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百貨店は出版社化する

店舗はメディアになる。
これは約10年前、百貨店に勤務しながら自分の肌で感じたことだった。

『買う』だけなら検索から決済までオンラインで完結する時代、人がわざわざ店舗に足を運ぶ理由はそのキュレーションとコミュニケーションから生じる新たな学びに集約されると考えたからだった。

だからこそ、当時から私は『なぜモノを"売る"ことに固執しなければならないのだろう』と疑問を持っていた。

モノを売ってそのマージンによって利益を得るビジネスモデルは、売場の編集力が購買と直接結びついていればこそ成り立つものだ。
しかし現代は店頭で見たものをオンラインで買うショールーミングをはじめ、リセールやレンタルなど所有の仕方自体を選べるようになってきた。

つまりこれまで小売店の大きな役割であった『流通』『決済』が専売特許ではなくなり、Amazonや楽天はもちろん、InstagramやTikTokまでもが競合になりはじめたということだ。

プレイヤー、しかも自分たちよりも資金力をもつプレイヤーが増えた以上、じわじわとそのシェアを削られていくのは自明の理である。

しかし小売店には流通とは別にもうひとつの機能がある。

それが『編集』の機能だ。

たとえば今シーズンの洋服やギフトを買おうと思ったとき、私たちはもはやGoogleで検索しなくなっている。
インターネットには有象無象のコンテンツや商品が溢れ、検索だけではそれらをフィルタリングできないからだ。

そこで生まれたのが一時期ブームになったキュレーションサイトであり、最近であればいいものだけをピックアップしてくれるインフルエンサーであると言えるだろう。

同様に、セレクトショップや百貨店は独自のキュレーションによってはじめから選択肢を絞ってくれていることに価値がある。
情報が増え続けていくこれからの時代、芯をもってキュレーションしてくれる存在はますます重宝されていくだろう。

一方で、そのキュレーション力を使ってモノを売り始めているのが最近の雑誌の傾向だ。
特に30代以上の雑誌は顕著で、雑誌別注アイテムやオリジナルブランド立ち上げなどモノづくりにも進出している。

これはInstagramやTikTokがコンテンツとコマースを紐付けようとしているのと基本構造は同じで、今後コンテンツとコマースの間の壁はどんどん溶けて一体化していく。

であるならば、コマース側も自分たちのキュレーション力を表現していく必要があるのではないだろうか。

もちろん、売場のキュレーションは他のメディアには真似できない強みである。
しかし文字や動画に比べると売場のキュレーションはどうしても訴求できる情報量が少なくなってしまう。
そもそも拡散性の高いネットコンテンツと異なり、売場のキュレーションを体験してもらうにはお店に足を運んでもらう必要がある。
訪れてもらうための訴求も必要なのである。

だからこそ私は、百貨店は売場ごとに雑誌を作るような意識でコンテンツを作るべきなのではないかと考えている。

通常、百貨店の売場はバイヤーとマネージャーが権限を持っている。
しかし対外的な発信は会社全体で一元管理していることも多く、チラシやSNSの発信もブランドごともしくはアイテム分類(コスメ、食品、靴、アクセサリーなど)ごとに分けられていることがほとんどである。

売場自体は『キャリア』『カジュアル』『モード』などテイストによって分かれているにも関わらず、発信になった瞬間『婦人服』でひとまとめになってしまうのはもったいないのではないかと個人的にはずっと思っている。

なぜならば、女性誌であれば同じ30代でも5、6冊は異なる雑誌があり、さらにその中でもまた細かくテイストが分かれているからだ。

例えば同じママでも『代々木上原在住、3歳の息子を育てながらIT企業でデザイナーとして勤務するワーママ』と『湾岸エリア在住、4歳と1歳を育てる育休中のママ』では好みもライフスタイルもまったく異なる。

どちらのママも同じ百貨店で買い物をするかもしれないが、それはインスタや雑誌をみて『ここにしかなかったから』もしくは『近くにきたついでに』寄ったにすぎないケースがほとんどだろう。
それはつまり、ほしいと思った商品が他の商業施設にもあって、そちらの方が交通の便が良ければ簡単にそちらに流れてしまうということだ。

キュレーション力とは単にいいモノを見抜く力だけではない。
複数の要素を組み合わせ、誰かにとって価値あるものを立体的に作り上げることである。

つまり百貨店はこれからモノのカテゴリや顧客属性ではなく、テイストや世界観で訴求していかなければならないのではないかと私は考えている。

しかも百貨店は『百貨』というだけあって、ファッションからコスメ、インテリア、食品まであらゆる商品を扱っている上に、各分野に精通しているバイヤーが集まっている。

だからこそ今後必要とされるのは『婦人服』『インテリア』『食品』といった分野を横断して、特定テーマを持ってコンテンツを再編集できる人なのではないだろうか。

さらにいえば、このテイストベースの再編集は百貨店という館自体の一貫したテーマと共存させることもできる。
つまり館のテーマをベースにしながらそれぞれにテーマを持って編集することで、20代から30代、40代と根底の価値観を共有したまま顧客がエスカレーションしていくことが期待できるのだ。

私はよく光文社系の雑誌を例にだすのだが、光文社はおそらく一番読者のエスカレーター率が高い出版社だと思う。

お嬢様系のJJ、花嫁見習いのCLASSY.、いい母のVERY、綺麗なママを目指すSTORY。
その根底にあるのは『家族という基盤があることこそが幸福』という価値観だ。
一貫して横たわるこの価値観があればこそ、雑誌を卒業しても次の雑誌に移行し、ずっとその出版社のファンでいつづけてくれるのである。

つい最近まで、私は百貨店自身が雑誌になるべきだと考えていた。
しかし百貨店全体をひとつの雑誌にまとめるには、百貨店がもつ商品の幅はあまりに広すぎる。

であるならば、自分たちを出版社だと見立てて、その中に複数の雑誌を作るイメージでメディアを作り、それぞれの売場ごとにファンコミュニティを作り上げることが必要なのではないだろうか。

メディアからコマースに進出する出版社と、コマースのためのメディアを作ろうとする百貨店。
両者が理想とする完成系は、おそらくとても近いところにあるはずなのだ。

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