見出し画像

「情動」を揺さぶるカオスを仕込む。探究学習の設計者が考えていること


「お金を大切に使うって、どういうこと?」
そう問われたら、あなたはどう答えますか?

「無駄遣いをしない」。確かに。でも、ほかに何か思い浮かびますか。

小学生がモノやコトの価値を考える金融経済教育プログラム「VALUE」(バリュー)を設計した教育と探求社の開発部マネージャー、福島創太に開発の意図を聞きました。

福島創太(ふくしまそうた) 教育と探求社開発部マネージャー。早稲田大学法学部卒業後、リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」の企画開発等、企業の中途採用に関する業務に従事した後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースで「若者のキャリア形成」を研究。現在同大学院博士課程に在籍。近著に『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?――キャリア思考と自己責任の罠』(ちくま新書)。

「お金」から切り離された子供たち

「VALUE」を開発するにあたって、まず小学校の先生からお金に関する学びの現状をヒアリングしたそうです。それから児童にアンケートをとったり、おもちゃ店で子連れ客の買い物の様子を観察したりもしました。

福島:先生たちには「お金に関して、どんな授業をしていますか。どんなことを子供たちに話していますか」と尋ねたんですね。

そうしたら
「夏休み前に事件に巻き込まれないように、お金の使い方を考えよう」
「修学旅行前にお金は計画的に使いましょう」
と話すくらいですねーと言われました。

それでは金融経済教育とはいえないと、先生たちも自覚しています。でもなかなか踏み込めないのは「お金」というテーマが、家庭の経済状況も絡むセンシティブなテーマだからのようです。

次に、40人ほどの小学生に「お金を大切に使うって、どういうこと?」と尋ねるアンケートをとりました。すると回答の8〜9割が「無駄遣いをしない」。「無駄遣いをしない」と言いながら、でも実は想像以上に「お金」から切り離された生活を送っているのが見えてきました。

実際、おもちゃ屋で観察すると、子どもが欲しがるおもちゃの値段を、親がスマホでネットショップでの価格と比べる様子も多く見かけました。ネットショップの方が安ければ、店で買わずに帰る。

小学校の先生に聞いたエピソードも衝撃的でした。算数の授業で、みかんとりんごの値段を示して「1000円を出したら、お釣りはいくら?」と問いかけたら、子どもが「お釣りってなんですか?」と問い返してきたそうです。「キャッシュレス決済に慣れて、お釣りの概念がないんだ」と。

私が小学生の頃は、モノを買う時に、親が財布から札や硬貨を出して払うのが当たり前だったので、何かを得るためにお金と交換することというのを自然に理解していたと思います。けれども、今の子ども達は「欲しい」と思った数日後には商品が自宅に届く生活が当たり前になっている。

「自分の意思でお金を使う」という体験が少ないのに「無駄遣いはダメ」という言葉は知っている。それがいびつに感じて、ここを何とかする内容にしていこうと思いました。

お金と切り離されている子どもが「お金の価値」を考えるには。目を向けたのが「カード」でした。

画像2

福島:バリューの授業は全部で6コマです。
①「お金に対する思考停止を脱し、モノや経験への価値を自分で考えられるようになる」
②「お金の限界と可能性」
③「お金と、どう生きていくかを考える」
の3部構成にしました。

まず、「モノ」や「活動」の内容が書かれたカードを使い、自分が引き当てた「モノ」と「活動」に対して
「自分ならいくら払いたいか?」
「いくらなら自分はやるか」
と価値観の違いを引き出していきます。

「モノ」の値段は不変ではなく「欲しい」という気持ちの度合いでも変わる。そのことをまず感じてほしいんですね。さらに「状況カード」を追加して「状況によっても値段が変わる」ことも経験してもらいます。

「お金では買えないもの」をブレインストーミングしたうえでチームで3つ選び、お金を使って、どう実現させるか、手に入れるのかも考えます。例えば、愛や自由はお金では買えません。でも、「好きな人とレストランへ行く」「プレゼントを渡す」というお金を使った行為を通じて、愛が育まれるかもしれないーーといったことです。

正解はありません。ただ、お金で何でもできるわけではないけれども、使い方によっては様々な可能性がある、ということを、こうした主体的、対話的な取り組みを通して体感してほしい。そしてそのうえで「そんなお金を『大切に使う』というのは、あなたにとってどういうこと?」と、自分の頭で考えてほしいと思っています。

値付けの対象となる「モノ」や「活動」は様々。「リュックサック」から「四つ葉のクローバーを探してくる」「街の商店やスーパーから段ボールを30箱集めてくる」まで。このバラつきの大きさの理由は何でしょう。

画像3

福島:あえて、意見が分かれるような「モノ」や「活動」にしています。参加者の大半が「これがいい」と一致してしまうようなものだと面白くないですから。教材を作る上で大切なのは学び手の情動を揺さぶること、そのためには混沌を仕込むことだと思っています。

