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社会人としての集大成

もし複数の企業から『うちに来て欲しい』と言われたら、何を基準に行き先を選ぶだろうか。

給料や福利厚生などの条件が重要な人もいるだろうし、将来性や自分のポジション、企業の気風など考えるべき項目はたくさんある。

自分が働く場所を選ぶということはそのまま自分の生き方を選ぶことでもあり、考えれば考えるほど自分の価値基準と対峙することになるのだ。

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プロ野球選手のFA移籍は、私たちの転職にかぎりなく近い。
ただひとつ違うのは、その決断を多くのファンがそれぞれの立場から悲喜交交見つめていることだろう。

今年FA市場の目玉となった福ちゃんは、移籍先発表の前日に公開されたインタビューで、FAについてこんなことを言っていた。

FAは単に好きなチームに行ける権利というだけでなく、プロ野球選手として一人前になった証でもあるのかなと思います。
球団の方からは『これでホークスの管理下ではなく、市場の選手になったね』という表現をしてもらいました。

FA(Free Agent)は、一軍登録日数が一定を超えた時点で全球団が獲得交渉をできるようになる制度だ。
FA権を行使するには『行使します』と宣言する必要があり、これを一般的にFA宣言と呼ぶ。

もちろんFA宣言せずに所属球団に残留する選手もいるが、宣言した上で所属球団に戻ることが許されている場合は、とりあえず宣言する場合も多い。

FAとは、企業に例えるなら会社員が数年経ってフリーになるかこのまま会社員を続けるかの選択を迫られるようなもの。
大きな違いは、野球の場合はそのタイミングでFA宣言をしなければ、自分の意志で所属先を変えることはほぼ不可能に近い点だ。

ドラフトによって野球界に足を踏み入れる野球選手にとって、自分の意志で所属先を決める機会はほぼFA権に限られていると言っても過言ではない。

だからこそ、『市場の選手になる』ことは野球選手にとってひとつのステータスなのだ。

結果として『市場に出る』ことを決断した福ちゃんは、この1ヶ月というもの5球団からラブコールを受け、どこに着地するのかその去就が注目されてきた。

そして昨日、とうとう正式にロッテへの移籍を決断した。

ニュースに接したときは驚いたけれど、そのあと落ち着いて福ちゃんがファンクラブに掲載したブログを読んで、なんて福ちゃんらしい決断なんだろうと思った。

ロッテには今、福ちゃんがずっとお世話になってきた鳥越コーチがいる。
トリさんは、福ちゃんがプロ野球1年目でお父さんを亡くしたとき大きな心の支えになってくれた人だった。
自分自身も最愛の奥さんを亡くして自暴自棄になりかけた経験があるからこそ、『秀平、お父さんのためにも野球をやるんだ』と言い続けてくれた人。
トリさんがいなかったらきっと、今の福ちゃんはないと思う。

そしてこれは私もブログを読んではじめて知ったのだけど、高校生のときにはじめて接触してくれたのはロッテのスカウトだったのだそうだ。

福ちゃんは甲子園のスター選手だったわけではない。
彼の同級生である88世代には田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太など錚々たるメンバーが揃っている上に、出身高校の多摩大聖ケ丘は野球の名門というわけではない。むしろ福ちゃんが初のプロ野球選手になったくらいだ。
だから本人もまさか自分がプロ野球選手になるとは思っておらず、スカウトに接してはじめて『プロ野球選手』がふんわりした夢から実体のある目標に変わったのだという。

彼は結局ドラフトで1位指名を受けてホークスに入団するのだけど、プロ野球選手への夢を目標に変えてくれたロッテへの感謝はずっと持ち続けていたのだという。

そして福ちゃんは13年の時を経て、ロッテにいくことになった。

もちろんその決断の裏には契約条件や球団からの評価、チーム編成など諸条件はあっただろうけれど、移籍先選びにおいてプロ野球人生の集大成として恩返しすることを選んだ福ちゃんは、なんて社会人の鑑のような人なんだろうと思った。

通常、FA移籍にまつわる報道は年俸や出場機会といった本人のメリットを競いあうものが多い。
本人も市場に評価されるからには少しでもいい条件で移籍したいのは当然だ。
特に腕一本で食べている個人事業主にとって、年俸は死活問題でもある。

でもそこで自分のこと『だけ』を考えるのではなく、自分の力をどう業界やチームに還元していけるかを考えて行き先を考えるのは、成熟した社会人ならではの決断だと私は思う。

それは受け取るだけではなく、還元するだけの力がついてきた証拠でもあるからだ。

どんなに恩返しをしたいと思っていても、還せるだけの力がなければ還元することはできない。
社会人として一定年数を経た人にとって、キャリアの変更によって自分の力を還元しようとすることは、ひとつの集大成たりえるのではないかと思う。

もっといい条件を求める『成長』への思いと、自分の力を還元しようとする『成熟』した思い。

福ちゃんの今回の決断は、そのバランスがちょうどいい大人の選択だったと私は思う。
だからこそ、これからの彼の野球人生がより幸せに包まれた輝かしいものでありますようにと願わずにはいられない。

\福ちゃん、いってらっしゃい!/


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