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第65回 J・ジョイス映像作品その2『ノラ 或る小説家の妻』(6)

 そして時代は3年後の、1909年に飛ぶ。

「スタニー、久しぶりね」
3年前に一人暮らしを始めたスタニーと久しぶりの再会をするノーラ。
夫ジェイムズの姿はない。代わりに長女ルチア。
「賢い子だね」「それに優しい子なの」「兄さんは?」「今頃ダブリンよ。ジョルジオを連れて。あの人今度は映画館主をやるんですって。映画なんか見たことないくせに。大丈夫かしら?」

 ジョイスは長男ジョルジュを連れ、故郷ダブリンへ一時帰国していた。自著『ダブリン市民』を出版してくれるところと探すことと、息子ジョルジオを父ジョン・ジョイスに会わせることが目的だった。

 ジョイス夫妻の新居に案内されるスタニー。
「いいところだね」立派な一軒家(と思ったらアパートだった)。
 あれ? ここはひょっとして、トリエステじゃなくローマ時代かもしれない。
確かにジョイスはこの頃、ローマで一時期銀行員として働いていた。高給目当てに。

 ノーラは、ふと目についた手紙の封を開ける。
読むうちに表情が変わる。
「どうした?」
「夫からよ。ジョルジュは僕の息子か、ですって!」
「バカげてる」
「コズグレーブが吹聴したのよきっと!」

 ジョイスは里帰り中コズグレーブと会っていた。その席で、

「昔ノーラと夜散歩したことがある」
 
 …とコズグレーブは何気に無神経発言するから、さあ大変。

「へ、ヘェ〜」なんつって。
コズグレーブと別れた後も気になって気になって仕方のないジョイス。
そして計算し出した。
「…えぇ〜っと、じゃ奴が言うその日に(1904年8月某日)もしノーラとヤッタのならぁ…、ジョルジュの誕生日は7月27日だから、そこから逆算して…」

「…違うか」

「! まさか早産っ⁉︎ あの産婆騙しやがったのか⁉︎」

 その日からノーラへの手紙攻撃を開始するジョイス。
「愛するノーラ、僕がどれだけ君を…」「君はまさかあんな奴と…」
(ちなみにコズグレーブは、1904年6月某日、酒場で、しこたま殴られいるジョイスをほっといて帰った男。その後ハンター氏に抱き起こされ、『ユリシーズ』執筆のきっかけになる)



 一方、荒れたノーラはベッドから動かない。そこへスタニーが訪問。散らかってる衣服を片付けてると、
「何してるの?」
「散らかってたから」
「ほっといて!」

 さすがイギリス製の文芸映画。引きこもりのノーラは脇毛の処理をしていない。

 一方ダブリンのジョイス。ゴガディが説得してる。

「またコズグレーブのいい加減なデマさ。君はノーラなしじゃ生きられないだろ?」
「…」

 事実はゴガディではなく、彼よりもっと古くからの友人フランシズ・バーンが説得にあたった。バーンはこの映画に登場していない。彼は『若い芸術家の肖像』におけるクランリーの元ネタ。ゴガディは『ユリシーズ』におけるマリガンだ。
あとコズグレーブは『〜肖像』ではリンチという名で出てくる。
ちなみにコズグレーブ君は、ジョイスから『若い芸術家の肖像』の原稿を見せてもらった時、「なんで俺の名前リンチやねん?」と言ったらしい。

 後日、ジョイスはノーラに和解の手紙を送る。

「…ごめんね」

 そのあと二人の手紙のやりとりが描かれる。ジョイスはなぜかダブリンに留まり、映画館主となって(芸術家のジョイスは映画など興味はない。時は1909年。映画にはまだアップもロング・ショットも編集も発明されていない。いわば手品の延長、ただの見せ物だ。ジョイスはある日、妹たちの一人にこんな話を聞く

「トリエステには映画館があるのに、ダブリンにはないね」

 ただの思いつきだった)
日々映写機を回していて、ノーラはトリステ(ローマ?)の地でアホみたいにジェイムズを思っている。


 そしてジョイスはノーラの元へ帰る決心を、手紙で伝える。
「ヒャッホー! やっぱり私が勝った。あの人を脅したの。このままだったら娘のルチアに洗礼を受けさせるわって」

 ジョイス家は、代々厳格なキリスト教カトリック派の家柄だった。若きジョイスはカトリック司祭の道と芸術家の道で悩み、芸術家の道を選んだ。

 1903年、ジョイスがパリに留学していた時、実家の母が末期癌だという知らせを受ける。すぐに母の元に駆けつけたジョイスだったが…、


「私のために祈っておくれ…」

 息子ジェイムズは、母の願いを拒否する。
信仰を捨てた彼にはもう、神も天国も存在しない、祈る相手がいないのでやらないというわけだ。

 そして母メアリー・ジョイスは、ジョイス帰省から間も無くの1903年8月13日、亡くなった。


続く。





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