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フレンズが鳴く夜は… —鵺考—

 沼底なまずさん @eenamazu 主宰の『けものフレンズ動物園レポ合同 続々レポ』にてけもフレと妖怪「鵺」を自分の中で(無理矢理)結び付けて文章・コラムにしたという拙文を寄稿させていただきました。許可が下りましたので一部修正等して公開いたします。


はじめに

「鵺(鵼・奴延鳥・ヌエ)」は元々『古事記』『万葉集』などに記される哀愁漂う夜に鳴く鳥の鳴き声を指すものである。
『平家物語』で仁平(1151~1154)の頃、宮中が毎夜黒雲に覆われ、天皇が怯え発作を起こした。これに源頼政が従者の猪早太と共に黒雲の中の得体の知れない怪物を弓矢で射抜いて退治したことで天皇は回復、頼政の武勇となった。退治された怪物、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇(『源平盛衰記』において頭は猿、背は虎、手足は狸、尾は狐)、そして鳴き声は鵺の様だと形容され、遺体は船に乗せて流したとされる。
 これに続いて書かれているのは鵺と呼ばれる化鳥が應保(1161~1163)の頃、同じく宮中に現れた。その鳴き声に天皇が悩まされ、この化鳥も頼政が矢で射抜いて退治した。
 この併せて書かれた二つの話(注1)が混ざった結果、仁平の無名で語られる怪物が現在の一般的鵺像になり、怪物が鵺の名で明確に呼ばれるようになったのは世阿弥によって書かれた能の謡曲『鵺』からである。
 京都・関西を中心に鵺塚や鵺大明神といった鵺を実在したかのように奉った土地(注2)があるが、室町時代以降の社会不安から厄災や凶事は怨霊や呪詛などによるとする御霊信仰が流行し、天皇が恐れた妖怪「鵺」が確立して後の時代に作られたとも思われる。

フレンズが鳴く夜は...1

二次創作・ぬえてき

 鵺退治と似た、あるいは真似て作られたであろう伝承が幾つか存在する。『太平記』では建武元年(1334)の秋、疫病の流行った頃、宮中上空に「イツマデ…」と鳴く人面に蛇の体、翼長一丈六尺(約4.8m)、嘴に鋸のような歯、足に蹴爪を持つ異形の怪鳥が現れた。頼政の鵺退治に倣い、隠岐次郎左衛門広有が弓矢で怪鳥を仕留めた。怪鳥はその後、江戸時代に鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』にて「以津真天(いつまでん)」(※)と名付けられた。
『看聞日記』では應永23年(1416)、北野天満宮に大竹を潰した様な鳴き声の怪鳥が現れ、宮司に射抜かれると頭は猫、体は鶏、尾は蛇で眼には大きな光があったとされる。
 岐阜・高賀山に「さるとらへび」という鵺に似た口伝による妖怪・伝承(注3)が存在する。その名の通り頭は猿、体は虎、尾は蛇で大きなヒョウタンの実に化けていたところを藤原高光によって、やはり弓矢で仕留められたという。

たけき者も遂にはほろびぬ

 鵺退治は頼政の武勲として語られているが、話の最後には頼政が晩年に謀反を起こしたのちに自害したということが短く記されており、鵺退治そのものは無念の最期を遂げた頼政の名誉をフォローするために創作された逸話とも考えられている。
 しかしだとすれば何故退治される対象が鬼だとかではなく得体の知れない合成獣なのか。架空の合成獣ならば何故胴体を熊だとかもっと強そうなものにしなかったのか。それとも実際に頼政は何かを仕留めたのか。

