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悔しさを越えて進化していく、その背中を見つめながら

「自分は優勝に何も貢献できなかった」。

優勝会見というこれ以上ない祝いの場で、こんなにも悔しそうな人を見たのははじめてだった。

と同時に「それでこそ私たちのエースだ」とも思った。

背番号「18」はいつだって、誰より厳しい表情でマウンドに向かう。まるで登板試合の勝ち負けのみならず、1年間のチームの結果さえも自分に責任があるとでもいうかのように。

今年の菅野は、最初から最後まで自分自身への期待を越えられずに苦しんでいた。

前半戦ではなんどもスタンドに吸い込まれていく白球を見送り、中盤戦以降は強みであるコントロールすらも乱れはじめ、何度も「炎上」しては厳しい表情のままマウンドを降りた。

一昨年は防御率1.59という驚異的な数字を叩き出し、昨年にはノーヒットノーランを達成。
2年連続沢村賞を受賞した球界のエースは、今年の目標として「20勝」を掲げていた。

3年連続沢村賞を獲ってほしいし、今年もまたノーヒットノーランを達成してほしい。向かうところ敵なしの菅野なら、完全試合だって可能かもしれない。
今年はどんな偉大な記録を作って私たちに希望を与えてくれるのだろう。

今年の開幕時には、誰もがそんな期待を抱いていた。

しかしいざ蓋を開けてみれば、今年は菅野のキャリアの中で一番苦しい年だった。

勝利数、防御率、完投数、投球回数。
どの数字も今年の成績はほとんどがキャリアワーストだ。
試合でも、苦しい表情を見ることが多かった。

菅野は苦しい時でも苦しいなりに試合をつくり、長い回数を投げ切る選手だ。
投球数が100を超えても自分から降りるとは言わない菅野が、今年は4回、5回と短いイニングで降りることが多かった。

ちょっと調子が悪いとかではなく、何か根本的な問題を抱えている。

素人目にもそれがわかるほど、エースはずっと苦しい投球を続けていた。

だからといって、今菅野に抜けられるわけにはいかない。
本人もそれがわかっていたからこそ、適宜二軍で休みながら騙し騙しこの1年を走り抜けてきたのだと思う。

優勝が決まったとき、キャプテンの坂本が満面の笑みではしゃぐのと対照的に、菅野は「嬉しい」より「ほっとした」顔をしていた。

「優勝できた」よりも、「優勝を逃さずにすんだ」という安心感が先にあったのだと思う。
そして同時に、自分が勝てていればもっと早く、もっと楽に優勝が決まっていたのに、という気持ちもあったかもしれない。

チームスポーツは常に連帯責任だ。
誰かのせいだけで負けることもなければ、誰かのおかげだけで勝てることもない。

それでもチームの勝利に対する無限責任を感じるのは、彼の立場が「エース」だからだ。

エースは、どんなときでも「負けないこと」が仕事なのだから。

優勝会見中、原監督の「何も貢献していないなんてことはない」というフォローに、菅野が言葉を詰まらせる場面があった。

きっとその言葉はチーム全員からかけられてきただろうけど、一緒に戦ってきた仲間には申し訳なさが先に立ちすぎて、言葉を素直に受け取ることは難しい。

しかし責任を感じて頑なになっているときほど、同じ目線ではなく見守る立場の人からかけられた一言に、気持ちがほぐれることがある。

「彼は一度も自分から『もう無理です』とは言わなかった」。

原監督は、続けて菅野をそう評価した。

苦しくても逃げずにマウンドに立ち続けたこと。
その姿が後輩ピッチャーをはじめ、まわりの選手に影響を与えてきたであろうことは想像に難くない。

調子の波があるプロの世界だからこそ、悪い時にどう過ごすかが周りに与える影響は計り知れないものがある。

何より、菅野は悔しさをバネにして進化を遂げてきた選手だ。

夏の甲子園は県予選敗退。東海大時代には怪我のためにベンチ入りできず、スタンド応援も経験した。

「原辰徳の甥なのに」
そんな周りの声に腐ることなく、絶対に見返すという強い志で大学最後の大会ではリーグ優勝をはじめ、投手部門の賞も総なめにした。

ドラフトでの入団拒否によって世間の様々な声を受けながらも、翌年の巨人入団後の活躍で評価を覆してきた。

野球の家系に生まれたばっかりに「できて当然」のプレッシャーを受けながらも挫折するたびにより強く進化しつづけてきた姿は、まさに真のエースだ。

菅野は諦めない。

今年のレギュラーシーズンは悔しいことが多かったかもしれないけれど、その悔しさの分だけまた進化してくれることを、私たちは知っている。

次はきっと、誰よりも自分で自分を褒めてあげられるように。
マウンド上でまた彼の満面の笑みを見られる日を、私は首を長くして待ちわびている。

2019.09.22 令和初のセ・リーグ優勝に寄せて。

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