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生徒と教師の「対話」が変えた「授業」「校則」「関係性」。金沢・西南部中の「いま・ここ」の風景

「対話」を学校づくりのベースにしている公立中学があります。石川県金沢市立西南部中学校。

4年前に始まった学校改革で、お互いの価値を理解するための「対話」を授業に取り入れ、さらに校則の見直しにも及びました。

互いに話すこと、聞くことを大切にするコミュニケーションは、先生と生徒の関係や学びの風景を、どう変えてきたのでしょうか。

学校改革が始まる前から同校に在籍し、2年生の総合的な学習の時間を担当する桶田恵里先生に、その軌跡と現在地を伺いました。

対話で目指した「生き抜くための力をつける場」


対話を重視した「学校改革」がもたらしたものとして、桶田先生がまず挙げたのが「校則」でした。それまで靴下や髪ゴムの色、結う位置、長さ、などが細かく決められていたものを「なくしていった」といいます。

桶田:変わるきっかけは4年前に着任した当時の校長の言葉でした。

「変化の多い現代社会、子どもたちが生き抜くための力をつける場に学校はならなくてはいけない」

生き抜くための力とは……教師同士で意見を重ねる中で見えてきたのがお互いに話すこと、聞くことを大切にする、ナラティブをベースにした教育でした。対話を通してお互いの価値観を理解していく。その効果はすぐに現れ始め、生徒指導の担当の先生方から、生徒たちと校則を共に考え直すアクションが始まりました。

当時、生徒指導の責任者が、先生方が集まった場でこう説明していたのを覚えています。

「校則が細かく決まっていたら、僕たちは管理しやすいし、指導もしやすいかもしれません。でもそれは大人の都合です。ダメというならなぜダメなのか、自分の言葉で理由を説明できないなら、これからは通用しないと思います」

当初は「学校が荒れたらどうする」と心配する声もありましたが、始まってみると取り越し苦労でした。私自身、前から「なんでゴムは黒、ソックスは白と言わなければいけないんだろう。きれいに結んであればいいじゃん」と、モヤモヤした気持ちを抱いてたので、校則が「タブー」ではなくなったことで、むしろ楽になりました。

変化は徐々に、です。最初のころは、教師も生徒も「どこまでなら許されるか」を探り合う雰囲気もありました。ただ、今の校則になった後に入学した生徒は、大好きなオレンジ色の靴下をはいてきたり、行事ごとに結い方をアレンジしたり。スーッと寄ってきて、私の髪の毛を編み直してくれてスーッと去っていくような子もいます。

教員の声がけも、「注意する」以外のものが増えて、生徒との会話も豊かになりました。

「今日の髪形、かわいいね。誰に結んでもらったん」 
「え、似合う?やった!先生あのね…」

本当に、普通の会話です。

生徒の大半は学校という場をしっかりと理解して行動してくれていますが、気になる行動や身なりの生徒には、教員から気になっていると直接伝えます。教員の指摘をすぐ受け入れる子もいれば、自分の考えや行動の理由を述べる子もいます。

対話は「お互いの価値観の理解」なので、自分の価値観を一方的に押し付けて、生徒を変えさせるようなことはしません。「学習の妨げにならない」をベースとして共有しながら、互いの意見を交わすなかで、互いの「許容」のラインを探ります。気になる点や度合い、指摘の有無も教員によって異なります。でも、それが価値観の違いなのだということも生徒と共有するようにしています。

こうした「対話」を軸として、生き抜く力をより深く学ぶには…と考えていたころ、「総合的な学習の時間」の担当になりました。昨年のことです。当時の1年生が「働くとは」をテーマに深く考える時間をつくりました。

生徒たちが2年生になったらどんなことに取り組んでもらおうか、と職員室で頭を悩ませていたとき、同僚から教育と探求社の「クエストエデュケーション」を教えてもらいました。

