソングライターになりたいわけでもなく、
パフォーマーになりたいわけでもない。

私は、

ただ、静かに。日常の小さな「動」を。
大切にし、大事にし、捉えて、満足して、生きていきたい。

これを読んでいるあなたはどうでしょうか?

もしかしたら、文系学問の方が私には合っているかもしれない。
もしかしたら、スポーツの方が私には合っているかもしれない。
もしかしたら、農業経営の方が私には合っているかもしれない。

あらゆる可能性を捨てて「〇〇らしく」なる必要があるのか?
私ははっきり「NO」と言えます。やりたいことをただやっているだけの人生の方が楽しいに決まっている。縛られる必要はない。あなたはあなたでいればいい。土俵が違えば、別の道を進むことは昔よりずっと簡単になっています。今の土俵と心中する必要は全くありません。

どうやら君は君らしく、僕は僕らしい。

だから、誰かの「〇〇らしく」に縛られる必要はない。そう自分に言い聞かせることができるのです。承認はいらない、称賛も、拍手喝采もいらない。ただ、小さな「動」を大切にしていきたい。

集まったら、いつか、自己満足のために作品展でも開こうかなと思います。

何からしい私らしい作品展ではなく、「私」の作品展を

今回は友人たちの作品を「捉える」ことで、僕の楽しみにします。


「mAstival」期待しております。
それでは、また

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Webエンジニア.最近はReactとかExpress.jsとか. UI/UXデザインを専攻.写真にも興味があるけど最近はお蔵入り. 
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