モノは「リュックサック」や「焼き肉食べ放題1人前」など、小学生が欲しそうで、かつ性別で好みが偏らないよう意識して選びました。活動は、教育と探求社の若い社員に「小学生の時何が欲しかった?」「どんなお手伝いをした?」とヒアリングをしながら作りました。

単なる値付けゲームにならないよう、あえて曖昧な表現にとどめています。例えば活動カードの「料理をする」は、値付けの際に「どんな料理か」「食材費も含むのか」と疑問が湧くような。そのへんをかっちり決めないことで、子どもが自分たちで決められる余白を設けています。

プログラムの設計で、最も苦労した点が2つあったそうです。
福島:一つはカードのゲーム性です。「勝ち負けがありそうだ」と子ども達に思われがちですが「勝負がつくもの=なんらかの『正解』がある」と受け止められたとたん、勝ち負けに意識が偏り、一番大事な「考える」をやめてしまいます。

そうならないよう、最初のルール説明で「値付けは差が出ることが当たり前。『なぜ違うのか』を考えるのが面白い」と先生に言ってもらっています。

いかに頭と心を揺さぶられる内容にするかも、悩みどころでした。
1ヶ月ほど悩み「金で買えないことを実現するために、どうお金を使えばよいかを考える」という発想を得ました。

試しに、社員や先生とカードゲームをやってみました。
例えば「太陽」を買いたいとなった時、そこで止まらず「太陽の何が欲しいのか」を深堀っていく。「熱?」「温かさ?」と言い合ううちに「太陽自体は買えないが、温かさや熱ならお金を使えるよね」と、なっていきました。こんな感じで、大人がやっても盛り上がります。

「保護者を巻き込むこと」も意識したそうです。

画像4

福島:プログラムの前半が終わった後、子どもたちに宿題を出します。保護者に「1万円/10万円/100万円が突然手に入ったら何に使いますか」とインタビューしてもらうのです。
狙いは2つ。

一つは知識の拡張です。子どもが扱うカードの値段で想定したのは、せいぜい数百円、数千円レベルです。大人に大きな額で「やりたいこと」を聞くことで「額が大きければ、もっといろんなことができる」と分かる。

もう一つは、大人への問いかけです。この宿題で、保護者は子どもから「あなたにとって、お金とは、なんですか?」という、普段あまり考えることのない、ある意味では「怖い問い」を突き付けられることになります。

お金に対する考え方の形成は、やっぱり家庭、家族のなかで受ける影響が大きいんですね。だから家庭や身近な大人との会話で「お金」というテーマが取り上げられる機会をこういうかたちで作っているんです。

子どものなにげない発言に大人がハッとさせられたり、本質的な問いから図らずも深い対話が始まったりする。そうしたなかで、大人も改めて「お金を大切に使う」ということを考えるでしょうし、対話を通して子どもたちの学びが深まってほしい、と願っています。

「お金」を入り口に「考え続ける人」

福島:この授業を受ければ「正解」が見つかる訳でもありませんし、ゴールもありません。リアルの場でお金を使う経験が少ない子どもたちが「お金を大切に使うって、こういうことかも」とイメージできるようになったら十分です。

ただ、そのイメージもあくまで「暫定的な答え」であって、大事なのはそれを更新し続ける姿勢です。「答えがない中で想起する」というプロセスを通じて「考え続ける人」を育てたいのです。

想起したものが、大人が期待する「正解」だろうがそうでなかろうが、そこはあまり重要じゃないとも思います。今、日本の教育は「主体性が大事」と言われていますが、主体性って「教えられて身に着く」ものではないですよね。

だから「主体性が立ち上がる場」を、教材で設計できたらと思っています。

この記事は教育と探求社と三菱UFJモルガン・スタンレー証券が共同で開発した小学生向け金融経済教育プログラム「VALUE」(バリュー)の内容や狙いを紹介しています。2021年度、中学校で金融経済のリテラシーを高める授業が、2022年度からは高校の新科目「公共」や「家庭科」でも授業が始まりました。「VALUE」では、カードゲームを使い、アクティブラーニング形式で学びながら、お金に関する知識の習得に留まらず、主体的に考える力を育むことを目標にしています。
前編:横浜国立大学附属鎌倉小学校の「VALUE」の授業の様子です。
【問題】価値が高いのは?「1人で1時間のプール掃除」VS.「リュックサック」
【参考】
自ら課題を発見し、その解決を探究する「ソーシャルチェンジ」のサイト
探究学習はじめの一歩!【実例】探究学習のテーマ16種
「探究学習」の最先端 教育と探求社の総合パンフレット
教員向けイベント情報

この記事が参加している募集

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?