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「もっと、もっと」ではなく「ちょうどよさ」の時代へ

「僕は『エレガンス』という言葉を "人に迷惑がかからない範囲の『ちょうどよさ』"と解釈している」。

この定義を聞いたとき、これまでエルメスに感じてきた心地よさの一端が理解できたような気がした。エルメスのアイテムは、主張しすぎることなく持ち主に寄り添う。声高にブランドを叫ぶことなく、モノの上質さによって見る側の心を爽やかにさせる。

中原淳一は、装いの意味は他人への配慮が大前提だと言った。

「身だしなみの本当の意味は、自分の醜い所を補って、自分の姿がいつも他の人々に快く感じられるように、他の人があなたを見る時に、明るくなごやかな気持ちになるためのもの」(「あこがれの美意識」中原淳一)

どれだけ高価なものを身につけても、最先端の装いでも、「ちょうどよさ」を逸脱してまわりに迷惑をかけてしまえばそれはエレガンスとは呼べない。ラグジュアリーとは金額ではなく、自己主張と他者への配慮のちょうどいいバランスのことなのかもしれない。

先日発売された雑誌「広告」で、「世界的ラグジュアリーブランドのなりたちと展望」の執筆を担当した。エルメス前副社長の齊藤峰明さんへの取材は3時間以上におよび、執筆を通してラグジュアリーの本質と展望について私も真剣に向き合うきっかけとなった。

※この「流通」号はどこで買うかも含めて消費体験なので、下記のページから最寄りの取扱書店を調べて書店で購入するのもおすすめです。

記事では15,000字ほどかけて、エルメスを含めたラグジュアリーブランドが今の姿になるまでにどのような歴史をたどってきたのかを紐解いた。なぜラグジュアリーブランドが今こぞってスニーカーやTシャツを出しているのか。ファストファッションやストリートブランドとコラボする意図は何なのか。そして、その中でエルメスはいかにして独自性を育んできたのか。

そのヒントを、記事では「生業としてのブランドとビジネスとしてのブランド」という言葉で表現した。

現代は、あらゆる企業活動が「ビジネス」化していっている。資本主義的な正しさが倫理道徳を凌駕してしまったがゆえの歪みが、SDGsやソーシャルグッドな事業への関心として表れているようにも見える。

「家業」はほとんど死語になり、近代的な経営体制に移行して世襲ではなく能力によってトップを選ぶべきという考え方も広がった。こうした価値観は企業の繁栄を考えれば正しい一面もありつつ、「ビジネス」が働き手にとっても消費者にとっても面白みや豊かさを奪っていった面もあるのではないか。

私が「知性ある消費」を掲げて考え始めたきっかけは、こうした状況への疑問が根底にあったように思う。

もちろん「ビジネス」が全面的に悪いわけではなく、その価値観の方が生きやすい人もいるはずだ。しかし現代はあまりに比重が偏りすぎてしまい、「生業」としてちょうどよさを志向する人の居場所がなくなってしまった。

自分の成果物に誇りを持ち、顧客に誠実でいつづけることが、「成長」という大義名分の前に敗北してしまう現実がある。向上心はいいものとされがちだが、度が過ぎると人を押しのけても自分が徳をしようという行動につながる。その行動がもたらすアンバランスは、エレガンスの「ちょうどよさ」とは相反するものだ。

エルメスが偉大なのは、生業としてのブランドでありながら、世界中に店舗をもちいまだに成長を続ける企業であることだ。ファミリービジネスの道を選ぶことは自動的に小規模に甘んじるしかないと思ってしまいがちだが、ちょうどいいバランスを維持しながら、エレガントに成長する道もたしかにある。

いつの頃からか、銀座に行ったら必ずエルメスのショーウィンドウをチェックするようになった。遠回りしてでも見に行きたいと思うショーウィンドウは銀座エルメスだけだ。

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ブランドも営利企業なので、続けていけるだけのお金は稼がなければならない。しかし売り上げに跳ね返ってくるかどうかはわからない、世の中全体への「豊かさ」への貢献もまたブランドの役割なのではないかと思う。

貪欲に成長を目指すブランドも素晴らしい。けれど、這いあがるための労力を少しだけまわりの豊かさのために還元するような「エレガンス」のあるブランドも、もっと評価されるべきなのではないだろうか。

そのためのちょうどいいバランスを、私自身も探りながら「知性ある消費」について考えつづけている。

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雑誌「広告」流通号の発売を記念して、2/26(金)20時より「小売業界が持つべき倫理観とは」をテーマにトークイベントを開催します!

今回私が担当した2本の記事に共通するテーマとして倫理観について考えたいと思い、経済学者の大垣先生をゲストにお招きすることになりました。

経済学というと私たちの生活から遠い学問のように感じますが、大垣先生は倫理観や価値観が経済行動に与える影響を研究されており、今回のトークを通して「倫理と経済をどう両立させるか」のヒントを見つけられたらと考えています。

みなさまのご参加をお待ちしております!!


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