「クエストエデュケーション」とは
全国の中高生5万7千人(2022年5月時点)が取り組む日本最大規模の探究学習プログラム。企業からのミッションや社会課題、商品開発など、実社会とつながるテーマを探求します。2005年から「教育と探求社」が提供を開始し、これまでのべ約2,000校、約35万人が学びました。2017年、中高生向け教育カリキュラムとして初の「グッドデザイン賞」を受賞しました。専用サイト

あふれだすアイデア

西南部中では「クエストエデュケーション」の中から「ソーシャルチェンジファースト!」(SCF)と「インターン」の2つのプログラムを選び、2年生の「総合的な学習の時間」に導入しました。最初に取り組んだのが、探究学習の入門編として提供しているSCF。4月から5月の連休前までの間の授業で「体育館で1億円を稼ぐ方法」を考えました。

桶田:プログラムを見てすごくワクワクしました。すでに用意されているテーマから選ぶのですが、私たちが選んだ「学校の体育館で1億円を稼ぐ方法」のほかにも、「学校を日本で一番有名にする方法」「学校を地域一番の観光名所にするには」というテーマもあって、面白そうでした。対話から思考を深めていく進め方も、西南部中の雰囲気と合う気がしました。

3〜4人のグループでアイデアをまとめ、プレゼン大会で発表したのですが、大切にしたのは自分の意見を相手に伝えること、相手の考えに耳を傾けること、何でも言ってみること。最初は受け身がちだった生徒も、時間が経つうち、自分のアイデアを出すようになっていきました。

書き出し用の付箋を大きな模造紙に貼り付けながらブレインストーミングを進めていくうち、あちこちから「先生、付箋が足りない」「模造紙に収まらないよ」という声が上がりました。

出てきたアイデアは、お化け屋敷、ライブ会場として貸し出す、体育館そのものをオークションに出品、橋本環奈のメイドカフェ……、出たアイデアを面白がり、どんな意見があってもいい、という雰囲気の中で自然とグループ内の考えがまとまっていきました。

プレゼン大会では生徒も教師も大いに盛り上がりました。

「総合的な学習の時間」では、教員が担任・級外問わず全てのクラスの授業を担当するローテーションを組みました。いろんなクラスに携わることで、得るものも多かったといいます。(以後の写真はすべて金沢市立西南部中学校提供)

桶田:あるグループで「ホストクラブ」というアイデアが出ましたが、学校の体育館という場所にはそぐわない企画では、という意見も出るなど、周りを感じながら考えていることが伝わってきました。校則に関する対話と同じですが、何でも自由という訳ではない中で、大切にしたいことは何だろうと、課題や問題と向き合えたことが大きな収穫でした。

進級のクラス替えもあって、まだ充分に打ち解けていない時期にSCFに取り組む中で、互いを知ることで生まれた関係性、意見を自由に出し合える雰囲気、考えをまとめて発表する楽しさが得られたようです。

それぞれに芽生えた「働く」

SCFを終えた5月から夏休みに入るまでの約1か月半、今度は「インターン」に取り組みました。新型コロナウイルスの流行前は、地元の事業所で職場体験に取り組んできた西南部中ですが、この年は「インターン」に切り替えました。

桶田:例年2年生の1学期には1年生の学びから継続してキャリア教育を実施していました。実はこの職場体験がとても大変でして…。

ひと学年270人の生徒を受け入れていただいている事業所はざっと100カ所ほどあります。一軒ずつ電話で「お世話になっております、西南部中学です。今年も生徒の職場体験の受け入れを…」とお願いのご挨拶を差し上げています。

生徒の希望をもとに、体験先を割り振るのですが、受け入れ先によって体験内容の差が大きく、生徒の中では「アタリ」「ハズレ」など不公平感もあったように思います。
 
コロナ禍もあり、ここ数年はリアルな職場体験もできず、事業所も教師も、生徒も皆が苦しい状況だったので、「インターン」を見つけた時は「これだ!」と感じました。

インターンの授業の様子

「インターン」とは
従来の職場体験を大きく変えることなく「探求型の学び」に深める補助教材。体験先事業所の調査、従業員や利用者のインタビュー、学びの成果の発信など、主体的、探求的な学びを引き出す活動が組み込まれ、生徒はもとより、受け入れ先の皆様も価値を感じられるよう設計されています。

