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はじまりとおわりの差分こそが人生の醍醐味

同世代の起業家やフリーで活躍している人たちと話していると、お父さんが経営者だったり、親族一同経営者や個人事業主ばかりだったり、「こう育つのは必然だったんだな」と感じる人によく出会います。

両親や親戚からの影響は計り知れないもので、意思決定のあらゆる場面で「なんと言われて育ったか」がその人の決断を左右するものです。

アインシュタインは「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである。」と言いましたが、起業したり経営者になることが当たり前の選択肢としてある人と、あくまでお金は「もらうもの」という認識でよりよい条件のところにどうやって就職するかがすべての人とでは、見えている世界が違います。

私自身、両親ともに勤め人で且つ地方の兼業農家でもあるので、とにかく安定した職に就くことが第一義として育てられました。

今でこそフリーランスとしてなんとかやりくりしていますが、側から見ると「なんでそこまで?」と思われるほど心配性ですし、いまだに借金や投資、リスクへの考え方はサラリーマン思考から抜けきっていない自覚があります。

さらに、両親や親戚に経営者がいる人は小さい頃から経営とは何かを肌で感じて育っていますし、資金面でも人脈面でも恵まれている人が多く、うらやましく感じることも多々あります。

社会に出てから「育ちが違うとはこのことか」と痛感したことも、一度や二度ではありません。

でも、そこで「育ちが違うから」と諦めてしまったら、条件に恵まれた家に生まれた人しか夢を叶えられないという格差の固定化を容認することになってしまいます。

私は、人生は与えられたカードを使い倒して、どれだけ自分のやりたいことを達成できるかのゲームだと思っています。

そして同時に「死ぬときと生まれたときの差分が人生の充実度だ」とも考えています。

もちろん、何をもって「差」とするかはそれぞれの人によると思います。

お金や地位、名声、愛情…。

ちなみに私は、どれだけ自分が「自由」であれたか、そして「楽しい!」という瞬間をもてたかが人生を後悔しないための指標だと思っています。

そしてそれは周りの誰かと比べて「私だってあの子の立場だったら」と羨むよりも、「去年の私」「10年前の私」と比べる方が、「来年の私」「10年後の私」をより幸せにしていくはずだと信じています。

成功している人はたしかに経営者の家系に生まれた人も多いけれど、SHOWROOMの前田さんメタップスの佐藤さんの書籍を読んでいると、まさに生まれてからここまでの差分を自分の力で大きくしていて、環境を言い訳にしてはいけないなと改めて感じます。

なにより、敷かれたレールの上を走るより、道にもなっていないような獣道を開拓するのが好きな私の性格的に、「失うものは何もない」環境に生まれたことはむしろラッキーなことなのではないかとすら思っています。

そんなことをちょうど考えていたとき、そういえば前に母から
うちが何不自由ない裕福な家庭じゃなかったからこそ今のあなたがあるのだから、感謝してほしいくらいだわ〜!
とハイパーポジティブな言葉をいただいたことを思い出して、血は争えないなと思いました。

今日もハングリーに、そしてノーブルな精神も忘れず、自分自身の人生を作っていきたいと思います。

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