ばかしの「狸」

 鵺の正体、あるいは鵺退治の元となった出来事について「狸」という要素が謎を深めていると同時に手掛かりになるような気がする。謡曲『鵺』では狸の胴についての描写は何故か省かれている。一方で「さるとらへび」は外見こそ狸要素はないが化けていたのがばれてしまうというのが妙に御伽噺の狸的だ。
 江戸時代の儒学者・志賀理斎は『理斎随筆』で、鵺退治は弓矢を用いた奉射神事の儀式に由来し創作され、鵺が寅・巳・申、従者の猪早太が亥の方角を表し、矢を射る直交する方角の干支であるとしている。しかし狸の部分に関しては言及をしていない。
「狸」はそもそも中国では野生ネコの類いを意味し、古代から中世の日本ではタヌキのほかアナグマやイタチ、場合によってはイノシシやムササビなども広く意味したとされる。
 鵺の胴体の「狸」が何の獣を指していたかはわからないが、もし仮に「狸」=イノシシだとすると鵺そのものが寅・巳・申・亥の方角となる。となると今度は猪早太の「猪」の字に疑問が残るが、字が被ってしまうので敢えて「狸」と表記したと考えれば合理的か。
 一方で怪物が何かしらの動物でそれを頼政が捕らえたことで鵺退治が生まれた可能性もあり得る。黒雲はともかく動物として荒唐無稽ではない。夜行性かつ高所を好む樹上性、故に立体視できる前方についた眼や発達した四肢と爪、バランスを保つ尾と理に適っている。この形態的な特徴(注4)に沿うとなるとタヌキ・イタチ・アナグマ・ハクビシン・ヤマネコなどの原始的なネコ目の特徴を持つ中型哺乳類、つまりは「狸」の類が適格そうである。
 また鵺の正体が別の妖怪「雷獣」(注5)とする説もあるが、この雷獣はイタチ・アナグマ・ハクビシン・ムササビ、あるいはそれらを見世物用に細工したものなどが正体とする説が多い。雷獣のミイラとされる遺物も存在するのだが、イエネコか何かだと思われる。

ジャイアントレッサーパンダ

 2016年、古生物学者・荻野慎諧氏が発表したコラムでは鵺の正体はレッサーパンダではないかという内容で話題になった。
 要約すれば新潟の約300万年前の地層から現生レッサーパンダの1.5倍の体長と推定されるものの歯の化石が一本発見されている。加えて夜行性、樹上性、頭・背・腹・尾と各部位の体色・模様が分かれ特徴も捉えており形態・生態の整合性を見出せることによる。
 仮に、レッサーパンダが中世まで日本に生息、動物としては前述の「狸」の仲間と扱われたのち、西洋の分類学が伝来して調査・研究対象になる前に絶滅したとすれば筋は通るし面白い。だが如何せん、より新しい年代の化石や骨や毛皮でも発見されない限りはそれ以上の信憑性はない。
 荻野氏もこの説はあくまで娯楽性を重視したコラムとして書いており「なくはない」という程度に止めているのだが、そのキャッチーさからかSNS等で拡散され、今や検索エンジンではレッサーパンダが鵺の正体を隠す黒雲になってしまっている。
 しかしながらレッサーパンダも「小熊猫」とか「Fire Fox」などと呼ばれたり、分類ではアライグマ科やジャイアントパンダのクマ科かと議論(注6)されたりとあやふやで鵺的な獣だ。

フレンズが鳴く夜は...2

百面観音

 元々の鳥の声を指す「鵺」は江戸時代に書かれた貝原益軒の『大和本草』ではトラツグミのものとされ、それが定説となっているが正確にはわからない。同種、同一個体の動物でも多様な鳴き方をするし、通信・録音技術無しで記述のみの情報から鳴き声の同定(注7)は難しく、和歌などに記される全ての「鵺」が同じものを指したとは言い難い。
 哀愁漂うとされる夜の鳥ならばフクロウでも違和感はないし怪物の方のモチーフになった可能性もあり得る。正面向きの眼と顔、羽毛で膨らんだ体、猛禽類の脚と爪、「猫鳥」の異名もあるので『看聞日記』の怪鳥も腑に落ちる。尾は疑問が残るが、捕食していたヘビや大型ネズミの一部や止まっていた枝葉を尾と誤認、あるいはデフォルメして尾鰭を付けたとすればこじつけはできるか(鰭はないが)。
 正面を見つめる顔はどこかヒトを思わせ、平面的で姿形大きさを誤魔化し、夜行性・肉食性で音もなく飛ぶ特異な鳥は各地で知性・不吉・不浄等様々なイメージを生み出し瑞鳥とも凶鳥とも霊鳥とも扱われ、伝承で化ける存在であると感じる。奇抜な話では都市伝説の宇宙人の正体がメンフクロウとする説(注8)もあり、怪異を生む、あるいは怪異を装飾する力を十分に持ち合わせている。

