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行っておいでよ、菊池涼介。

野球の華といえば、バッターだろう。
応援歌が鳴り響く中、スタンドに吸い込まれていく白球はいつも私たちの心を踊らせる。

もしくは、ピッチャーに華を感じる人もいるかもしれない。
三振を奪ってガッツポーズする姿には、何度見ても興奮を覚える。

しかし私は、何の因果か守備に魅了されてしまった。

ギリギリのところでミットに収まる白球。
捕球から送球までのなめらかな動き。
ダブルプレーを完成させる野手の連携。

『これぞプロ』と感じさせるプレーを見るたび、その美しさにため息がでる。
野球にも、フィギュアスケートのように芸術点があればいいのに、と思う。

その中でも群を抜いて大好きなのが、カープの菊池の守備だ。
これまで守備の華といえばショートだった野球界で、『セカンド』の地位を上げた功労者でもある。

菊池の守備の魅力は、常識破りの動きにある。
ありえないほどの広い守備範囲、軽快なグラブトス、逆シングルからの正確な送球。
自由にグラウンドを駆け回る姿は、メジャー選手に近い。

ときに基本を重視する日本野球とは正反対ともいえる自由奔放な守備は、彼自身がエリート教育を受けてこなかったバックグラウンドにある。
大学まで無名選手だった菊池は、プロ野球選手になることなど考えてもいなかったという。
しかし大学生のときに日本代表に選ばれたことで、『もっと野球をやりたい』と純粋に思ったのだそうだ。

しかし、大学までいわゆる強豪校ではない学校で『楽しむ』ために野球をやってきた菊池は、守備の基礎をほとんど叩き込まれていなかった。
逆にいえば、天性の運動神経と野生の勘で日本代表にまで選ばれたのだから驚きだ。
入団1年目はひたすら基礎の反復練習に費やし、何度もコーチに怒られたと著書『二塁手革命』で語っていた。

日本とアメリカでは、守備練習の仕方が大きく異なると何かで読んだことがある。
日本はとにかく正確性を重んじ、正面で捕球することを徹底させられる。
一方でアメリカは、本人の感覚を優先させ、捕りやすいフォームを無理に矯正しないことが多いという。

菊池の守備は、まさにこの二つのハイブリット型だ。

大学までのびのびと自分の感性を磨き、プロ入り後に正しい基本動作を叩き込まれた菊池は、これまで日本にいなかった新しいタイプの二塁手へと成長した。

通常、野手はバッターボックスに立つときがもっとも歓声を受けるものだが、菊池の場合は守備につくだけで歓声が起きる。

彼の守備には、人を魅了する美しさがある。

***

そんな菊池が、今年メジャーに挑戦することを決めた。

投手に比べて、野手がメジャーで活躍するハードルはとても高い。
菊池レベルの守備すらも、通用するかどうか危うい世界だ。

野球ファンの中でも菊池のメジャー挑戦は賛否両論がある。
30歳という野球選手としてはピークを過ぎてからの挑戦、打撃のレベル、体の大きさ。

『通用しないんじゃないか』と心配する要素は、数え上げればキリがない。
私も嬉しさとともに契約してくれる球団はあるのか、心配にもなる。

でも、私はやっぱり『行っておいでよ』と思う。

ただ野球が好きで、野球を楽しんで、ひたすらうまくなりたいと思って努力してきた人が、世界最高の舞台に挑戦する。
結果がどうあれ、それだけで十分価値のあることだと思うから。

菊池は、今もとても楽しそうに野球をする。
綺麗にゲッツーをとってベンチに戻るときには、まるで野球少年のような笑顔を見せる。

プロとして生きていく以上、ただ『楽しい』だけで続けられるわけではないと思うけれど、根底に『楽しい』がある人は、やっぱり強いと思うのだ。

そして何より、世界最強のショートたちと菊池が組んだとき、どんな化学変化が起きるのかを見てみたい。
MLB TVのダイジェストで、菊池のプレーが紹介されるところを見てみたい。

行ってらっしゃい、菊池涼介。
野球小僧の挑戦は、きっと世界を変える力を持っている。

(カバー写真:週刊ベースボールオンライン

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