恋のワンシーン #1
朝焼けの中を二人はならんで歩いていた。
二人っきりで歩くのは、そう滅多にないことだ。
あらためて実感してしまうと、今度は何を話せばいいかわからなくなる。
「あ・朝早いと気持ちいいですね。」
「さわやかな目覚めならね、確かにその通りだけど。」
くすくすと笑われてしまう。
時間的には朝早くなのだが、二人は昨晩から行動を共にしているのだ。
終電の時間を知ってはいたが、話がはずんでしまって乗りそびれてしまった。
とにかく眠くてしかたがない。たぶん今日は夕方まで寝ていることだろう。
始発に乗って帰ろうと駅までの道を歩いている。
このまま歩いてゆくと少し電車を待つぐらいに駅に着く。
ゆっくりした時間が流れていた。
「さっきの話じゃないけどさ、」
「はい?」
「やっぱりこの距離なんだね。」
二人並んで、同じ歩調で歩いている。
間には、ちょうどもう一人歩けるぐらいの距離があった。
一つ違いの友人同士の男女。
だったら、この距離がちょうどなんじゃない?
そう結論がでるのはごく自然なことだった。
そこで戸惑いが起きる。
---もう少し、近づきたい---
そういう欲求が自分にあることに気づくのだ。
ばかなことを。そう思う自分もいる。
近づいてみて何を望むというのだろう?
たぶん彼はなにげなく言ったに違いない。
そんな軽い言葉に踊らされている自分がむなしい。
--隣同士に座らないなんて、なんか二人って距離あるよね。---
いつも周りからそういわれているじゃないの。
なにをがっかりすることがあるだろう?
いつも会えば口げんかばかりだし、仲がいいとはちょっといえない。
「近づいたらどんなかな?」
どきん。胸が高鳴る。
今思っていたことを見透かされてしまったんだろうか?
「ね。腕まわしてもいい?」
どきん。鼓動が早くなる。どくどくと血が流れていく音だけが頭にこだまする。
「まったぁ~。好みでもないくせにからかわないでくださいよ。」
気がつくと、いいわけをするように必要以上の大きな声で返事をしていた。
この動揺がどうか彼に届きませんように。心の中で必死に祈る。
は・は・は・と乾いた笑いが聞こえる。彼の顔が見えない。
くやしい。やっぱりからかわれたんだ。
そうよ。本気のはずないじゃない。
しっかりしなさい。
でも、鼓動はあいかわらず止まらない。
「もう。からかってばっかりいるんだから…」
くやしまぎれに言葉を続けようとしたとき、突然強い力で抱きしめられた。
同じ歩調で歩いていた二人が止まった。
「なっ、にするんですか。」
力任せに腕をまわされ、呼吸が出来なくなる。
「ほら。近づいた。」
煙もないのにタバコの香りが辺り一面を包む。
きーーん。音にならない高い響きが頭に響く。息ができないほど速く血液が逆流してゆく。
「もっと、近づいてみようか?」
頭の上から声がする。
こんなに背高かったっけ?こんなに力強かったっけ?
なんだかくやしくて、頭を上げて抵抗することにした。
頭を上げるとほんの数センチ先に彼の顔がある。
思いっきり文句を言おうと開いた口がハッとつぐむ。
「もう少しだけ、近づいてみてもいい?」
聞くと同時に、口と口がふれあうだけのキス。
ほんの一瞬だけくちびるが重なり合った。
おそるおそる、再び目を開けると彼の顔がすぐそばにあった。
「・・・強引ですね。」
やっと声を絞り出し、悪態をつく。
「キスしよっか?」
「さっきのは違うんですか?」
「違うよ。」
今度はしっかりと口と口がふれあった。何度もくちびるが重なり合う。薄れる意識の中で抵抗しようとする。だめだよこんなこと。終わらせなきゃ。
--でも、どうしょう。もしこれがうれしいんだとしたら--
ゆっくりと互いの唇が離れて彼の力がゆるんだ。まだ肩が震えている。むりやり声をだそうとしてせき込んでしまう。
「だいじょうぶ?」
心配そうに彼がのぞき込んで言う。
体が動いたことでだいぶ緊張がとれて、やっと声がでるようになった。
「事故でしょ?」
「事故?なんでそうなるの。」
「あたしは平気ですから。男の人だし、魔がさすってこともあるし。」
手を伸ばして引き寄せられて、また抱きしめられる。
すごい煙草の香りに混じってほんの少し彼のにおいがした。
「お願いだから、なんにもなかったことにしないでくれ。」
願いというよりもっと激しく懇願するように彼が言う。抱きすくめられて顔は見えないけれど、泣いているかもしれない。
始発電車の時間は、もうとっくに過ぎていた。
--続く、かも。
#きっとたぶんフィクション #キュンときたらスキを
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