フレンズが鳴く夜は...3

おわりに

 余談ではあるが、筆者が鵺レッサーパンダ説について知るきっかけになったのは愛聴するラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』のフリートークのネタだったりする。これに以前見聞きしたフクロウ説を思い出し、鵺に対する興味が湧いてこの拙文を書くに至った次第である。さらに余談だが伊集院氏は自身のラジオでの発言をネット記事等にされることを非常に嫌う。コンテクストや口調が省かれ変成した書き起こし文字は時にあらぬ誤解を与え、芯を捉えていない批判を生むからである。
 鵺は平安後の鎌倉・室町、妖怪文化が発展した江戸、そして現代と変化を続けている。『今昔画図続百鬼』をはじめ、江戸時代の妖怪画の時点で強くおどろおどろしい印象を与えようとしたのか尾が蛇の尾ではなく尾が頭の付いた蛇そのものとして描かれるものが多く、今やそれが鵺の意匠のスタンダードになっている。現代のサブカルチャーでは翼が生えたり明確に「獅子」(注9)などの要素を取り入れてアレンジされたりも多い。
 鵺だけでなく妖怪全般に言えることだが元となる生物や現象、出来事が存在して、それを受け手が未知の怪異として解釈、それを見聞きした別の受け手がさらに解釈したり類似したものを関連付けたりを繰り返し、真偽入り乱れミーム(注10)として変異をするのだ。
 御霊信仰とか奉射神事とかレッサーパンダとか受信者・発信者にとって合理的・理想的で恰好や都合が良い解釈によって後々から肉付けされ名実ともに正体不明の合成獣は形を成しているらしい。

 …けもフレって鵺なんじゃねえの?

フレンズが鳴く夜は...4
理性の眠りは怪物を生む

注釈

1『平家物語』の数ある写本の中には仁平の怪物を記述していないものもある。中には妖怪「獏」について書かれた写本もあり、これを真似て創作された合成獣の可能性もある。
2 筆者の地元・静岡の浜名湖北西に鵺代という地名があるが鎌倉時代までは贄代であり、猪早太の出身地により変更されたと考えられる。また伊豆長岡は頼政の妻である菖蒲御前の出身地では鵺ばらい祭が行われている。
3 口伝のみで文字の記録の中では別の妖怪(大鬼と大鳥)が退治されている。また藤原高光の生年との食い違いも見られるので仁平より約二百年前とされているが鵺を元に後から創作された可能性も高い。
4 サルも当てはまりそうだが日本在来種のサルは基本的に昼行性で尾の短いニホンザルのみ。
5 江戸時代以降に語られるようになった落雷と共に姿を現わす妖怪。千年鼬とも呼ばれ見世物にもされたという。
6 現在はイタチ上科レッサーパンダ科。冗談交じりもあるだろうが動物園のレッサーパンダの展示で他の来園者から「ラスカル」のワードを耳にすることが筆者はやたら多い。
7 例えばブッポウソウという鳥は「仏法僧」と鳴くことからその和名がつけられたのだが、実際に「仏法僧」と鳴いていたのはコノハズクであり、昭和十年になってラジオの生放送がきっかけで正確に同定された。
8 1952年、アメリカ・ウェストヴァージニア州で目撃された「フラットウッズ・モンスター」。日本では70年代のUFOブームで名付けられた「3mの宇宙人」として有名。
9『忍者戦隊カクレンジャー』『ONE PIECE』などではアレンジが明言されているが、それ以外でもたてがみを強調されることが多い気がする。鵺退治で頼政に下賜された刀「獅子王」、またギリシア神話のキマイラの影響か。
10 生物学者リチャード・ドーキンスが提唱した遺伝子の様に複製・伝達・変異する情報群。この拙文もミーム。
※同人誌掲載後、「いつまでん」という読みが付いたのは昭和以降であるとご指摘を受けましたので訂正いたします。(指摘した当人にあらかじめ草稿に目を通してもらったはずなんだけどなあ。)

参考文献

・赤井信吾『慈円と鵺』文芸社(2015)
・多田克己『幻想世界の住人たちⅣ〈日本編〉』新紀元社(1990)
・高賀の伝説
http://www.horado.com/kouka/densetu.html
・中村禎里『狸とその世界』朝日新聞社(1990)
・日野巌『動物妖怪譚(上)』中央公論新社(2006)
・荻野慎諧『古生物学者、妖怪を掘る―鵺の正体、鬼の真実』NHK出版(2018)
・福本和夫『フクロウ—私の探梟記—』法政大学出版局(1982)
・国松俊英『鳥の博物誌 伝承と文化の世界に舞う』河出書房新社(2001)
・Desmond Morris 伊達淳 訳『フクロウ—その歴史・文化・生態—』白水社(2011)
・Joe Nickell『Investigative Files: The Flatwoods UFO Monster』
https://skepticalinquirer.org/2000/11/the_flatwoods_ufo_monster/

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