桶田:リアルの職場体験ではないことに対しての不安の声も若干出ましたが、感染が収束せず、事業所側の急なキャンセルや体験活動が制限される状況で、子どもたちが充分な学びを得られるのか自信を持てませんでした。

インターン先は、パナソニック、カルビー、Yahoo!、テレビ東京など、生活に身近なメーカーや、通常なら関われないような大都市圏の企業が多く、先生も生徒も「地元ではなかなか得られない経験だよね」と最初のインターン先の企業選びからワクワクしました。

SCFの経験で対話の姿勢ができていたことでスムーズに学習に入れました。相手の話を否定せず耳を傾け、臆することなく自分の意見を言ってみる。みんな最初からエンジン全開でプログラムを楽しみました。

アンケートの後、調査で見えてきたことを分析するワークシート

桶田:インターン先の企業に関するアンケートを使い、自ら聞き取り調査する活動では、1人10枚の回答を集めるために必死で協力者を探しました。休日の公園で協力を呼びかけた生徒もいます。アンケート用紙がくしゃくしゃになるほど書き込み、汗を流したからこそデータを取ることの難しさや数字の重みにも思いがこもります。

その後の発表では回答結果の分析や企業研究での気づきを深掘りしていきます。グループでは、リーダーとして働く子、言語化が得意な子、数字に強い子など皆それぞれ個性を発揮して取り組んでいました。

「パナソニックエナジー」のインターンとして活動したグループの発表原稿。同社の電池事業を掘り下げ、調査で見えたことも踏まえて、充電池の利点をPRしています。

「インターン」の最後、生徒たちはそれまで考えてきた「働くこと」について、それぞれの考えを言葉にしていきます。

生徒が書いた「働くこと」

桶田:「働くのはお金を稼いで生活するためでもあるけれど、それだけじゃない。その仕事に楽しみややりがいがあるから人は働くんだ」

「将来、自分が働くときにこのインターンでの経験を思い出し、自分も周りも笑顔になるように頑張りたい」

「私はまだ働きたい場所や仕事がありません。でも今回たくさんの人に働く理由を聞いてみて『働くって楽しそう』と思えたことが良かったです」

プログラムのまとめとなる「自分にとって“働く”とは」という問いに対して、生徒たちはそれぞれの答えを出してくれました。きっとこの経験がこの先の進学や仕事選びに活かされると思います。

学びを、未来の自分へとつなげるために

2年生は、2学期の「総合的な学習の時間」で金沢市の観光PR用パンフレットを作り、地元の旅行会社に置かせてもらうことになっています。自分たちが考えた金沢の半日観光プランも掲載されるそうです。

桶田:金沢駅近くのホテルに前泊し、翌日午前9時半から街並みを観光し、午後3時には能登のホテルに電車で移動ーーというスケジュールでプランを立てます。実際に現地を歩き、プランの実現可能性や時間や予算の妥当性なども検証します。

1学期にSCFやインターンで学んだブレインストーミングやアイデアのビジュアル化を活かしながら、モノをつくるプロセスを実践で学ぶのです。これまでにないパンフレットができるんじゃないか!?と、今からワクワクしています。

3年生になったら、東京へ修学旅行に行きます。総合学習の集大成として、東京でのフィールドワークで得た体験や知識をもとに、東京の観光案内を企画立案、プレゼンする予定です。

教育と探求社のプログラムで、アイデアをカタチにして、プレゼンテーションで伝えるまでを学びました。さまざまな職種や働くことの意義、そして社会課題の解決に向けた企業の思いなど、本当に多くのことを考える時間になりました。学校が目指す「子どもたちに生き抜くための力をつける場」に、近づけたのかなと思います。

【参考】
自ら課題を発見し、その解決を探究する「ソーシャルチェンジ」のサイト
探究学習はじめの一歩!【実例】探究学習のテーマ16種
「探究学習」の最先端 教育と探求社の総合パンフレット
教員向けイベント情報


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