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「変わらずにいること」への期待に応えるために

その変化は、ひとめ見た瞬間にわかった。
と同時に、その決断の裏側でどれだけの不安と戦ったのだろうか、と思った。

トップを走り続ける人にとって、自分のやり方を大きく変えることへの恐怖は人一倍強いはずだからだ。
これまでと同じやり方を続けていれば「そこそこ」が実現できたかもしれないのに、大きく変えたことで「ぜんぜん」ダメになってしまうこともある。

それでも彼は、変えることを選んだ。
エースとしての自分に寄せられる期待に、今年も変わらず応えていくために。

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菅野の新たな投球フォームは、公式のYoutubeアカウントでも公開されている。
投球前に腕の振りで勢いをつけるフォームは、素人が見てもわかるほどこれまでのフォームと大きく違う。

投球フォームであれ、打撃フォームであれ、プロにとってフォームの修正は小さな変化でも体にフィットさせるのに時間がかかる。
昨年二桁勝利を飾り、リーグ優勝に貢献したエースがここまでフォームを大きく修正するのはかなり珍しいのではないかと思う。

それはきっと彼が去年の結果に満足せず、何かを変えなければならないという危機感があったからなのだと思う。
たとえ普通のピッチャーとしては十分な結果を残していても、「巨人の菅野」としては物足りないシーズンだった。
その悔しさを一番感じているのは、他ならぬ本人自身だ。

菅野の姿を見ていると、なぜこの人はこんなに野球に一生懸命になれるのだろう、と思うことがある。

プロ野球選手のほとんどが「野球が好きだから」と答えるような場面でも、菅野は複雑な表情をしながら「好きとかとはちょっと違う」と言う。

しかも彼は努力型の人であるにも関わらず、原監督の甥という立場から天性の能力を与えられた人だと思われがちだ。
もちろん生まれながらの才能も、恵まれた環境もあっただろうけれど、その分だけ彼の努力してきた姿が注目される機会は少なかった。

菅野ならできて当たり前、できない方がおかしい。

そんなプレッシャーと戦ってまで彼に野球を続けさせてきた原動力はなんだったのだろう、と思う。

ただでさえ「負けてはいけない」プレッシャーに押しつぶされがちな、エースピッチャーという立場を背負い続ける理由はなんなのか、と。

彼の孤独は、ほとんど誰ともわかちあえないものだと思う。
エースピッチャーと呼ばれるのはたった12人。
その中でもダントツの人気と伝統を持つ球団の期待を一身に背負うことの苦悩は、過去に遡っても共感できる選手の方が少ないだろう。

今年「は」ではなく今年「も」を期待され続けるエースピッチャーになれる選手は、数えるほどしかいないのだから。

菅野がフォームを大きく変えた背景についてあれこれ調べていたら、こんな記事があることを教えてもらった。

この記事を読んで、今回の大きな変化は「変わらずにいるため」のものなのではないか、と思った。

昨年までの延長線上で微修正程度に留めておけば、昨年くらいの結果は残せるだろう。
それでも十分な成績だし、痛めていた腰が改善しているのであれば一昨年くらいの成績だって残せるかもしれない。

でも去年の投球を振り返ったとき、彼はきっとこのままの延長線上には、ゆるやかに後退していく自分しか描けなかったのだと思う。
少しずつパワーも落ちていき、ファンの期待に応えられなくなり、次の世代にエースの座を奪われていく。

現状維持は、ゆるやかな後退でもある。

だからこそ、彼はフォームを大きく変えることに踏み切った。
変わらずみんなの期待に応え続けるために。

以前菅野のドキュメンタリーを見たとき、投げ続けるためならアンダースローへの転向も中継ぎへの配置換えも厭わないと明言していたのが印象的だった。
そうまでしても、彼は投げ続けたいのだ。

はたから見ていると嬉しいときより苦しい時期の方が長いんじゃないかと心配になってしまうけれど、苦しみながらでも投げ続けたいという意志が菅野にはある。

そういうところが、彼のエースたる由縁だよな、と思ったりもする。

前述の記事の中で、「なかなか自分の心境とか、理解されない苦しさというのもありましたけど」と彼は言った。

ソフトボールの上野さんも「菅野選手はすごく悩んでいる感じで、戸惑いを感じていた。トップの追われる立場、地位を守るというか、背負った者にしかわからない感情、感覚的な話ができて良かった」と話していた。

変わらずにいることは、それだけ苦労と苦悩を伴うものなのだ。

彼の決断が吉と出るか凶とでるかは、まだ誰にもわからない。
その結果はもしかしたら今シーズンではなく来年、再来年に効いてくるのかもしれない。

それでも私は、菅野が葛藤しながら選んだ道の先で、彼の納得する結果が得られますようにと願わずにはいられない。

いつも私たちの期待を超えようと必死に努力するエースの背中には、期待よりも希望を背負わせてあげたいと思うのだ。

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